01
『願えば叶う! 幸運のストーン』
胡散臭さ全開の売り文句は、当時無知な私に刺さりまくっていた。ほら中学生って、血液型占いとか星占いとか盲信するとこあるから。「蟹座と水瓶座は相性最悪」とか、「O型同士は相性最高」とかね? 男子が観光地で木刀買うノリで、私も眼をキラキラさせながらそのラインストーンを見つめていた。
でも値段が高かった。大粒の石とはいえ、ひとつ500円もした。修学旅行中に使える上限額が決まっていた我々にとって、それはとても痛い出費だった(というより修学旅行初日でアホほどお土産買いまくっていた私が悪いのだが)。初日で財布の底が丸見えだったから、涎を垂らす勢いで目に焼きつけて、何かあったらその都度この石のことを思い出して、あわよくばそれでご利益に恵まれたら……そんな都合のいいことを考えながら諦めモードでその石を凝視していた。
「何見とん?」
幼馴染の
「ずっと身につけとると、願いがひとつだけ叶うんじゃって!」
「そんなの嘘に決まっとるじゃろ」
「そんなんわからんがん」
「じゃあ買えば?」
「母さんたちのお土産買ったらあと21円しか残っとらんかった」
「計画性ゼロか」
「あーあ、こんないいもの最終日に見つけると思わんかった、ちくしょー!」
私は頭をわしゃわしゃ掻き乱しながら本気で悔いていた。今思えば絶妙にパチモン感が漂うマゼンダカラーなのだが、あの当時はそれすら高級感があるように見えて、ただのアクセサリーとしても純粋に綺麗だと誤認していた。
あまりに真剣な眼をしていた私に、夏緒は半ば引き気味に話を続けた。
「ちなみに願いって何?」
「現状維持!」
「絶対いらんがん」
私と夏緒は大体こんな感じだった。
いつも真面で頼り甲斐がある常識人の夏緒と、オタク趣味がどうしても隠せない暴走型の私。趣味も性格も容姿も何一つ夏緒と合致したことなんてなかったし、大人と社会が汚れて見え始めるこの多感な時期に悩むことも多かったけど、それでも私は夏緒がいれば毎日が幸せだった。
夏緒はどうだったろう。
「い・る・んっ! お父さんとお母さんにはこれからも元気でいてほしいし、レポッシュはこれからも12人でアイドル活動続けてほしいし、夏緒とこれからもずっと一緒に居りたいん!」
「え?」
「でも買えんけん、ご利益があるように点呼ギリギリまで目に焼き付けとるんよ!」
夏緒は不意を突かれたような声を出すと、急に宙を見つめて少し考え出した。それから呆れたという風に溜息をひとつ吐くと、ラインストーンの中から私が最も気に入っていたハート型の石に手を伸ばして、無言で店先まで持っていった。
「あ、ちょっと! 今願掛けしとったんじゃけん、持ってかんといてよ!」
祈祷の邪魔をされた私は、躍起になってその背中を追った。いくら私が熱弁していて話が冗長だったとはいえ、それは強硬手段に出過ぎだろう! 怒りを露わに彼の隣に並ぶと、彼はバッグの中から財布を取り出していた。
「これください」
彼はラインストーンを購入していた。
明らかに前言を撤回するような行動に言葉を失っていると、支払いを終えた夏緒が石を掴んでぐっと差し出してきた。
「やる」
「何で?」
「いらんのんなら、別にええけど」
私は両手でそれを受け取った。
夏緒はずっとそれを手に握っていたものだから、ラインストーンからも彼の温もりが十分伝わって、私は初めてたったひとつの言動で、人はこんなにも頬が紅らみ手が震えるのかと驚いた。
嬉しいということはこんなにも気恥ずかしい。少しだけ、ほんの少しだけ。視界が滲んで鼻の先がツンとした。彼は私のために買ってくれたのだ。紛い物だとわかっていても、私が喜ぶのを知って上限金額の十分の一も出してくれた。
「ううん、貰う。ありがとう、夏緒」
私はなんとなく夏緒の顔が見られなくて、俯いたままお礼を言った。幸せだった。私は本当に幸せだった。たとえ、これが夏緒の好きな大人向けの幾何学的でシンプルなデザインだったとしても。たとえ、これが私の趣味嗜好に掠りもしない女子全般が好きそうな可愛さだったとしても。たとえ、これが乙女心のなんたるかを全く理解できていない代物だったとしても。私一人のために選んで買ってくれたのなら、それはもう間違いなく本物なのだから……。
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