26話 小さな公爵令嬢


「な、なんと無礼な!」

「……ぐ、ぬ……戦女神よ。本気でそう申しているのか?」


 俺の冷淡な物言いにゼニス王は顔を真っ赤にし、ゼウス自身も顔を怒りで滲ませる。

 俺に負けた手前、強くは出れないようだが拳をきつく握りしめているので、よほど腹に据えかねているようだ。


 特にゼウスの方は神なだけあってかなりの迫力だ。

 本音を言えばこんな大男に睨みつけられたら、今すぐにでも逃げ出したい。


 そんな本心をどうにか抑え込んで、『推しだったらこういう時は冷静に軽くいなす!』と自分に言い聞かせる。


「ゼウス。貴方あなたはただでさえ弟に押され気味なのでしょう? 【冥府の王ハデス】に」


「それは……否定できないな」


 ヴァン君から聞いた話では信徒数も勢力圏も、ゼウスはハデスに後れを取っている。


「そちらが出した終戦条件を何一つ飲めません。では内乱が続きますね? 【神聖騎士団ハイ・リッター】にこれ以上の被害を出ると喜ぶのは誰でしょうか?」


「我が弟は大喜びだろうな……」


「わかればよろしい」


「しかしそれでは我が威光が……」


 公爵一人を粛清できず何が神か。

 その考えはわからなくもない。特にこの時代の人間は、直接的な権威や力に迎合する気質がある。

 ゼウスの力を疑問視する者や、最悪だと離反する貴族も出てくるだろう。

 だが、それでも……推しおれが徹底抗戦すればどれだけの被害が出るのか、わからせる必要がある。



「本当にやり合うのですか? その判断、間違えていませんか?」


 推しのように……激怒しそうな神に向かって、自信に満ち溢れた視線を送る。

 そして堂々と名乗る。


「レムリア・エテルナ・ゼトワールですよ、私」


「ゼ、ゼトワール……!?」


 俺の名を聞いて表情が変わったのはゼウスのみ。

 ゼニス王やアルクール公爵を初めとする人族たちはピンと来てないようだったが、ゼウスの豹変ぶりから何かを察知したようだ。


「……数々の無礼をここに詫びよう。其方そなたに拳を向けたことも深く謝罪する」


「その節は不問にします」


【絶対神ゼウス】自ら頭を垂れて正式に謝罪する。

 その意味に一同は驚愕した。


 あの絶対神が公の場で頭を下げるなどと前代未聞なのだ。

 

 同時になぜそのような事態になったのか今いち理解できていないようだが、彼らに全てを話す必要はない。

 本人に伝われば十分なのだ。



『エルフの姫である俺と敵対したら、ゼウスは全エルフを敵に回す可能性がある』


『逆にこちらの意見に耳を傾け、手を取り合えばどれだけ未来が明るくなるか』


 その二点を示唆してやればいい。

 これがネームバリューってやつだ。

 それでは結論を、実際に人事権を握っている王に伝えよう。

 

「ゼニス王。このように私やアルクール公爵を敵にするよりかは、冒険者を自由にした方がいいとゼウスは判断しました」


「むむ……しょ、承知した……」


「そしてこちらの提示した条件、もとい協定・・を結ぶのであれば。すり減ったそちらの戦力を補うバックアップも確約できましょう」


 協定の二文字にピクリと反応を示すゼウス。

 藁にもすがる思いなのかもしれない。


「どのようなものなのだ」


「まずは金貨3万枚をアルクール公爵へ、援助金・・・として支払ってください」


「なんの援助だ? まさか戦災復興費などではあるまいな? そんなことをしたら賠償金と同義になる」


 支払った王家やゼウスが、内外に今回の戦いは非を認めるようなものだ。

 それだけ巨額の投資であり、承服しかねるのは仕方ない。


「いいえ。私たちはこれから【冒険者ギルド】を設立します。国境を越えて、信仰を超えて、様々な冒険者を支援し、管理する組織となります」


「信仰の自由を認めるような組織に……我が設立費を出すだと……?」


「【冒険者ギルド】の中心地、ともなればおのずと【絶対神ゼウス】を信仰する旅人や冒険者は増えるでしょうね? 実際に支援しているわけですし。間接的に貴方への信仰心は深まり、各国へと影響力は広まってゆくでしょう」


「様々な神々を信仰する武装勢力に……我の信徒を一定数普及できるのは、確かに理にかなっている」


 これで【冥府の王ハデス】より劣勢だったゼウス勢が盛り返す日も訪れるはず。


「もちろん、私も冒険者ギルドの設立に尽力しますよ」


其方そなたの力を借りられるのは万人力だが……しかし、どうしてそこまで我に肩入れを……? 仮にも其方の友と戦い、間接的にとはいえ命を奪ったのは……我だ」


 もちろんそれは許せない。

 今もなお、ほの暗い憎悪の炎は燻り続けている。

 でもそれ以上に後悔と、そしてヴァン君が夢見た『冒険者の自由と安全』ってやつを実現したかった。


 彼が見ていた景色を、この目で見たくなったのだ。

 それがきっと彼の隣で戦えなかった俺の贖罪で、弔いなのだと思う。


 それに、今のままのゼウスの在り方では到底シーズン1で勝ち残れないと思っている。

 もう少し粛清やら押しつけがましい正義やらを緩和するようにと、冒険者ギルドを通じて調整を試みたい。



「あなたの在り方に免じて、ですよ。どうか良い神になってくださいね」


 今のゼウスは弱いけど、将来はもっと強力に進化する。ここであまり無碍むげな対応をすると恨みを買いかねない。

 だったら恭順を強いるより、友好的な関係を結んでおいた得策なのだ。

 ひらたく言えば恩を売っておくようなものか。


 そんな俺の発言にゼウスは雷に打たれたかのようにハッとしていた。

 それから彼は大柄な体躯を丸めて、再び頭を下げた。


「感謝する……古き民の姫よ。そなたは寛容で、雄大だ」





「おぉ、シルフィーネ! 我が愛しい娘よ! ケガはないか? 乱暴はされなかったか?」


 俺がアルクール公爵に抱いていた人物像は、常日頃から厳めしく泰然としたものだった。

 それが、公爵令嬢が解放された途端、周囲の目も憚らずに相好を崩して抱擁するのだからよほど子煩悩なのだろう。

 もしかしたらこの事実を知っていたからこそ、ゼニス王たちは余裕の態度だったのかもしれない。娘を餌にゆすれば、どんな悪条件も吞まざるを得ないと。


「お、お父様……私は大丈夫です。それよりも、ヴァンは、ヴァンは元気ですか?」


 純粋無垢な八歳児が告げた確認は、喜ばしい空気を一掃してしまった。

 アルクール公爵は愛娘にヴァン君が死んだ事実をどう伝えようか迷っている。

 だから代わりにヴァン君の妹である俺が、公爵令嬢に歩み寄った。


「こんにちは、シルフィーネお嬢様。私はレムリアと申します」

「レム、リア……? あっ、ヴァンが言っていた生意気な女神様ね!?」


「なっ……いえ、私は彼の妹ですよ。お嬢様はヴァンく、兄様とどんなご関係で?」

「神様と兄妹……やっぱりヴァンはすごいのね! ヴァンはね、私にいっぱいいっぱい冒険の話をしてくれるの!」


 笑顔満点で在りし日のヴァン君を語る少女に、俺は自然と涙が出そうになった。

 彼女がヴァンの話をすると、つぶらな瞳を満点の夜空よりも輝かせ、希望に満ちた表情になる。

 俺は……そんな彼女の顔を曇らせたくはなかった。


「ヴァンは言ったの! どんな魔物との戦いも慎重に、そして諦めずに、生き残るんだって! だから私は敵の騎士たちに捕らえられても……怖くても、諦めずにいたわ!」


「さようですか。きっと兄様も……お嬢様の気高さと強さに喜ぶでしょう」


「そうよ! 早くヴァンに会って私の小さな冒険を話したいわ! レムリア、ヴァンはどこなの?」


「兄様は……」


 俺が言いよどむと、彼女は途端に周囲を見渡した。

 それから瞳にいっぱいの涙を浮かべ始めた。


「……ヴァンは、生きているのよね?」


 子供は大人以上に周りの空気に敏感になる時がある。

 みんな表面上は穏やかを装っているが、その実深い悲しみを抱えていると察知したのだろう。


「死ぬはずがないわ! だって、ヴァンは約束したもの! いつか私を冒険に連れていってくれるって!」


 ……やれやれ、ヴァン君よ。

 こんな幼い少女をひっかけていたとはな。


「ヴァンがいないなら……もう冒険なんてできないじゃない! うぁぁぁぁああん……!」


 わんわん泣き出すご令嬢を俺はそっと包み込む。

 小さなぬくもりを感じて、ああ、この子も俺と同じでヴァン君を大切に思っていてくれた一人なのだろう。


 同じ誰かを想って悲しんでくれる幼い少女を胸に、ほんの少しだけ自分への無力感とか、悲しみとか、ごちゃごちゃになった感情が分かち合える気がした。

 子供の泣き声とは不思議なもので、こちらまで素直にさせる効果でもあるのだろうか……?

 自然と俺も、今まで必死にせき止めていたものがあふれ出してしまう。

 


「ヴァン君は……兄様は……死にました……」


 外聞も羞恥も気にせず、ただただ同じ悲しみに濡れるご令嬢と——

 一緒に泣き崩れた。


 そして俺はヴァン君に変わって彼女に伝える。


「彼は……約束を破るような男ではありません。私を、貴女あなたのもとに引き合わせました……」


「グスッ……意味、わかんない゛い゛ぃぃ……」


「いずれ、わかる日が来ます」


 俺がヴァン君の代わりに……いつか、彼女と冒険を共にしようと誓った。



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俺が推しになる~不滅の最強エルフ姫に転生したので自由気ままに生き……られません。なぜか戦女神として崇拝されます~ 星屑ぽんぽん @hosikuzu1ponpon

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