25話 予言


 この時代の新興国には、ある一つの特徴がある。

 それは【王権神授説】である。

 民を束ねる権利は神より授かった、すなわち王族とはそれだけ神聖な存在であると言いたいわけだ。


 それは【神聖王国ゼニス】も例外ではなく、ゼニス王家はゼウスを深く信仰している。そして今回のアルクール公爵の反発を、神への謀反と断じてひどくご立腹らしい。

 まあ元々、アルクール公爵は小国の王であったため、ゼニス王家にしてみれば不穏分子には違いない。ここで徹底的に叩いておいて権力を少しでも削いでおきたいのだろう。



「はぁ……ヴァンをとむらったばかりだってのに……ゆっくりしてる暇もないねえ。いくさの次は終戦会談かあ」


「友の喪に服したいのは山々ですが……この時を無下にしては、ヴァンが命がけで勝ち取ってくれた機を逸してしまいます」


 ヴァン君のパーティーメンバーだったザンダーとホーリィは、渋々と今の状況を受け入れているようだ。


「まさか俺らが冒険者代表で交渉の場に出るなんてなあ……」


「仕方ないでしょう。【旅人の王ヴァントハイト】が亡き今、アルクール公爵と共にゼニス王や【絶対神ゼウス】と話せるのは我々ぐらいしかいないでしょうし……」


 彼らは悲しみの中にいても現実と向き合い、そして強かった。

 それに比べて俺は未だに自分の無力感に苛まれている。


神々の代理戦争シーズン1】はまだまだ先だと甘んじて、万全の準備をし切れていなかった。

 確かにまだ【使徒】が生まれていないので、神から強力な奇跡を得られる保証はない。この時代の神もまた未成熟で、俺の知っている次元に達していない。

 それでも俺はどの神を信仰すれば、どんな奇跡が手に入るのかを知っている。

 奇跡の習得条件や、特殊な方法など多くを網羅している。


 そして俺はクロクロ時代、【冥府の王ハデス】の【第二使徒】でもあった。つまり、冥府の奇跡を習得さえしていれば、もしかしたらヴァン君を救えたかもしれなかったのだ。

 どうせ数百年後には【神喰らいの時代シーズン2】が到来する。その時、神の地位は奪われ、様々な『神象文字デウスルート』が失われる。

 転生人プレイヤーそのものが伝説となる時代だ。


 だったらいっそのこと、今から積極的に神々の力も取り入れても問題ないのでは?

 それが今後は、神への対抗手段にも繋がっていくはず。

 もちろんクロクロで発見できなかった『神象文字デウスルート』の収集も忘れない。



「……このことに、もっと早く気付いていれば……ヴァン君を救えたはずです……」


 自然と苦心がこぼれてしまう。

 そんな俺の苦言に反応してくれたのは、やはりザンダーとホーリィだった。


「なっ、何をお悩みで……!? め、女神様はよくやってくれましたって!」

「貴女様が駆けつけてくれなかったらどうなっていたことやら……我々は大恩こそ感じても、恨むなどいたしません」


「そっ、それに……交渉の場だってさ、女神様に来てもらえるから……マジで苦境を脱したと言いますか……!」

「冒険者の支柱となっていたヴァンが亡き今は……みな、貴女様頼りなのです」


「何度も言っていますが私は女神ではありませんよ」


「いやっ……でもなあ。ヴァンの奴がそう言ってましたよ?」

「我々はヴァンの意思を継ぎます。冒険者がより自由に冒険できるよう尽力する他ありません。貴女様はまごうことなき【旅人王の女神】なのです」


 だから俺は旗印になって冒険者たちの立場を守れってことか。

 うん、まあ……それがヴァン君の願いなら、不甲斐ない俺でも少しは力になれるかもしれない。


 そうだな。

 推しならこんな時でも凛と背筋を伸ばして、一歩一歩進んでいくのだろう。

 だから瞳の奥でうずき続ける涙の存在に気付かぬふりをして、俺は無理やり笑顔を作る。


「そうですね。二人とも、ありがとうごいざます」


「め、滅相もないですよ、はい」

「ヴァンが貴女様を信仰していた気持ちが今ならはっきりとわかります」


 二人は恭しく膝をついた。

 それから俺は……本来であれば【旅人の王】が言っていたはずの言葉を紡ぐ。


「私もまたヴァン君の意思を継ぎます。だから、全ての冒険者を庇護する【冒険者ギルド】を結成いたします」


「ぼ、冒険者ギルドですか?」

「ギルドというと、鍛冶協会や商会組合のようなものですか?」


「はい。今から向かう場で、必ず認めさせます!」


 力強く宣言すると、二人は目を輝かした。


「御意です!」

「微力ながらご助力させてください!」





 終戦の話し合いは、ゼニス王家直轄領とアルクール公爵領の中間地点である【白き千剣の大葬原だいそうげん】で行われた。

 ここに生える草々は色を失っており、雪原のように冷たく美しい。

 所々にそびえ立つは天より降り注いだ巨大な剣塔。まるで俺たちが余計な諍いを起こさないようにと、ジッと見守るくさびのようだ。


「旅人王の友ザンダーとホーリィ、アルクール公爵、そして【旅人王の女神】、ご来着!」


 真っ白な平原のただなかに豪勢な天幕が張られ、神聖騎士が大仰に俺たちの名を呼ぶ。すでにゼニス王や【絶対神ゼウス】は天幕の中で待ち構え、こちらを迎え入れる形となった。

 各陣営の代表者が顔を突き合わすため、てっきり天幕の中は緊張で張りつめていると思った。

 しかし予想に反して、あちら側の表情はわずかに緩んでいた。


 ひらたく言えば、ザンダーやホーリィ、そしてアルクール公爵に対してあなどりの色が見て取れた。


「……!」


 だが最後に俺が入ったのを目にすると、一同は不遜な態度を改めて息を呑んだ。

 ゼニス王はどうにか体面を保ち、全員がそろったタイミングで突き出たお腹をさすりながら宣言する。


「これより【絶対神ゼウス】様のもと、終戦会談を行う……!」


 あくまでゼウスの意思の下に話し合いが進められる。

 それはこちらの不利となるが、アルクール公爵も元々は【神聖王国ゼニス】の臣下なので異論はない。むしろ主神と王自らが、中間地帯この場に足を運んだことに大きな意味がある。

 本来であるならば家臣であるアルクール公爵が呼びつけられる立場でありながら、現状は対等な話し合いであると示してくれている。


 それでいながら王たちに余裕があるのは、アルクール公爵の一人娘を人質として確保しているからだろう。

 今も天幕の奥で、神聖騎士たちに囲まれた幼い少女が震えている。



「では、まず賠償金の話からしようではないか」


 重々しく口を開いたのはゼウスだ。

 それに迎合しゼニス王も深く頷いた。


「此度の損害は甚大だ。アルクール公爵領には金貨1万枚の賠償を命ずる。さすればこれ以上、貴様の領地に【神聖騎士団ハイ・リッター】を差し向けぬし、貴様の世継ぎも無事に返還しよう。無論、変わらず我に信仰を誓うことも許す」


 金貨一枚が10万相当だから、10億円で手打ちにするらしい。


「加えて領地の一部割譲と、爵位を公爵から侯爵へと降格。これでって、我に反旗を翻した大罪を許す」


 とんだお角違いの発言に俺はもちろん物申す。


「逆ですよゼウス」


 わざと優しく悟すように語り掛ける。

 それは遥かな高みから、稚児ちごへと教える慈母の言葉だ。

 かつて俺が見た推しは慈愛に溢れていたが、る時はりまくる。

 勘違いは容赦なく訂正しておかなければいけない。


「そちらが金貨3万枚・・・を賠償するべきですよ、ゼウス」


 おおかた神や王族のメンツもあるから『協議の結果、金貨3000枚にまけてやったぞ』、『領地を一部没収し降格させる代わりに、冒険者の自由も認めてやった』といった流れにする腹積もりだったのだろう。


 ところがそんなに・・・・甘くない・・・・

 特にゼウスが置かれている状況は、俺の知っている・・・・・クロクロと比べてあまりにも厳しすぎた。かたむきすぎている。



「何を申すか……戦女神よ。このゼウスが、神が、たかが人間に賠償だと?」


「はい。もちろん領地没収や降格などもってのほかです。状況が見えていない愚神が下す選択の極みですね」


「は……?」

「ぐ、ぬ……」

 

「王家が賠償金を払えば無駄な血も流さず、王国は滅びの危機を免れるでしょう。それどころか、より強靭な信徒すら得られるでしょう」


 予言のごとく、その場の全員に言い聞かせる。

 それはあまりにも相手側にとって、予想の斜め上すぎる返答だったのだろう。

 ゼニス王は口をパクパクしておりゼウスですら一瞬呆けていた。




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