24話 おかえり
「【旅人王の女神】がゼウスに勝ったぞおおおお!」
「うおおおお! 俺たちの勝利だあああ!」
ゼウスが降参すると、冒険者たちが喜びの歓声を上げた。
いつの間にか彼らも果敢に突撃をかましていたらしく、ヴァン少年のパーティーメンバーを名乗る二人の顔もあった。
「ぐ……貴様は……なぜ、我を滅しない……」
「滅する必要がないからです」
ゼウスの問いに対する答えは、ここで彼を滅してしまうと俺の知るクロクロではなくなってしまうからだ。
今から数十年後に起こるであろう【
「では我が信徒たちはどのような扱いを……?」
「そのお話はあとです」
そんなことより地面に伏したまま、一向に立ち上がらないヴァン少年が心配すぎる。
「ヴァン君、大丈夫ですか?」
俺はヴァン少年を抱きかかえて起こそうとする。
そこで改めて事態が深刻であると気付いた。
「ヴァン君……その腕の傷は……」
「あ、あぁ……どうやらやっちまったようだ……」
ヴァン少年の左腕は真っ黒に染まり、ドクドク脈打ちながら全身を
俺はすぐさま状態異常と呪いが解ける【
「うぅ……ごほっ……!」
しかしまるで効果はなかった。
「もしかしてこれって……冥府の王、ハデスが扱う奇跡ですか……? でもどうしてゼウスが……?」
ゼウスが俺の問いに答える番だ。
「大方、我が弟のハデスが戦乱に乗じて我を殺めようとでも考えたのだろう。あんな者を潜ませているなどと……その毒牙が旅人王に振るわれてしまったにすぎぬ……」
ハデスが扱うのは、因果律に干渉して運命を決定づける奇跡。
そしてその奇跡の解除は……【世界樹の実】でなければ治せない。ただ、世界樹はまだ若く、その果実を実らせてはいない。そもそも取りに戻っている時間もない。
さらに俺の知っている冥府関連の【
つまり、解除は不可能?
「そ、そんな……」
「なあ女神様! ヴァンはどうにかならないのか!?」
「頼みます! どうか頼みます! ヴァンを、我らの【旅人の王】をお救いください!」
周囲の冒険者たちも必死に懇願してくるが、俺ができるのはただただヴァン少年を抱きかかえることだけだった。
このまま黙ってヴァン少年が死にゆく姿を眺めているなんて……。
もし俺が、推しだったら!
こんなことにはならなかったはず……!
俺なりに慎重に、精一杯やってきたつもりでもそんなのは言い訳に過ぎない。
結果が全てだ。
俺はヴァン少年を、旅人の王を死なせてしまう……!
「……ザンダー、ホーリィ……聞いてくれ……」
「なんだ!? ヴァン!」
「なんなりと、ヴァン」
「長く旅して、わかった……一番の怪物は、
多くの怪物を討伐した歴戦の旅人王が語る、一番の怪物。
それは人間自身であったと。
神々の祝福を
「信じるもんを、間違えるなよ……」
しかし、ヴァン少年はなぜか俺を見つめて笑顔を刻んだ。
迫る死を感じながら、取り乱すことなく最期の言葉を仲間たちに残そうとしている。そんな彼の強い在り方に、俺は自分自身が不甲斐なかった。
何が起きるかを、ある程度わかっていながらこの体たらく……!
ハデスなどといった神々と遭遇するのは、まだまだ先だと高を括ってた俺の落ち度。神々への対策、もとい神々を信仰して神そのものの力や祝福を得なかったばかりに……ヴァン少年を救えない!
「はぁー……レム、リアとは……一緒に旅を、したかったぜ」
「……ヴァン君」
「お前はずーっと、どこか……遠くを見てるようで……俺も、早く、追い付きたかった……」
彼が何を指して言っているのかわからなかったけど、なんとなく伝わってくる。
思えばここ数十年、彼だけが、ヴァン君だけが俺の真の理解者だった。
「そんで、わくわくするもんを……一緒に見たかったぜ……」
決して叶わない想いを口にするヴァン君が悲しすぎた。
「おいおい……レム、リア……そんな顔すんなって……」
「で、でも、ヴァン君が……!」
俺の腕の中でどんどん生気を失ってゆくヴァン君の顔色は、青を通り越して白くなっていた。
それでも俺を安心させようと不器用に笑ってくれる。
「約束通り、生きて……帰ってきたろ……」
「……私が迎えに来ただけです」
「あー……そうかもしんねえ……」
ハハッと乾いた笑みを浮かべるヴァン君だが、俺はちっとも面白くなかった。
だからつい、思ってもない言葉を悔し紛れにこぼしてしまった。
「……約束破り」
「いいや……約束は破っちゃいない……帰るべき場所が、勝手に、来てくれたからな……」
ここにきて強がるヴァン君を見て、俺は思わず涙がこぼれてしまった。
俺を、俺たちを心配させないように、悲しませないように青白い顔で笑い続けるヴァン君は、人の上に立つ存在だった。
「ヴァン君、死なないで、ください……!」
「帰ってきた、帰ってきたさ」
うわごとのように呟くヴァン君を必死に抱きしめる。
あれだけ強靭な光を宿していた彼の瞳は、今やうつろなものになっていた。
もうきっと、彼の目は何も映していないのだろう。
それでもヴァン君は、その場にいる大勢の冒険者たちを見回すような仕草をする。
「生きて、帰って、来たさ」
だって、とこぼす。
「俺にとっては
ヴァン君がそっと俺の髪の毛に触れる。
「
そんなことを言われてしまったら、俺の顔はもうぐちゃぐちゃだ。
涙で潤んだ視界がヴァン君の顔を歪ませる。彼との最期の光景をそんなものにさせるかと、何度も何度も必死に涙をぬぐって、ヴァン君だけを見つめる。
「だから、約束通り、生きて、また帰ってきたろ……?」
こんな時でも相変わらずの減らず口に、思わず俺は笑ってしまった。
「うん、うん……おかえり、お兄ちゃん……!」
「はっ……ようやく、兄貴って、認めたか……」
ヴァン君は満足そうに呟く。
そして安堵の顔を浮かべ、眠ってしまったみたいに——
俺の腕の中で静かに息を引き取った。
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