第12話 王国騎士団総帥の腐心②
オーガスタス王は、正妃が銀髪を持つサラを生んでから十年もの間子宝に恵まれなかった。だが、八年ほど前から急におめでたが続いた。
第二王女が生まれてから一年ほど経って第一王子が、その二ヶ月後に第二王子、第二王子から一年ほど遅れて第三王子が続けて産声を上げている。
サラの異母弟妹たちは生まれ月こそ違うが、みな年齢が近い。
妊娠は確かにおめでたい。だが、同時に問題も生む。
王位継承の問題だ。
現在、オパルス連邦王国には四つの派閥が存在する。
一つ目が第一王女である、エレオノーラ・セシリア・サラ第一王女。
二つ目がセルペンス侯爵を後見に持つアルバート・パトリック第一王子。
三つ目がバーラエナ伯爵の孫であるウィルヘルム・レオナルド第二王子。
四つ目が大富豪マルモルの孫、デイビッド・アレクサンダー第三王子である。
特に第二夫人クレアの父親であるセルペンス侯爵は、銀髪ではなかったものの、孫が男児ということもあってか大層な喜びようで、祝宴まで開いたと聞いている。
さらにセルペンス侯爵はそのパーティーで、アルバートを「次の世継ぎだ」と豪語したという噂まで流れていた。
酒が入っていたため強気になっていたのかもしれないが、それが漏れた本心であると断言しても言い過ぎにはならないだろう。
あくまで憶測だが、その祝宴は他の貴族連中を仲間として抱き込むために開かれたものだ。事実、アルバートの即位を期待して、セルペンス侯爵家に取り入る貴族や富豪が増えているとも耳にする。
そのせいか、第二夫人の発言力が日に日に増しているのも、ランスロットや大臣たちの悩みの種のひとつだった。
(叔母上が生きておられればな……)
公爵家から嫁ぎ、正妃であったサラ・ヴィクトリアが生きていたなら、第二夫人の横暴を許さなかった。
なぜなら正妃は正しく後宮を掌握していたし、他の夫人たちから信頼を得ていたからだ。
しかし正妃は、六年前に崩御されている。
しかも最悪なことに、正妃が亡くなってから二年ほど経つと、堰を切ったように第一王女への嫌がらせや暗殺未遂が相次ぐようになった。
目の上のこぶがいないという状況は、夫人たちからサラへの――王族への敬意を奪い去ったのだ。
もちろん状況だけの話ではなく、そこへ至る理由は複雑で、さまざまな要因とサラの性格なども多分に絡んでいるだろう。
それゆえフローラの言うとおり、自害から記憶喪失までの一件だけで「女王にふさわしくない」と騒ぎ立てるのは容易に想像できた。
とはいえ、サラと王位を競うのはアルバート第一王子だけではない。
第二王子も伯爵家の娘、第三夫人の息子だ。
しかも第二王子は、豊富な魔力総量を示す銀髪の持ち主だ。
家格が上であるクレアの手前、おおっぴらな行動は避けているが、バーラエナ伯爵もまた孫の即位のため暗躍していると噂されていた。
ここ最近になって、ウィルヘルム第二王子にはスペルビア公爵家が後見についたとも噂されており、油断のならない相手となった。
第二王女、第三王子は母親が平民であるため、そういった動きは見受けられない。
しかし第二王女は七歳で、さらに銀髪の持ち主である。
サラの次に王位継承権を持っているだけでなく、豊富な魔力を内に秘めている。権力を握りたい者にとって、第二王女は格好の餌でしかない。
だからであろう。母親である第五夫人は娘の継承権を返上したいと申し出ている。
返上し、母子で王を弔うために修道院へ入りたい、と。
第五夫人は娘を守るため、修道院に入ることで平民に戻ろうとしているのだ。
賢明な判断だと、ランスロットは思った。
下手に乗せられて王位継承問題に首を突っ込めば、後見のいない平民では、争いに負けたときの保証がない。おそらく最後は殺される。
第二王女は爆弾になるとはいえ、逆に言えばその王女が保険にもなる。
修道院としても王族に連なる者を無下にはできないだろうから、安全は保証されるはずだ。
ランスロットとしては、二人が修道院に隠れてくれるのであれば、自身の実家であるメディウス公爵家の名を出してもいいとさえ考えていた。
第三王子の母親――第四夫人も、修道院とまではいかなくても、実家に戻るなどしてもらいたいというのがランスロットの本音だ。
しかし第四夫人の父親は、宝石商として有名なマルモル商会の会頭だった。
マルモルは大富豪だ。今では宝石以外の商品にも幅広く手を出し、商会として大きく成長し、他国にもその名を広げている。
ただし経営手腕は強引かつ悪辣で、悪い噂が絶えないとも伝え聞いている。
巨額の富を手に入れたマルモルは貴族としての称号を望んでいるという噂もあるし、国内外を問わず有力貴族との繋がりがあるので、なかなか侮れない。
暮らしぶりだけなら、下級貴族よりも豪勢で、優雅かもしれない。しかし、暮らしぶりは貴族以上だとしても、位は『平民』でしかない。
To be continued ……
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