第29話

 アルランカ大レースのメイン会場は街の北西部、正門と大通りを改修して作られている。

 特に大通りは完全に通行を遮断して、高さ30m程の階段状の建屋を作成し、そこに実況席と豪華な貴賓席、特等席を並べている。

 大通りに面する建物の、さらに上に観客席が乗っているその光景は、楕円形のスタジアムを彷彿とさせた。

 これが大レース数日前に急ピッチで作られ、終了すると取り壊されるのだから、この大会の莫大な規模にそれだけでも感嘆するのだった。

「さてと、それじゃあ…私達は観客席の方に行くね」

 ユメカはすこしだけ名残惜しそうだ、折角なら自分も参加したい…そう感じているのかもしれない。

「今回は特等席を用意したからの、ばっちりと楽しませてもらうわい」

 相変わらず、どんなルートを利用したのか高価で入手困難な特等席を店主は用意していた。

「私の分まで用意していただき…ありがとう存じます」

「上野下野さん、感謝してます」

 急遽増えたノエとユウノ、ふたりの席もきちんと並びで用意できるその手腕にセイガは内心驚くばかりだ。

 そうこうしているとメイン会場の入口についに来てしまった。

 いよいよだ。

 気合を込めようとしたセイガの手を柔らかい感触が包む。

「セイガ……」

 それはユメカだった。

「…お願い…ね」

 それだけ言うと、指先に力が込められる。

 ユメカの言いたいことはそれだけで伝わった。

「ああ、全力を尽くすよ」

「これは健全な大会なのだから、あまり無茶はしないでね…皆さんの健闘を祈っています♪」

 レイチェルが努めて明るく励ます。

「勿論です!オレに任せてください!」

 ハリュウが勢いでレイチェルに抱きつこうとするがそれはメイとユメカに止められた。

「まったくもう…」

呆れるメイの前にユウノが立つ、その表情は綺麗に晴れている。

「…メイ…がんばってね♪」

「ユウノ姉…うん、ボク…がんばるよ」

 暗さを吹き飛ばすように、メイが両手を振り上げた。

 ちなみに、その横ではキナさんとノエくんがいたのだが、あまりのラブラブな雰囲気に皆…触れないでおこうとしていた。

「それでは…行ってきます!」

 セイガの号令の下、拍手する面々に見送られながら、4人は会場へと入った。


 騒然としている。

 参加者のほぼ全てが今、この往来を埋め尽くしている。

 多くは戦闘服や鎧など、戦いに赴く姿だったが、中には妙に薄着だったり、何故か着ぐるみを着用していたり、あまりスピードは出なさそうな山車のような乗り物を用意していたりと…かなり混沌とした雰囲気を醸し出している。

『繰り返します。参加者の皆さまは、出走準備を整えてお待ちください』

 アナウンスの声がする。

「おいおい…少年はこのまま参加かい?」

 どこかで聞いた声がする、セイガが振り向くと、そこには大きな体に、さらに大きな装甲車のようなマシンを携えたスキンヘッドの男、東睦太郎がいる。

 どうやら隣にいる少年をからかっているようだ。

 しかし、少年は冷静な表情だった…

 理知的な青い瞳、体は細身で肉弾戦には不向きそうだが、年齢に見合わぬ風格のようなものをセイガは感じていた。

「いえ…僕も愛機がありますので大丈夫ですよ…すいません!少しスペースをください…」

 少年が声を掛けると周囲の参加者が離れる、あちこちでそれぞれの乗り物が出されているので皆自然とそう動くのだ。

「…こい、グラシオン」

 少年が静かに呼びかける、すると足元に半径5mほどの光の柱が立つ。

 会場のどよめきが響く中、柱の内部で何かが形作られていく。

 それは…人型の何か、純白の金属を纏いし騎士の装い…

 それは……兵器、荘厳な金の槍を携え、大地に降り立つ…

「ロボット?…いや、これは…乗り込めるのか?」

 様々な世界の知識に詳しいハリュウでも知らない存在だ。

「これは、騎装兵機ナイトアームズと言います、僕の愛機です」

 体長は15mくらい、精悍なボディからは圧倒的な迫力が溢れている。

 胸部が機械的に開くと、少年は軽々とそこまで移動して、内部のシートに腰かける…ハッチが閉じるとマイクで拡張された少年の声がした。

『これなら…文句はありませんよね』

「お、おお…」

 あまりのことに太郎は呆然としていた。

『それでは、僕はこれで失礼しますね』

 グラシオンと呼ばれた鋼鉄の巨人は悠然と歩いて去っていった。

「うわぁ…あんなの初めて見たけど…ビックリだね」

「ああ、出来れば一度戦ってみたいな」

 セイガもその勇姿に心燃えるものがあった。

「いや、あれは相当難儀な相手だぜ?オレの予想が正しければ相当な機動力と火力があるはずだ…さすが大レース、とんでもないのが現れたな」

 そう、この参加者の中には別格といえる存在が…必ずいるのだ。

「あ!」

 それに最初に気付いたのはメイだ。

 セイガ達の来た入口とは反対側…正門の方から、気配がする。

 おそらく、参加者の何割かはその絶大な気配に呼応して視線を合わせる。

 直接音がしたわけではないが、セイガには地響きが聞こえた。

 正門の真下、それが門をくぐる。

 肌は白く、しかして鍛え上げられた完璧な肉体がそこにある。

 2mをゆうに超える巨体、白いキトンにサンダルと簡素な姿だったが、畏怖すべきオーラを持つ、荘厳な雄姿…

 暴れる紫の髪に、容姿端麗な顔立ちの中、全てを貫く灰色の瞳が場を支配する。

 その全てがまさに『神』

 参加者ゴット…山の神ベルクツェーンが遂にその姿を現したのだった。

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