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 ただしそれは高校までだった。大学に入ると環境が大きく変わった。インターンシップ参加のことでも、レポート課題の良い評価のことでも、いい思いをすることがなくなった。それでいいと思っている。もてはやされて疲れていたからだ。可愛らしくて天真爛漫な理久を演じるのは嫌になっていた。


 バタバタ。二階の階段を上がってくる足音が聞こえてきた。そのままバタンとドアが閉まる音がして、またすぐに開く音がした。


 ここにも ”演じるのが嫌になった” 仲間がいる。兄の佐伯久弥さえきひさや、31歳だ。職業はロックミュージシャンだ。ディアドロップという、人気バントのギタリストをやっている。ビジュアル要素も大事にしたバンドで、綺麗なメイクと衣装を身に着けてステージに立つ。ディアドロップの”佐久弥さくや”のときには、物静かでミステリアスな空気感を醸し出している。実際には真逆の人だ。共通点のある俺たち兄弟は仲が良い。


「お兄ちゃーん。どっか行くの?」

「おおー、帰ってたのか。コンビニへ行ってくる」

「何か取りに帰って来たの?」

「ジャージから着替えた。お菓子を買ってやる。おいでー」

「うん!」


 スマホだけを持って部屋を出た。財布は持って行かない。自分で買おうとすると、久弥が寂しそうな顔をするからだ。小さい頃から同じで変わらない。頼りになる優しい人だ。面倒見の良い、まるでお姉ちゃんのような兄貴だ。中身はカッコいい男だ。本人には言っていない。十分に伝わっているからだ。

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