第24話 ピンチは突然やってくる⑨
私はベンチに座り、ふぅと息をつく。
フローラはスッと背を伸ばして私の傍に立ち、アンとマリナとペネロピは少し離れたところで立った。
それにしても、この女官長の立ち姿はきれいだ。同性ながら見惚れてしまう。
アン、マリナ、ペネロピも背筋を伸ばして上手に立っている。けれど、フローラの立ち姿は一本芯が通っているかのようで、本当に美しいのだ。
「フローラ。お願いがあるのだけれど……」
「お願いなど、もったいないお言葉でございます。わたくしは殿下の家臣なのですから、遠慮なくご命令くださいませ」
そう言って、フローラは軽く頭を垂れる。
そうか……そうよね。王族が家臣に頼みごとなんておかしいかもね。
やっぱり命令には慣れない。でも慣れるしかない。
「私に改めて、王家の作法を教えてもらいたいの。作法や……ダンスも、本当にすべてを忘れているみたいだから。人前に出ても恥ずかしくないようにしてくれないかしら」
フローラは一瞬、目を丸くした。けれどすぐに真剣な表情へ戻り、深々と頭を下げた。
「殿下のご決意、このフローラ、深く感銘いたしました。わたくしの全身全霊をかけてお伝えいたしましょう」
女官長としての本気を気迫で感じてしまい、私は一瞬「言わなきゃよかった」と後悔した。すぐに思い直したけれどね。
それもこれも、生きて日本に戻るためだ。絶対に挫けるわけにはいかない。
他にも勉強したいことは山ほどある。この国の政治、経済、歴史、慣習など、私はなに一つ知らない。
とはいえ、フローラにそこまで負担をかけるのは難しいだろう。歴史ならともかく、さすがに政治・経済は女官長には難しい気がする。
それを教えてもらうのは誰がいいのか……
「失礼いたします、殿下」
そんなことを考えていたら、ふと呼びかける声があった。
声の方向に振り返ると、背の高い男性が二人、ガゼボの外に立っている。
日陰となるガゼボにいるせいか、明るい日差しの下にいる男性の顔が視認しにくかった。
若い男性の声だ。でも、以前部屋に訪れてくれた王国騎士団総帥の声ではない。でもその彼が、声の主の隣に立っているのはシルエットでわかった。
長身の銀髪イケメンは、連れの男性とともにガゼボ内に足を踏み入れた。
とたんに、アン、ペネロピの顔色が赤く染まる。マリナは顔色こそ変えなかったものの、彼らを見る瞳がとても澄んだ色へと変化した。
美男美女は目の保養となり、かつモテる。
これはもはや、異世界だろうと並行宇宙だろうと変わらぬ真理なのかもしれない。
銀髪の彼は名をなんと言ったか……。私は必死で思い出す。
仕事柄、名前と顔、職業を覚えるのは得意だったはずだし、これだけインパクトのあるイケメンなら覚えていそうなものだが、なぜか記憶があやふやだ。
職業しか思い出せない。
毒を飲んだあとだったからだろうか。
「えっと……ランディ様?」
名前を呼んだとたん、王国騎士団総帥が目を丸くして私を見た。心なしか、隣に立つ明るい栗色の髪の青年も驚いた顔をしている。
名前を間違えたのは間違いないようだが、どうも二人ともに単純に間違えたようにも思えない表情だった。
その後すぐ、二人とも唐突に我に返ったようで、ほんの一瞬だけ視線を交した。
それから栗色の髪の青年は態度に変化がなかったものの、銀髪の青年は額に手を当てて難しい顔をした。
フローラも目を閉じて、やや険しい顔をしている。
「殿下。メディウス卿とスティーリア様でございますよ」
「ご、ごめんなさい……。まったく覚えてなくて……。以前お部屋に来ていただいたときに、王国騎士団総帥だということは伺っておりましたので、それだけは覚えていたのですが」
私は下手を打ってボロを出す前に、素直に謝罪した。
「私の名はランスロット・ウィリアム・メディウス。現メディウス公爵ヴァン・グレイアムの長男でございます。そして、殿下の従兄でございます」
「従兄……ですか」
「はい。正妃サラ・ヴィクトリア様は父の妹ですから」
なるほど、だから一週間前、サラが気づいたという一報ですぐに後宮まで来たわけだと納得した。
総帥なんて高官がそうそう簡単に動いていいのかと考えていたが、身内であれば死の淵にいた従妹を心配して当然か。
「では……なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「ランスロット、と。ご記憶を失われる前の殿下は、私をファーストネームで呼ばれておりましたので」
「それでは……そちらの方はどなたでしょうか?」
私はランスロットの隣に立つ男性へ視線を振った。
「失礼いたしました、王女殿下。私はグスターヴ・ガブリエル・スティーリア。現スティーリア侯爵ニコラス・アレクサンドルの息子でございます。また財務大臣のお傍で政務官を務めております」
胸に手を当て、やわらかな物腰で頭を下げる仕草は、いかにも文官らしい。
身長はランスロットよりも幾分か低いが、それでも今の私よりは高いだろう。
こんなときだが、ほんの少し嬉しい。前世で男性に見上げられていたのが嘘のようだ。
サラ王女には申し訳ないが、この瞬間だけ王女の肉体に入ってよかったと思ってしまった。
To be continued ……
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