22話 再会



【旅人の王】は冒険者ギルドの設立者として、クロクロの裏設定集に載っていた。

 つまりここでヴァン少年は、絶対に命を落としてはいけない存在だ。

 そしてそんな理由がなくとも、俺は彼を救いたいと心の底から思っている。


銀閃流ぎんせんりゅう——【登竜門とうりゅうもん】」


 龍が天に登るよう螺旋状に剣を振るえば、肉薄してくる神聖騎士たちを無様にかち上げる。同時に彼らが放ってくる無数の白魔法、【正義の光矢ホーリーアロー】も巻き込んで処理する。


「一体、何なのだ……あの少女は!」

「ゼウス様と同じ神ではないのか!?」

「落ち着け、取り囲んで【正義の戦斧ホーリーハルバート】で叩き切れば問題ない!」

「大盾陣形! 囲め!」


 シーズン1の時代、嫌と言うほどゼウス陣営とはやり合った。

 もちろん敵転生人プレイヤーを補助するNPC、【神聖騎士団ハイ・リッター】の手管てくだも網羅している。

 彼らが今やろうとしている陣形は敵を大盾で押し込み、そのすきに様々な魔法を連発して封殺する戦術だ。単騎で戦う転生人プレイヤーがよく餌食になっていた。

 しかし俺はその攻略法を知っているし、準備もしている。

 まずは『神々のメモ帳』を発動する。


「あれはなんだ!? やつの周囲で本が浮遊し始めた?」

「飛び道具に警戒!」


 神聖騎士団ハイ・リッターは一瞬だけ本に注視するが、俺の大剣による攻撃でそれどころではなくなってしまう。

 そう、これこそがこの20年で編み出した戦闘スタイル。

 大剣を両手で自由に振るいながら、記しておいた『神象文字デウスルート』を発動できる優れもの。


第一章ファースト————【十五夜の地砕きアース・クエイク】」


 かつて大地の地母神は15回ほど嘆き苦しむ夜があった。

 そんな夜は決まって大地に一筋の涙が走り、地割れとなって砕ける。それらを再現したのがこの魔法である。もちろん威力は俺の色力いりょくに依存するため、本物より規模は小さいかもしれない。

 それでも俺の周囲に迫る神聖騎士たちの足場を壊し、その亀裂に飲み込まれる者も多数いる。


「ぐっ、これでは奴を抑えこめんぞ!」

「【正義の戦斧ホーリーハルバート】はまだか!?」

「え、詠唱中です!」


 そんな悠長なことはさせない。

 盾持ちが瓦解した今、さっさと魔法詠唱に入っている騎士たちを切り刻んでいく。


「銀閃流————【地平閃ちへいせん】」


 スパッと真一文字に詠唱中の騎士たちの首を切り飛ばす。

 一瞬にして甲冑の首なし地平線の出来上がりだ。


「くそっ! 早すぎる!」

「まるで銀色の突風じゃないか!」


 やはり今の神聖騎士団ハイ・リッターはぬるすぎる。

 精鋭部隊ですらこの実力なら、ヴァン少年のもとにたどり着くまでに力を温存できるかもしれない。

 そうなればゼウスとの戦いも、どうにか乗り越えられるはず。


 俺は一つのミスも許されないまま、敵をさばき続ける。

 だが次第に息は上がり、いつの間にか両手で握る大剣を重く感じるようになっていた。

 

「はぁっはぁっ……!」


 わかってはいた。覚悟もしていた。

 それでも戦場での疲労の蓄積は、俺の予想を遥かに上回っていた。

 単騎で突っ込み、絶えず多勢に無勢という状況はかなりキツい。ゲームと現実での連戦はまるで違ったのだ。


「はぁっはぁっ……【断ち風】……!」


 疲れで軋む体。緊張の連続で削られる気力。そして集中力だって無尽蔵にあるわけではない。時々、剣先がぶれて相手を仕留めきれず、神聖騎士たちの刃が何度も喉元をかすめた。


 それでも俺は。

 こんなとき、推しだったらどうするか——

 当然のように踏ん張り、進み続けるはずだ。


「死ねええええ!」

「くたばれ! 邪教の神よ!」


 疲労は癒せずとも【森の命水エリクサー】を自分にふりかければ、傷は消えていく。

 痛みすらも闘志に変えて、ただひたすらに剣を振るい、前だけを見据える。

 

「嘘だろ……不死身かよ……」

「まさかこいつ……【不死身のヴァン】が信じる女神なんじゃ……?」

「ひるむな! 我々には絶対神ゼウス様のご加護ぎゃっっ!?」


 数多あまた神聖騎士団ハイ・リッターを排除した先に、光り輝く大男を見た。

 ようやくとらえたぞ——



まぶしい生ごみですね」


 そいつの傍で、苦悶の顔を浮かべながら地面に伏すヴァン少年が目に入る。


 もしかして遅かったのか……?

 いや、ヴァン君はまだ大丈夫?

 よくもやってくれたな。


 様々な激情が全身を巡るが、推しならこんな時も冷静に対処するだろうと芯を冷やし、そして熱する。


「ヴァン君を害する生ごみはぜーんぶお掃除いたします」


 俺は問答無用で絶対神に刃を向けた。







「貴様が旅人の王か。矮小なる人の身でありながら我に立てつくか」


【旅人の王ヴァントハイト】は目の前の大男に、これまでにない重圧感を覚えていた。

 しかし、それでも自らの弱気を吹き飛ばすように雄たけびを上げては切りかかる。


「うぉぉぉぉおお!」

「ほう。蛮勇もここまでくれば滑稽こっけいだ」


 数多の魔物を屠り、数多の冒険者を救ったヴァンの重い剣は軽々といなされてしまう。


「そんな……素手で!?」

「我に左腕を使わせたことは褒めてやろう」


 旅人の王を見下ろし、剣すら抜かない大男は淡い光を全身に纏っていた。そして戦場にいながら、彼の装備は短い短パンと腰につけた大剣のみ。

 ほぼ裸に近い状態でありながら、彫刻のごとく磨き抜かれた肉体美が強者である以上のもの語っている。

 常人が同じことすれば『タダの変態』でも、神がやればそれは『絶対の強さ』になり替わる。



「うおおおおお! 俺はお前になど屈しない! 俺が信じる女神はただ一人だ!」


「ふん、貴様が信仰する神はさぞくだらんのだろう。貴様の非力さがそれを証明しているな」


「——【月光剣】、【木の葉剣舞けんぶ】、【餓狼がろう剣】!」


「ぬるいのう」


 旅人王が放つ全ての絶技を、ゼウスは激しい光を明滅させながら素手でいなす。

 

「わかってきたぞゼウス……お前を包むその光が、お前の武器そのものか!」

「理解したと言いながら、どれほどの力を秘めたるかを理解していないとは。やはり人とは矮小よな」


「それはどうかな? ——【竜斬りゅうざん落とし】」


 互いの攻撃が激しく交錯するなか、旅人王は竜の顎を真上から落とすような剣戟を放つ。

 これにはさすがのゼウスも警戒したようで、今まで片手で防いでいた攻撃を両手で受け止めた。


「むっ」


 その瞬間、妙なことが起きる。

 ゼウスへ向けられた攻撃はヴァンの【竜斬落とし】だけではなく、一筋の真っ黒な線が神の左足めがけて飛び込んだのだ。

 それは禍々しい漆黒の鱗が特徴的な一匹の蛇だった。


「ぬうううん!」


「ぐっあっ!」


 しかし間一髪のところで、蛇の牙はゼウスまで届かなかった。

 なぜならゼウスは旅人王に足払いをかけ、彼を転倒させて蛇の軌道を塞いだのだ。これに蛇は反射的に噛みついてしまい、ヴァンは苦痛の表情へと変わる。

 そして次の瞬間、ゼウスの手刀が蛇を両断した。


「ふむ? これは冥府からの刺客しかくか……?」


「ぐぅっうぅぅぅ」


 蛇に咬まれた旅人の王は倒れてしまう。

 見れば左腕の傷口がどす黒く張れ上がり、明らかに何らかの状態異常が発生していた。


「むぅ……冥府の因果律を打ち込まれたか? これは危なかったのう、我が弟にも困ったものだ」


「どういう、ことだ……?」


「貴様に話すほどのことではない。どのみち横やりがあってもなくとも貴様は我に屈していた。旅人の王よ、そこで息絶えるがいい。我は我の信徒を増やすのみよ」


「ま、待て……!」


 自身がここで倒れれば、後に残るのは神による蹂躙劇じゅうりんげき。それだけは絶対に避けなければと、旅人王は気力でどうにか手を伸ばす。

 しかしゼウスは自身の勝利を確信し、悠然と次なる戦場へ意識を向けた。

 先ほどから神聖騎士団ハイ・リッターを乱す妙な闖入者がいると察知していたゼウスは、もはや旅人王に興味などなかったのだ。



「————ヴァン君を害する生ごみはぜーんぶお掃除いたします」


 しかし、そこへ幼さが色濃く残る声が凛と響く。

 それは神ですら怖気の走る切っ先を携え、銀風のごとく迫ってきた。

 ゼウスは自分が感じた恐怖を信じられぬまま、どうにかその剣撃を避ける。

 神は、受けずに・・・・避けたのだ・・・・・


「この我を……神を、ゴミ呼ばわり、だと……!?」


 ゼウスはいぶかしむ。

 かすかに、ほんのかすかに……その少女が放った剣筋は、旅人の王と似ていた。





◇ステータス紹介◇


レムリア Lv15

命値いのち75 信仰MP930

力70 色力いりょく980

防御40 敏捷110



神聖騎士団ハイ・リッター 近衛部隊Lv20

命値20 信仰MP20

力20 色力いりょく20

防御20 敏捷15



※Lvの上がりやすさは種族によって異なります。


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