10話 世界樹と小さな女神
「レムリア。どうして世界樹なんてすげーもんを俺に見せてくれたんだ……?」
ヴァン少年よ、俺が気付かないとでも思ったのか?
君はいつも『蘇りの秘薬を見つける!』と息巻いてはいたが『本当にそんな秘薬があるのか? 自分の修行は全て無駄になるんじゃないのか?』と、不安と戦いながら踏ん張り続けていたよな。
「こんな奇跡のような光景があるのですから、人を蘇らせる秘薬だってあるはずです」
「そ、そうか……なんだか励まされた気分だぜ。ありがとよ」
俺は間違いなく励ましてるぞ少年。
「……こんな光景を見たら俺だって信じちまうなあ」
「ん、なにをですか?」
世界樹に目を輝かしていた少年が、不意にまっすぐ俺を見据える。
「神様ってやつをだよ。神々しい景色すぎるだろ」
「確かに?」
「こんな奇跡を起こしたレムリアだって
ヴァン少年が言いかけた言葉は、森の風にさらわれて消えてしまった。
ただ、彼との会話で新たな懸念が芽生えた。
神……神々か。
俺はこの光景を見て悟ってしまった。
自分には推しに託された何らかの役割があるのだと。
「ねえヴァン君。村に『宣教師』や『
「ん……? 使徒ってのは聞き覚えはないけど、宣教師ってのは最近やたら来るよ。【絶対神ゼウス】が偉大だーとか、【獣神マーラ】が庇護してくれるーとかな」
「……信じるのですか?」
「いや……ただ、レムリアの世界樹ってやつを見て思ったぜ。世界には俺の知らないこんな光景があるんだって。ワクワクしてるしドキドキしてる」
それからヴァン少年は【世界樹ユグドラシル】を見上げながら熱く語った。
「もっと、もっとこんな景色を見たいって思ったんだ! 神ってやつもこの目で見てみたい!」
ヴァン少年が熱を帯びるのとは正反対に、俺の心中は急激に冷えていった。
やっぱり着実に大戦争の足音は近づいているように感じる。
『宣教師』による布教。そして神々の祝福を得た『信徒』が、力を行使するようになればその動きは加速するだろう。
つまり今からおよそ100年後……クロクロでの【
なら今の自分にできることと言えば——
「まあさ! 俺はもう女神っぽいのに会ってるから幸運かもしれな————」
ヴァン少年は何かを言いかけてやめた。
それから彼にしては珍しく、神妙な面持ちで話しかけてくる。
「なあレムリア……」
「なんですか?」
「お前って兄弟とかいんの?」
「いえ、いませんよ」
「ほー……じゃあ寂しいだろ」
「いえ、べつに」
「嘘つくなって。しゃーねーなあ、俺がお前の兄貴分になってやるよ」
「けっこうです。それに弟分の間違いじゃないですか?」
「は? 一生チビのレムリアが姉ちゃんとかありえねー」
「はあ。背丈で物事を決めるヴァン君に兄なんて務まりませんね」
「うっせ! とにかく今から俺はお前の兄貴だ、そう決めた!」
「はいはい。私は別に承知してませんからね、ヴァン君」
「っち。ぜってーお前の口から『お兄様』って言葉を引き出してやらあ!」
「ふふふっ」
まあこんなのでヴァン少年が引きずっていた家族への喪失感が、少しでも紛れるのならいいだろう。
「あっ、てめっ! 無理だって笑ってやがんだろ!?」
「ふふふっ」
俺たちは【世界樹ユグドラシル】を眺めながらしばらく笑い合った。
その後、パパンとママンが驚愕しすぎて、開いた口が塞がらなかったのはまた別の話だ。
◇
俺の名はヴァン。
ただのヴァンだ。
だけど【世界樹ユグドラシル】ってやつを目にした時、俺の運命は変わった気がする。
いや、第二の誕生日みたいなもんで、はっきりと俺のしたいことが見つかった瞬間だった。とにかく俺の知らない世界をもっと見てみたい、こんなすごい経験をもっともっとしてみたいと。
だから冒険に出ると誓った。
今までは……ただただ父ちゃんを奪った戦争が憎くて、母ちゃんを支えられなかった自分が憎かった。何もなくなって、どうして生きているのかさえわからなくなった夜もある。
そんな時にレムリアは悠然と『人を蘇らす秘薬』のことを仄めかしたんだ。
当時の俺は
でも、もう俺はそんな子供じゃねえ。
そんな都合のいい秘薬なんてのは、ないんじゃないかって。
そんな夢物語に出てくるような、それこそ神様ってやつの奇跡だとかで眉唾ものばかりだ。
だけど違ったんだ。
レムリアは実際に奇跡ってやつを目の前で起こしてみせた。
無数に煌めく森の精霊たち。
ばかでかい竜樹ってやつがメキメキと成長して、山みたいな巨大樹になっちまった。
こんなすげえことが起きるなら、起こせるなら、死んだ奴だって生き返える!
ワクワクが止まらなかった。
だけど、こんなに心躍る光景を見せてくれたレムリアは……俺の隣で思いつめるような顔になってたんだ。
上手く言えないけど、熱くて、冷えていったと思う。
まるで途方もない何かを決意するような、重荷を背負うような。
あいつの綺麗なブルーの瞳はどこまでも澄んでいて、どこまでも遠くを冷徹に見据えるような……そんなあいつがひどく孤独に見えた。
あぁ、こいつは一人だけポツンと取り残されてしまったみたいに……両親を失ったばかりの俺と同じように見えたんだ。
だから柄にもなく兄貴分になってやるって言ったのによ、あいつは俺を弟分だとぬかしやがる!
あの日からレムリアは何かに必死に打ち込んでいる。
ずーっと遠くを見つめるように、心ここにあらずといった様子で会うたびに急成長を遂げている。周囲に有無を言わさない勢いで、黙々と淡々と努力を積み重ねていやがる。
だから俺も負けじと猛特訓を続けている。
互いに切磋琢磨っていうのはいいことかもしれない。
でも、あの日から俺は生きる意味を得たのに、あいつは何かを失ってしまった気がする。
「今に見てろよレムリア。お前がしてくれたように、今度は兄貴の俺がワクワクするようなもんを教えてやるぜ」
生意気な妹分を思って、俺は一つの誓いを立てた。
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