第23話 ピンチは突然やってくる⑧
(みんな、元気かなぁ……)
ふと、高校時代の友人たちを思い出して胸が熱くなった。
前世での友人たちが、私が亡くなったことを知るのはいつ頃だろうか。
先に述べた西洋史を専攻していた友人は、中世ヨーロッパが大好きな歴史オタクで、互いに別々の大学へ進み、まったく違う畑の職に就いても、休みが合うとよく飲みに行った。
友人は持ちネタを語る相手があまりいない――語り出すと止まらないので、他の友人たちが誘いに乗りたがらない――ので、私を誘うことが多かった。
私の持ちネタは事件ばかりで一切話せないし、私としても知らない知識はおもしろい。
彼女に熱く語らせるほうが場も楽しくなるので、勝手に語らせていたのは今でも良い思い出だ。
たまに聞き流していた内容もあるのは酒が入っているゆえのご愛敬だが、それがここで活かせたらいいなぁ……なんて思うのは、私の身勝手だろうか。
異世界で多少世界観が違うとはいえ、この世界に友人がやってくることができたら、よだれを垂らして見回っただろう。
そうして一つ一つを指し示しながら、私に事細かに説明してくれるのだ。
そう考えたら、少し楽しくなってしまった。
「どうかなさいましたか? 殿下」
どうやら私は本当に笑っていたらしい。
フローラがその辺りを指摘しつつ――もちろんそれに対して責めているわけではなく――少し不思議そうに首を小さく傾げた。
「久しぶりに外に出られたせいか、楽しくなってしまったみたい」
本当のことを言えないので適当な嘘をつくと、うしろを歩くアンとペネロピ、マリナが少し驚いた顔をしている。
やはり、サラ王女は本当に動かない人物だったのだろう。散歩程度でここまで驚かれる人物を初めて見た……というか、自分のことか、今は。
体重が何十キログラムあるのかわからないとはいえ、一歩踏み出すごとに体の重みを感じる。
その重たい体で、サッカーコート二~三倍の広さがある芝生をゆっくりと歩く。
前世の私は歩く速度が速いと言われていた。元夫から「おまえは競歩の選手か?」と言われたこともある。
とはいえ、刑事部に所属している者で、散歩のようにのんびりと歩く者はいないだろう。
事件解決は、証拠品や証言が風化しない間に行うことが望ましい。
ゆえに時間との闘いでもあるから、足が悪いなどの理由でもないかぎり、足の遅い者は先輩や後輩に置いていかれるだけだ。
だから私も速かった。……いや、速くなったのだ。
けれどこの体では、早歩きどころかゆっくりの散歩でも無理だった。しかも、半分を回るのがやっとの状態でもあった。
このサラ王女の体は、思いのほか体力も筋力もないようだ。
よくよく考えれば、それも当然である。
この巨体。そして、毎日ほとんど動かずに室内で過ごすことを好んでいた王女。
動いてもせいぜい二階の端から端、もしくは王宮の図書室へ行くくらいで、距離としては徒歩十分といったところだろうか。
もちろん今の私は動きが鈍重なので、徒歩十分のところでも二倍くらいの時間がかかる。
フローラの言うとおり、ゆっくりと散歩することにしておいて良かった。
エレオノーラ・セシリア・サラという肉体の、現時点での限界を知ることができた。
これは鍛えがいがある。脂肪を全力で燃やすためにも、このたるみきった体を鍛えに鍛えてやろうと心に決めた。
もちろん、女の子なのでシックスパックを作るまで……なんて無茶はやらないが。
ただ、この世界で命を狙われても自力で回避できるくらいには鍛えたい。今この瞬間も、どこからか命を狙っている輩がいるかも限らないのだ。
そのためにも、前世で習っていた剣道の練習をしたいのだけれど……さすがに無理か。どう見ても西洋風の世界観に、日本の武道があるとは思えない。
芝生の半分くらいまで歩いたところで、ガゼボがあった。
日本風に言えば東屋だろうか。庭や公園に設置された柱と屋根だけの建物のことで、眺望や休憩に使われるのが一般的だ。
先に述べた西洋史オタクの友人が、自分が行ったというヨーロッパ旅行の写真を見せてくれたことがある。
友人が柱と屋根だけの建築物を「ガゼボ」と言うのに対して「あぁ、東屋ね」と答えたら、「違う! ガゼボよ!」と驚くほど強い口調で訂正されてしまい、以降、私にも「ガゼボ」が定着してしまった。
土台の赤いレンガに建てた十本の柱で白い屋根を支えている造りで、天井も高くかなり大きい。二十畳程度のリビングくらいの広さがありそうな感じだ。
さすが王宮の中庭。ゴージャスで洗練されたデザインのガゼボは美しい。
「あそこで休憩いたしましょう」
屋根の下にはオシャレなデザインのテーブルと椅子があって、そこで休憩できるようになっていた。
今日のように天気が良い日には、ここでお茶をするのかもしれない。
To be continued ……
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