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 実家はサエキ酒造という会社を経営している。曾おじいさんの代から酒蔵を始めて、祖父の代で会社にした。今では両親が経営している。中堅メーカーの位置づけだから、大企業ではない。手堅くコツコツと積み上げてきたと、父がそう言っている。インターンシップ参加者の友達から ”受け皿がある” と言われても、仕方のないことだ。実際に正しいからだ。それでも俺は黒崎製菓へ入りたい。


「理久。その格好で寒くないのか?玄関のコートを取ってきてやる」

「大丈夫だよ。すぐそこだし。着こんでいるし」

「しっかりマフラーを巻いておけ。こうして……」

「お兄ちゃん!口を塞がないでよーー」


 久弥がふざけている。こうしてちょっかいをかけてきては、面白がっている。今年で31歳にもなれば、さすがに弟とは遊ばないだろう。しかし、うちの兄弟は違うようだ。


 久弥からは晩ご飯の唐揚げを横取りされている。お風呂に入っていると、ドアの隙間からコップの水を掛けられる。電気も点けずにトイレに入り、俺のことを驚かしている。


 さらにこんなこともされた。俺は牛乳を飲むのが好きだ。定番の ”モウモウ牛乳" のパックを、冷蔵庫から取り出した時のことだ。グラスに注ぐと、半透明の液体が出てきて驚いた。もちろん声をあげた。


 それは久弥の悪戯だった。空になった牛乳パックへ、一回分程度の水を注いで冷蔵庫へ入れていた。まだ牛乳があると勘違いさせるためだ。軽く洗って回収ボックスへ持って行くから、水の無駄ではない。ツッコミどころがないやり方をされた。両親は叱らない。久弥のやることには慣れているからだ。母がこう言った。


「お兄ちゃんはね。バランスを取っているのよ」

「そうだけど。俺が大変なんだよ」

「可愛いことよ。大好きでしょう?」

「うん。そうだよ……」


 久弥はバンド活動で精神的に疲れている。メンバーとの仲が悪いことが大きな理由だ。ギタリストだが、ソロ活動ではボーカルをしている。久弥の人気が出たことで、バンドのボーカル ”EMIRI” が荒れてしまった。


 家族としては久弥の音楽活動を応援している。久弥のよき理解者である母がフォローをしている。母と久弥は血の繋がりはなくても、しっかりした親子の繋がりがある。


 こんな家族に囲まれている自分は恵まれているのに、他人から嫌われたくなくて右往左往している。

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