23話 神砕き



 現在、俺が『神々のメモ帳』に記せる最大ページ数は全部で12。

 つまり高速戦闘においては、12の手札と自身で磨きぬいた剣技のみが敵を砕く武器となる。


 そして敵はあのゼウス。

 神と対峙する覚悟はできていたが、やはり目の前にするとそのプレッシャーは半端ではなかった。

 なにせサイズは巨人並みで、身長は裕に3メートルを超えている。

 正直に言えば怖いし、剣を握る手も震えている。


 ——それでも、もし推しならこんな時どう振る舞うか。 

 燦然とヴァン少年の壁になり、圧倒的な手数であちらを封殺しようとするだろう。



第二章セカンド————【緑と風の絶剣グリンド・スパーダ】」


「くっ……なんだ、その怪しげな魔導書は……!?」


 出し惜しみはしない。

 最初から全開だ。


 地面から伸びるはツタの剣、宙から迫るは風の刃。

 それら無数の太刀筋が絶対神に襲いかかる。

 同時に俺もやつの懐へ飛び込み、自らの大剣を振るう。


「銀閃流——【神風かみかぜ】」


「ぐ、ぬおおおおおおおお! 【万雷の鎧】……!」


 ゼウスは俺の魔法や剣撃をどうにか雷の鎧で弾く。しかし、無傷では済まなかったようで、所々に生傷が見て取れた。



第三章サード——【大地の王冠サークル・ドゥーム】」


「……人間ごときがなぜ無詠唱で魔法を!? む、貴様! 古き森人エルフか!?」


 ゼウスを囲むように地面は円形にそそり立つ。

まるで突如として天然の王冠がせり上がったかのように、それら一つ一つの隆起は【土竜の大槍アース・ランス】となってゼウスを貫かんとする。


「こしゃくな……! 【天雲の羽衣】」


 あれは確か、雲による煙幕と空を自由に駆けられる衣も纏う奇跡だったな。

 よくゼウス勢の【使徒】に発動されて苦戦したものだ。

 だが、奴の進行方向は【大地の王冠サークル・ドゥーム】に囲まれてる手前、上昇一択に限られる。

 移動先が限定されているのなら打ち砕くのもまた容易い。



第四章フォース————【巨神の岩剣ダイケ・グラディウス】」


 天上へ逃げようとするゼウスに、天上より落ちたのは巨大な剣。

 間違いなく彼の身体を両断する勢いで大地を揺らし突き立った。


 雲の煙幕と砂塵が吹き晴れる頃になると、ゼウスは肩から腹部にかけて大きく切り裂かれていた。


「ぐ、ぬぬぅぅぅ……」


 絶対神ゼウスの能力は基本的に、天候に所縁ゆえんするものが多い。

 雨雲や雷などといった性質が強く、特に破壊力があるのは雷。

 雷撃をその身にまとってあらゆる攻撃を弾き返したり、感電させたり、爆発させたりと多種多彩な戦略を取ってくる。


 しかし雷撃に関してだけ言えば、その威力は【雷伸トール】には遠く及ばない。

 その代わりゼウスにはトールよりも頑丈な肉体、そして敏捷性が備わっている。

 そこが厄介なのだが————


「我が身はいかずちなり、この身に宿る無形は何人たりとも——」


 どうやら回復魔法はまだまだ不得意なようで、詠唱が必要らしい。

 やはり記憶にあるゼウスよりも動きが鈍く、魔法も精彩を欠いている。

 バチバチと自身の裂けた体を雷で接合しようとするゼウスに対し、これ以上やるなら容赦なく滅ぼすと剣で語る。


 彼の巨体に勝る高度へと跳躍し、磨きに磨きぬいた剣技を放つ。


「ぬるいですね。銀閃流——【月ノち】」


 夜の木々から零れ落ちる月光。

 その数多の白刃を体現した斬撃は、ゼウスの身体へと降り注ぐ。

 回復が間に合わないほどの連撃を浴びせ、彼はついに沈黙した。



「——【絶対神ゼウス】よ。軍を引くのです」


「ぐ、ぬ…………」


 ゼウスは俺の最後通告に、膝を屈したまましばらく沈黙する。

 しかし数秒後には頭を下げて服従の意を示した。


「御意に……」


 小さな小さな少女推しに、絶対と呼ばれた神が——

 砕かれた瞬間だった。

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