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 ガーーーー。


 近所のコンビニへ入ると、BGMが掛かっていた。今月から“月夜のレンジャー”という戦隊モノとのコラボ商品が展開されるから、その主題歌が流れている。


 その主題歌を歌っているのは久弥で、ソロ活動で出した3枚目のシングルだ。11月下旬に発売した。今日は12月17日だから3週間が経つ。面白い歌詞だ。ディアドロップの佐久弥はミステリアスな雰囲気をしていて、あまり話さないイメージだけれど、ソロ活動の佐伯久弥は違う。佐久弥が面白い人だと、ファンの人は分かっただろう。


「お兄ちゃん。面白い歌詞だね」

「ウケてくれるかなーー?」

「ファンの人は分かっていると思うよ?ディアドロップのライブのMCでも爆笑されてるし」

「ディアドロップのステージでは真面目だ。ディアドロップのファンは、ソロの佐久弥を認めていない傾向がある。別人だっていう認識だ。あくまでもディアドロップの世界を生きている人間だと。現実味がないからだ。それだから売れている」

「お兄ちゃんは男性ファンが多いよね。エミリは女性ファンばかりだよね。ソロで分かるし……」

「そうだな。エミリは女性受けをする。TAKAも同じだ」


 こういう話が出来るほど、久弥は精神的に落ち着いた。一時期の久弥は喋らなかった。それを突破したのが、現在の恋人の伊神蔵之介いがみくらのすけ君だ。小学校からの幼馴染みで、今年の夏から付き合い始めた。近所に住んでいる。俺のことも、赤ちゃんの時から可愛がってくれている。


 もう一人、可愛がってくれた人がいる。早瀬裕理はやせゆうりという男性だ。久弥と蔵之介との3人が幼馴染み同士で、6年前に裕理君と久弥が恋人同士になった。そして、同じアマチュアバンドで活動し、レコード会社からプロデビューのオファーを受けた。


 でも、それに乗ったのは久弥だけで、裕理君は会社員の道を選んだ。そして、久弥と裕理君が別れた。5年前の話だ。裕理君は当時は黒崎ホールディングスという企業に勤めていて、今年の春にその会社が黒崎製菓と合併したことで都内に戻って来た。久弥とは今年の夏に再会し、友人関係になった。蔵之介君も公認だ。


 裕理君は俺の初恋の人でもある。裕理君には、大学一年生のパートナーがいる。ギタリスト志望の男の子、久田悠人君だ。まだ会ったことはない。久弥が久田君のことを絶賛している。情に厚くてギタリストとしての腕も有望だと。そして、リアクションが素直で愛されているそうだ。俺とは真逆の子だ。そういう子になりたいと思っている。


 コンビニの中に入ると、いつもの店員さんから声をかけられた。


「いらっしゃーーい」

「オジサーーン。トラのユーリ、入荷した?」

「入ったよ。限定のハチミツ味だ。ここに……」

「おおー、キャンペーンのスリッパセットを狙っているんだよ」


 ここのオーナーとは昔からの知り合いだ。俺はどこに行っても、兄の後ろをついて回る ”弟の理久君” だ。


 トラのユーリは、裕理君の実家が創業者一族である ”千尋製菓” から発売されたものだ。裕理君の実家は俺達の家の近所にある。その近所付き合いのため、昔からお菓子といえば、これを食べていた。大好きだから構わないが、そんなに気を遣わずともいいだろうにと思う。まだ分からない世界だ。すると、久弥が言った。


「理久。飽きたなんて言うなよ」

「言わないよ。シャルロットのお菓子は?」

「もちろん買う。こっちはケース買いだ」

「ありがとう。一箱でいい?」

「今日はそれで……」


 オーナーが棚の奥から箱を取り出した。シャルロットのお菓子とは、黒崎製菓から出ている、23年前からある人気のチョコ菓子だ。


 サエキ酒造と黒崎製菓が、来年コラボ商品を発売する。大事な取引先だし、裕理君の勤務先でもある。久弥は欠かさずにお菓子を買っている。相手に分からなくてもだ。コツコツと信用と繋がりを積み上げていくのだと言っている。


 レコード会社も、久弥の堅実な人柄を気に入っているようだ。何かあれば、すぐに力になってもらえている。来年からは、久弥のソロプロジェクトが始まる。年齢も31歳だと公表し、ありのままの久弥でテレビに出るそうだ。これで成功しなければ、先を考えるとまで言っている。

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