第19話 ピンチは突然やってくる④

「ブレット。発言を許可します。言いたいことがあるならハッキリと言ってもかまいません。あなたがなにを言っても罰を与えることはないと、私はこの場にいる皆に誓いましょう」


「は、はっ……!」


 顔面から冷や汗を垂らしたまま、それでもブレットは喋らない。

 困った。これでは話が進まない。

 私は膝を落とし、ブレットと同じ視線に下りた。


「殿下……!」


 なにか言いたげなフローラに対し右手を上げることで制し、ブレットに「顔を上げなさい」と命じる。

 ブレットは同じ目線にいる私にギョッとしていたが、すぐに平静を保つために唇を引き締めた。


「あなたのお料理はとても美味しい。私は毎日あなたに感謝しています」


「はっ! もったいないお言葉でございます!」


「ですが、今の私の体は少々……脂っこいものを受け付けません。そして、あまりたくさん食べられません。……そこまではわかりますか?」


「はっ……ですが、殿下。あっ……いえ」


「かまいません。話しなさい」


 私が強い口調で言うと、ブレットは少しためらいながらも、意を決したように顔を上げた。


「殿下は毎回お出しするお食事でも、もの足りないと申されておりました」


 予想どおりというか……私は妙に納得してしまった。

 胃袋の状態が、自分でも違和感を覚えるほど感覚差があるのであれば、王女がそれを言葉にしていたとしてもなんら不思議ではない。


 なぜなら出されている食事量は普通の女の子なら、全部食べたら嘔吐するレベルだ。冗談抜きでデブ一直線を超える食べ方。これ以上太ったら、ベッドから起き上がれなくなる。

 この満腹と空腹の違和を体感していなければ、おそらく誰もがこの体の持ち主に呆れ返るに違いない。


 いや、だからこそ私の前に王女の体へ入った者たちは、この体を拒絶して去ったのだ。


「そうですか……。過去の私は、そう言っていたのですね……」


 とりあえず、ブレットの言葉に同意しておく。

 さて、どう言えばブレットは納得して食事量を減らしてくれるだろうか。

 もちろん命令すれば簡単だ。だけど、なにか変事が起こって再び食事を変えることになったらどうなるだろう? 変更が一度や二度で済まなかったら?

 彼はそのたびに怯えることにならないだろうか。そして困らないだろうか。


 ……なんて考えるのは、私の感覚が平民だからだろう。

 王族なのだから、命令で従わせるほうが当然。もしかすると「お願い」するよりも、命令されるほうが彼らも楽なのかもしれない。


 平民感覚の私としては、命令すること自体に抵抗がある。だからできれば命令はしたくない。

 だけどやはり、それは無理だ。


 なぜなら私は、今は『王女』の体に入っているから。デブだろうと痩せぎすだろうと、感覚が平民だろうと関係ない。

 今の私は、このオパルス連邦王国の第一王女なのだ。


「ではブレット、あなたに命じます。私の毎日の食事量を減らしなさい。まずは現在出しているぶんの半分でかまいません。……できますか?」


 ブレットは慌てて頭を下げ、「承知いたしました」と告げる。

 そこまで口にして、私はふと閃いた。


「それから、野菜中心で料理を作って欲しいの。使うお肉はサッパリした感じのものがいいわ」


「は……はぁ」


 私の言葉を耳にしたブレットは、少し考えてから、


「では……マーグヌスチキンのむね肉を使うのはいかがでしょうか?」


 マーグヌスチキンなど初めて聞く食材名だ。こちらの世界での『鶏』でいいのだろうか。


 一瞬、私は承諾するか迷ったが、「チキン」という名前に賭けてみることにした。無論のこと、今まで出てきた食材が食べられたからというのもある。


「そうね。それがいいわ。ランチはそういったもので、サンドイッチみたいにしてくれると嬉しいわね。そうすれば食べやすいし」


「え? お手を使って……食べられるのですか?」


 やや困惑気味のブレットの発言で、どうやら手で食べるということがマナー違反になるらしいと気づいた。

 平民はともかく、王侯貴族ではありえないのかもしれない。


「じゃあ、サンドイッチじゃなくてもいいわ。ただし、量は半分にね」


「承知いたしました」


「ありがとう。下がっていいわ」


 私の言葉に、ブレットは一礼してから退室した。

 私は立ち上がり、ため息をついてソファーに腰を下ろす。重量のある肉体を乗せると、ソファーの四つ足がギシリと嫌な悲鳴をあげた。


「殿下……」


 フローラが静かに歩み寄ってくる。少し表情が険しくなっている。

 なんとなく、彼女の言いたいことがわかる気がした。


「わかっています、フローラ。王族が平民に対して気安く接してはいけないと言いたいのでしょう?」


「仰るとおりでございます。目線を対等にするなど言語道断ではございますが……。わかっておられるのでしたら、これ以上ご進言することはございません」


 少しだけ表情を柔らかくして、フローラは答えた。


To be continued ……

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●○●お礼・お願い●○●


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