第17話 聖獣は創造神に逆らわない④
「帰宅させることもできますが……」
ソールの返答に、カコウがゆっくりと首を横に振った。
「いや、我らの話を聞いたうえで、その返事が欲しいだけじゃ。そなたらの邪魔をしたいわけではない」
返答を耳にしてから、ソールは仲間たちに
「いま連中と意識を繋ぎました。このままお話しください」
「うむ。……それにしても、ここの茶は相変わらずおかしな色をしとるのう」
カコウが、グラスを頭上に掲げながらまじまじとみつめている。
香りこそ柑橘系のそれだが、グラスの中の液体は紫や黄色、青、赤、緑、黒、白……と変化したり、たまに光ったりしている。花火みたいな茶だ。
「魔物が多い森林で採れる茶葉ですからね。魔物に気に当てられるんですよ」
「まっこと、おもしろい世界ができたものよ。のう兄上」
「あぁ。カコウ、創ったかいがあったよ」
「とはいえ、今や崩壊の危機でもある!」
「は……?」
相変わらず握り拳で力説するエンテイを、ソールは目を丸くしてみつめ返してしまった。
(……崩壊? 仲間たちから、そんな連絡は受けてねぇけどな?)
その証拠に、意識を繋いだ仲間たちからも「え?」「マジで?」「なんで?」という声が次々と上がっている。
「世界は変わらないよ。ただ人間という種の存続が危うそうなんだよ」
焦りなど微塵も感じさせない穏やかな口調でタイコウが告げる。
(相変わらず、タイコウ様は不思議な声をしてんな)
常に穏やかな心と表情を持つ目の前の創造神が言葉を発すると、なぜか心がスッと落ち着いてゆくのを、ソールは毎回疑問に感じていた。
タイコウはあらゆるものを一からではなく、無から創り出す強大な力を持つ創造神だが、他者へ与える感情は平穏。それでも、タイコウを初めて見る者は怯えてしまうだろう。
なにせ本当の姿が、山よりも巨大な鷲の体に人間の頭が乗っているのだ。
二足歩行である人間本来の姿と、空高く舞う鷲本来の姿を同時に知る者なら、その二種類の動物が合体している姿など、間違いなく恐怖を覚える容貌である。
ソール自身、転生前に会ったときはドン引きしてしまったくらいだ。
しかし、そのとき敵愾心を持ったとしても、なぜか話しているうちに落ち着いてしまい、自然にタイコウに従うようになってゆく。
もちろん、カコウやエンテイも同じなのだが、長兄であるタイコウの声音は群を抜いている。
その平静を与える声が、「人間絶滅の危機」を穏やかに告げた。
(それにしても初耳だな。人類が滅びそうな兆候なんて、俺が見回ったときでさえどこにもなかったのにな……)
ソールは密かに首を傾げた。
聖獣は創造神の使徒。
創造神の意思が彼らの使命である。
世界で日々起こる、ありとあらゆる事象に対して手を出すことを自重している創造神たちに代わり、この世界に住まうありとあらゆる生物を守ることが役割だ。
そのため聖獣たちは大陸や海を適当に分割させ、適当に見回り、問題が起これば対処してきた。
それでも、人間が滅びそうな気配は感じられなかったのだが……
(……あ、いや。もしかして、俺のせいか?)
「おまえのせいではないよ、ソール」
「兄上、あの件でございますか? そうか、もう五千年も経つか」
カコウの言葉に、タイコウが小さく頷く。
「ソールよ、あの一件は、我らも許したであろう?」
「うむ! あれは人間が悪いと我らは判断した!」
姉の言葉にエンテイも両腕を胸の前で組み、大仰に頷いている。タイコウはただただ穏やかに微笑むだけだ。
五千年ほど昔、ソールはフームス火山とその周辺にある広大な森林地帯――ウィリディス樹海を人間たちから奪い取り、ウルツァイトという国を勝手に興した。
理由はソールにとっては重く、しかし、聖獣仲間たちにとってはどうでもいいことだったかもしれない。
ともかくそれ以降、人間は聖獣たちが認めた者を除き、樹海地域およびフームス火山へ入ることができなくなった。
「確かに、そうですがね……」
その件に関しては、五千年前に創造神たちから許しは得ている。
許されたことについても、当時のソールは聖獣として若かったし、自身も「創造神様方のお言葉に甘えるか」と半分開き直ったこともあった。
だが、そのときの暴挙からくる自責の念。
この贖罪は時間が経過すればするほど、驚くほどの重量を持ってソールの背へのしかかる。
そのおもりがあるせいか、ソールはほんの少しだけ、他の聖獣たちよりも人間が苦手になっていた。
「そこでじゃ、ソールよ」
グラスをテーブルに置いたカコウが、そう言って赤い唇に弧を描く。
「そなた……人間の護衛をしてくれぬか」
「……は?」
予想もしていなかった申し出に、ソールは目を丸くして生命の女神の端正な顔をみつめた。
To be continued ……
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