9話 神々の金貨


 俺がこの11年間でコツコツと続けてきたのは、クロクロでいうところの【星渡りの古森】で発生するデイリークエストの消化である。

 これには自分自身の強化や、クロクロで培った知識が通用するのか実験的な要素もあった。

 そしてクエスト内容と同じことをこなせば、古森の土壌強化や水質浄化などの効果が見込め、森そのものが豊かになるのはゲームと変わらなかった。


 であるならば、シーズン3に存在した【緑の天座】の発生条件も同じなのではと考えたのだ。


「なあ、俺ってばこんな深くまで森に入って大丈夫なのか? その、他のエルフとの折り合いとかさ」


「今更です。ヴァン君が頻繁に古森に入っているのは父様や他の【森の守護者レンジャー】たちも感知しています」


「そ、それならいいんだけど。レムリアの父ちゃんってエルフん中じゃけっこう偉い人だったりするのか? なんか長老がお前に粗相がないようにってずーっと言ってくるんだよなあ」


「だったらヴァン君はとっくに処刑されてますよね?」


「だよなー! で、どこに向かってるんだ?」


「森の色力いりょくが一番濃い場所です」


「あー色力いりょくって魔法を発動するための力みたいなもんだよな?」


「そうですね。あ、到着しましたよ」


 ヴァン少年と一緒に来たのは【新芽しんめの空き地】と呼ばれ、なぜかこの一帯だけ背の低い草々しか生えない不思議な場所だった。

 背の高い古代樹が生い茂る森に、ぽっかりとあいた空白地帯。黄緑色の絨毯が広がる光景は奇妙だが、どこか優しさを感じられる。


「なあ、あの輪っかみたいな石像? はなんだ?」


 ヴァン少年が指さすのは、風にそよぐ草原から生えたドーナツ状の石碑だ。

あれは半分ぐらい地面に埋まってるけど、まぎれもなく【巨神の白金貨ティターンズコイン】の一枚だろう。


「【巨神の白金貨ティターンズコイン】です。世界各地に点在していて、クロクロでかつては神々の通貨とも言われていました」


 太古に作られた超巨大な白金貨オブジェ。輪っかの中ほどからボロボロと崩れていたりするけど、巨石の頑丈さは長い時をたたずんでいても荘厳さに溢れている。

 あの巨大なコインを一枚捧げれば、神を召喚できるとかで『御縁玉ごえんだま』とも呼ばれていたっけ。


巨神の白金貨ティターンズコイン】には大小様々なサイズがあり、大きければ大きいほどその効力は絶大なものになる。山のようにそびえ立つ物もあれば、今回みたいに大岩ぐらいのサイズもあるのだ。


 さて今回、この【巨神の白金貨ティターンズコイン】を消費する条件は十分に整ったと判断してここまで来たわけだが。


「神々の通貨……? 神ってなんかすごいって言われてるやつらだよな? んでその神のかねで何する気だよ?」

「ちょっと使ってみようかと」


「そんなもんが扱えたら、それはもう神なんじゃ……?」

「ヴァン君、ちょっと離れていてください」

「お、おう」


 俺はヴァン君が離れたのを確認して、『神象文字デウスルート』を虚空に描く。


解錠オートクル——【次元の宝物殿ディメンションボックス】』


 宝物殿からそれぞれ捧げる供物を放出してゆく。

森の命水エリクサー】、【森の宝玉グリダイア】、【空中庭園の種】、【枯れぬ星花】、【世界樹の朽ち木】、【竜樹の苗】、【森精霊の呼び水】。


 それらは全てこの11年間かけて、クエスト報酬やらで手に入れた貴重品ばかりだ。

 さらに『神象文字デウスルート』を【巨神の白金貨ティターンズコイン】へと、指でなぞるように描く。


『——世界樹の新芽を生む者、太古の姿なき森精霊、無限の豊穣に、白金貨を捧ぐ』


 この神象文字デウスルートの組み合わせこそが、俺が知る【巨神の白金貨ティターンズコイン】を消費する『説』トリガーだ。


 それぞれの供物と、俺が11年かけて強化してきた古森が共鳴しだす。

 そこへさらに【巨神の白金貨ティターンズコイン】が合わされば——



「な、なんだよ、これ……!?」


「最も古い時代の森精霊……たちです」


「こんな綺麗なのが森の精霊?」


「覚醒直後だからヴァン君にも見えていますが、もうすぐ人族には感知できなくなるでしょう」


「そ、そうか……」


 森はまるで宝石箱のように煌めきだし、無数に生じる光の粒子たちはどんどん天へと昇ってゆく。

 あのぼんやりとした光球の一つ一つが、実はシーズン3での緑の天座、【無限の緑界コロポックリ】である。

 コロポックリたちの姿を視認できるのは限られた種族のみで、その実態は無形に近い。どんな魔法や攻撃も通じず、ただただそこに漂っては森の力を増幅させるだけの存在だ。

 シーズン3で発見されていた【緑の天座】は基本的に無害。そして森の力が強いと目撃できるとの情報だったが、実は違った。


 一度コロポックリたちの意思が統一されると、天変地異にも似た奇跡が起きる。

 その一つの奇跡を作為的に生み出したのが、俺が推しの隠しクエストで達成した内容だ。


「なあ、レムリア……光の吹雪きの真ん中で、何か育ってないか……?」

「どうやら成功みたいです」


 小さく無邪気な【無限の緑界コロポックリ】たちが宙を舞い、踊るように背伸びのしぐさを繰り返す。

 すると彼らの中心には新芽たちがニョキっと生えて、次第に竜の形をしたみきへとなり替わる。それらは重なりながら成長を続け、竜たちが絡まり合うようにして木々の屋根を突き抜けた。


 天を突かんばかりの竜樹たち。

 次第に太く、巨大な一本の大樹と化す。



「【世界樹ユグドラシル】……成功です」


 ちなみに【世界樹ユグドラシル】はシーズン4での【緑の天座】だった。

 俺がクロクロでユグドラシルを顕現させたとき、コロポックリたちは消失してしまったけど、なぜか今回は空中を穏やかにフヨフヨしている。

 森の力が思った以上にあったから、コロポックリも力を使い果たさずに済んだとか?


 とにかくこの光景を見て俺は一つの確信を得た。

 コロポックリとユグドラシルの発生条件まで同じなら、ここは間違いなく俺の知ってるクロクロの世界だ。

 

 そしてユグドラシルが在ってもコロポックリは健在だし、パパンもママンもきっと無事だ。

 そうなると数百年後も推しの両親は生きている可能性が高い。

 同時に【緑の天座】が二つ存在しているこの状況は……俺の知らないクロクロで、全てがゲーム通りってわけではないとハッキリ証明された。

 いや、俺の行動で世界の在り方が変わったのか?


 ……わからないな。

 コロポックリが天座とされていたのは、あくまで転生人プレイヤーがいたからそう呼ばれていただけに過ぎないのかもしれない。


 ただ、わかってしまったのは俺の目の前には無限の選択肢があるだけだ。

 つまり未来がどう転ぶかはわからない。これからの行動次第では、俺の知ってるクロクロじゃなくなる可能性だってある。

 そうなると未来視にも似た、この安心感も失われる……いや、待てよ?


 推しは最後に、『私たちをお願いします』と言っていた。

 あれはどういう意味なのか……。


 この十一年間ずっと考えてきた答えが、ようやく出た気がした。

 俺はレムリア推しとして、俺が見てきたクロクロの世界を再現しなくてはいけない……? あのゲームが歩んできた歴史を、俺が調整して、現実にする?

 それは俺自身の安全にも繋がる……?


「すごいな、レムリア! 森についてなんにも知らない俺にもわかるぞ! こんな奇跡を起こせるなら、めっちゃ楽して生きられるな!?」


【世界樹ユグドラシル】に瞳を輝かせるヴァン少年。

 幼馴染が真横で盛り上がるなか、俺はそっと呟いた。




「自由気ままに……生きられません」






◇◇◇◇

あとがき


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◇◇◇◇

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