第9話

 柑橘系の香りと質の良い家具、触り心地の良いシーツ……目が覚めると殿下の寝室だった。隣には私を抱きかかえて眠る殿下の姿。


 ポフン! と黒ウサギから戻ってしまう。まだ寝ている殿下を起こさないように――って。いま目があった、どうやら起きていたようだ。


「かわいい、ラビット」

 

「み、みないで……ふ、服を貸してください!」


「服? いいよ」


 殿下がポフンと狐になって、着ていたシャツを渡してくる。そうじゃないのだけど、いいかと受けとりシャツを着た。


「服を貸してくださったのは嬉しいですけど……殿下、あまり獣化されますと……」

 

「ん? 獣化すると、どうなる?」


 ――どうなるって。


「……王族は原種の血が濃いので、野生化してしまうと、本で読みました」


「よく知っているね。僕の為に勉強してくれたのかな? ……それについては対策済みだから、心配いらない」


 獣化に対して対策済み? それならいいけど。

 ゲームの殿下は獣化から、元に戻れず苦しんでいたから。


「好きだよ、ラビット。君があの子と僕をくっつけようとしていたのは知っている。正直、僕もあの子をはじめて見たとき、一瞬だけど気持ちがぐらついた」


 気持ちが、ぐらつく?

 2人がはじめて出会う、イベント?

 

 そのあとから、2人は惹かれていく。


「ぐらついたのは、その時だけ……」


 真剣な瞳で見つめられる。


「ラビット。君が僕のトリガーだ。他の令嬢達が怖がるなか、狐の姿になっても近付き撫でてくれた」


「それは私も獣化するからです」


 ううん、違うと首を振る。


「たとえラビットは獣化しなくても、僕を受け入れてくれたと思うよ。狐姿の俺をみたときの"あの"にやけた顔は一生忘れられない」


 にやけた顔?


「わ、私、殿下を見て、にやけたのですか?」


「うん。婚約候補として出会った君は「うわっ、キツネしゃんだ! 可愛い」っと言って。ニィーッてニヤけながら走ってきた」


 ニヤけながら走るって……前世の記憶がまだない私もやるわね。

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