8話 天座の七色


 クロクロの属性は、主に七種の色で分けられている。

 青、赤、黄、緑、紫、白、黒。

 神々も魔法も基本的にはこの七色に分類される。


 そして各時代シーズンには、色の頂点に座す最強種がいた。

 神そのものや、もしくは神を超越する存在。

 それを【天座の七色】と呼び、転生人プレイヤーたちはこぞって探し求めていた。


 いわく、【青の天座】に出会えれば水中を自由自在に移動できるようになる。

 曰く、【赤の天座】の試練に打ち勝つと強力な炎耐性がつく。

 曰く、【黄の天座】と友になれば雷撃をまとい富が約束される。

 曰く、【緑の天座】にかしずけば大地を動かせる。

 曰く、【白の天座】に祈れば癒しの奇跡を目の当たりにする。

 曰く、【黒の天座】を倒せば黄泉の力の全てが手に入る、などなど様々な噂や考察が飛び交っていた。


【天座の七色】は時代毎に存在していたが、その全てが転生人プレイヤーに発見されたわけではない。一番最初シーズン1の時代ですら、判明しているのはたったの三色のみ。


 赤をかんすは【紅煉ぐれんの錬禁術士ファウスト】。

 紫を冠すは【紫苑しおんの花魁姫ヴィクセン】。

 そして姿形は不明だが、その戦闘方法だけが目撃されている黒の天座……【封神の黒棺くろひつぎニグレド】。


 そして永遠の命と全エルフの頂点に立つパパンかママンは、判明してなかった隠し天座じゃないだろうか?

 おそらく属性は緑だと思う……。


 ただ、そうなると俺の知っているクロクロの知識と齟齬そごが生じるのだ。

各時代に各色の天座は一人のみ・・・・。それほど唯一無二の存在だ。

 そして俺はシーズン3と4の【緑の天座】を知っている。その発生条件も。

 つまり、パパンとママンのどちらかが天座だとしたら、シーズン3や4の時代では存在しないことになる。


 なんだかそれは嫌だった。

 数百年後には推しのご両親のどちらかが死ぬのは、やっぱり納得がいかない。

 だから俺はこの9年間で、とあること・・・・・をコツコツと進めていた。


 自身の推測と仮説に基づき、一つの実験を試している。

 なんだかこういう研究者っぽい思考は、パパンとママンからの影響が強いのだろう。


 少しずつだけど——

 俺は知らず知らずのうちに推しに近づいているのかもしれない。





 2年が経ち11歳になった。

 俺の古代樹と意思パスをつなぐ技術は、多分パパンすらしのぐ力量になっていた。

 なぜなら森の状態を俺が感知できないと、ヴァン少年が死ぬかも・・・・しれないからだ。


「よー! レムリア!」


「よーじゃないです。私はヴァン君が森に入るたびに、獣たちを遠ざけるよう木々にお願いしているのですからね。こんな頻繁に来ないでください」


 彼も13歳になり、もうすぐ村では立派な成人扱いされる歳になった。自由を許されたからなのか、前よりも頻繁に古森へ足を運ぶ日が増えた。


「そりゃー世話になってるとは思うけどさ、一カ月ぶりじゃん」


「エルフにとっての一カ月は一日ぶりみたいなものですよ」


 元人間の俺からしたらまだそんな感覚にはなってないけど、ヴァン少年の危険を考えると、気軽にほいほい会おうとは言えないのでたしなめておく。


「大丈夫だって。こう見えてかなり鍛えてんだぜ、俺。この間も村に来た冒険者さんに剣術を色々と教わったんだ。けっこう才能あるってな!」


「だからといってあまり来てはダメです」


「そんなこと言うなよ。俺にはもう……」


 家族がいない。そう言いかけて口にしなかったヴァン少年は強いと思う。女の子推しの前だからと、弱音を吐かなかったのだろう。

 寂しいとか、幼馴染おれに会いたいとか、そういった気持ちをぐっとこらえて少年はごまかすように言った。


「俺にはもう……! お前がくれるくすりなしには生きられないんだぜ!?」


 おっと、自らジャンキー発言ですか。


「あの薬マジですげえよ。修行で折れた足も、村の薬師には治らないって言わたのに一瞬で完治したしよ! 薬師のあの驚き顔を思い出すと、今でも笑えてくるぜ」


「【森の命水エリクサー】も無限じゃないのであまり無茶はしないでください」


「はっ! 俺はいずれ死人を生き返らせる秘薬を探し出す男だぜ? 無茶ぐらいしないとな」


「その前に修行で死んでいたら元も子もありませんからね」


「だから薬、くれないか?」


「はあ……」


 元々は俺がヴァン少年をたきつけてしまったようなものだから、なんだかんだ死なれると寝覚めが悪い。なので【森の命水エリクサー】を何個か渡しておく。

 

「ありがとな!」


「はあ……」


 こんな付き合いがもう6年は続いている。


「でもお前は他人ひとのことより自分の成長を心配しろよ。去年ぐらいからマジで身長伸びてないよな。大丈夫なのか?」

「私はエルフですから。10歳ぐらいから体の成長がゆっくりになっているだけです」


 パパンとママンに聞いた話だと、エンシェントエルフはこれから100年ぐらいかけて人間でいうところの14歳前後になるらしい。

 それからは1000年で1歳分ぐらいしか老けないのだとか。

 パパンとママンが4000年以上生きていて、二十代に見えるのも納得がいく。

 そういえば推しもシーズン1からシーズン10までの1000年間、ずっと16歳前後に見えたのはそういうことか。


「ふーん……じゃあレムリアはずっとチビのままか?」

「ヴァン君がよぼよぼのおじいちゃんになる頃には、うら若き美少女になっています」

「自分で美少女って言うかよ」


 口ではつんけんしているが、ヴァン少年の表情は少しだけ寂しさを含んでいた。

 きっと同じ時を歩めないことに、埋められない差を感じて悲しんでいるのかもしれない。


「そんな暗い表情にならないでください。今日はきっと特別なものが見れるはずです」


「べ、別に暗くなんてなってねえ! で、特別なものってなんだ?」


 ああ、今日は本当にすごいものが見れるかもしれないぞ。

 そんな思いを込めて軽くウィンクしてやると——


「——見てのお楽しみってやつです」

 

 ヴァン少年はやっぱり頬を真っ赤に染めた。



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