第22話 ピンチは突然やってくる⑦

「……そうね。お母様は思い出したいわ」


 そう言い訳して笑顔を作ったが、引きつっていたかもしれない。

 なんせ、私の実の母親ではないのだ。思い出すほうに無理がある。


 とはいえ、王宮の全容は知っておくべきだとは思った。

 現在の私は、後宮――しかも一つの館の二階と一階、王宮の図書室しか知らない。

 王宮内部など図書室へ通じる廊下くらいしか見たことがないし、敷地内にあるかもしれない施設など、オパルス連邦王国の中枢である『王宮』というものがわかっていないのだ。


 それは後々困ることになりかねない。

 地図を見せてと頼めばわかるかもしれないが、平面図で知るのと実際に訪れるのとでは脳へ与える刺激が雲泥の差であることは、前世の体験で知っている。


 フローラの説明では、後宮にはそれぞれ通称があるそうだ。

 私が住まうのはプリームム。第一の宮。

 続けて、第二夫人と第一王子が住まう、第二宮セクンドゥム。第三夫人と第二王子が住まう第三宮テルティウム。第四夫人と第三王子が住まう第四宮クァルトゥム

 第五夫人もいるそうなのだが、なぜか第二王女とともに第四宮クァルトゥムの三階へ放り込まれているそうだ。


 ……扱いがひどくないだろうか?


 かつてもっとも多くの妃妾ひしょうを持った王は九人ほどいたそうで、そのため後宮として用意されている館は十邸もある。

 だったら、第五宮クィントゥムを使用すればいいのにと思うものの、内政の実情がわからないので口出しもできない。


 しかし、現在使用されているのは四邸。どれも四階建ての豪奢な館だが、もっとも王宮に近く、もっとも大きくて豪華な造りをしているのが第一宮プリームムだった。

 第一宮プリームムに比べると、他の館の大きさはかなり小さく感じる。


 もちろん小さいとは言っても、残りの館の規模が、日本のよくある3LDKなどの住宅レベルでないことは説明するまでもないだろう。

 大きさはともかく館の内装はほぼ同じで、一階はホールや食堂、レッスンルームなどが用意されている。プライベートな居室は二、三階からで、正妃やその子供たちの部屋などが並ぶ。


 四階は女官たちの部屋で、屋根裏部屋は侍女のものだ。そのため四階以上からは内装ががらりと変わり、質素になっているらしい。

 それでも女官たちの身分が貴族ということもあり、四階の内装はまだ美しいほうだとマリナたちが言っていた。

 ただし女官長だけは別格で、二階の最奥に執務室兼寝室が用意されている。つまり主人たちと同じ階で寝泊まりしていることになる。

 これは正妃やその子供たちに問題が起こったときに備えて、すぐに駆けつけられるように配慮されているのだそうだ。


 ちなみに半地下もあり、そこは主に使用人たちの仕事場である。ここでは住み込みの料理人たちが寝泊まりしている。

 当然、館の主たちは四階以上にはあがらないし、半地下にも行くことはない。


 そして実家の位などは関係なく、絶対に第一宮プリームムは正妃のものなのだそうだ。


 では、仮に文句を言えばどうなるのか。

 たとえば第二夫人の実家のほうが、正妃よりも高位の貴族だったとする。

 その事実を突きつけて、王に文句を言ったと仮定。

 すると、その時点で第二夫人は子供だけ取り上げられ、後宮から追い出される。子供も王位継承権をもらうことなく、実家と同程度、もしくは一つ低いくらいの爵位を与えられるだけで終わるそうだ。


 これは正妃が「妻」という立場であることに対し、夫人と呼ばれる妾たちが「他人」であることを示している。

 つまり正妃とは、『』ということであり、夫人は『妃』という冠がつくとはいえ、あくまで妾でしかないのだ。

 そのため実家の位など関係ないのである。


 実際、過去にそういったことがあり大問題に発展したため、以降はこの慣習を義務として徹底づけているとのことだった。

 そして正妃サラ・ヴィクトリアの部屋は、私の部屋の右隣とのことだった。

 それにしても、ヨーロッパ風の王家で後宮制度なんて珍しい。

 私の思い込みかもしれないが、この国は一夫一妻制かと勝手に思っていた。

 たぶんそれは、この城や衣類、人々の雰囲気が映画で観たようなヨーロッパのそれに似ているからだろう。


 欧州はキリスト教の影響が強いため一夫一妻が常識だ。

 たとえば中世日本の武家社会でみられる側室、古代中国の後宮における複数の妃、イスラム諸国のハレムなど、複数の妻をもつ風習がない。

 とはいえ、王にまったく愛人がいなかったと言えばそれは違うらしく、公の愛人――『公妾』という存在がいたと、女子校時代の友人で、大学で西洋史を専攻していた友人から教えてもらった。


 政府公認、生活や活動にかかる費用も保証された愛人だなんて、なんとまぁすごい制度だと驚いた記憶がある。

 しかし友人の説明によれば、王族の婚姻はほとんど政略だから仕方がないのかもと言われ、妙に納得した。

 国のためとはいえ、顔も性格も好みかどうかわからない相手と問答無用で結婚させられる――その現状を自分に置き換えるとさすがにゾッとしたからだ。


 王も王妃も互いの国を背負っている。

 現代にありがちな、性格だとか性の不一致、すれ違い生活、嫁姑問題とやらで安易に離婚するわけにはいかないだろう。


 ただし公妾が産んだ子供に王位の継承権や財産の相続権はない。適当に爵位を与えられて、それなりに扱われて終わるらしい。

 それを考えれば、こちらの世界の妃妾の子供は王位継承権を与えられ王族として扱われるので、恵まれているのかも知れない。


To be continued ……

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