第30話
「…ボク…話してくる」
唇を強く閉めてから、メイが歩き出す。
「俺も行くよ」
それに、セイガとハリュウ、キナさんが続く。
人波が出来る中、セイガが先頭になって泳ぐようにベルクを目指す。
心臓の音が高鳴る…これは誰のものなのか…
雲を抜けるように、ただ一人立つベルクの前に辿り着く。
誰もが彼を恐れて近寄らなかったからだ。
「ベルク…ボクはお前を絶対に許さない…」
小さいメイからは本当に山を見上げるような存在…
【人の子よ、無事に生きていたのですね】
山の神、ベルクツェーンの口は動いていなかった。
しかし、力強い声が直接頭に響くように、周囲に流れる。
メイの話では、「神の発する声」はそれだけでとても強い力を持つので、エルディアの神々が人と話すときは「
セイガは初めて聞いたが、それはとても強烈な意志の奔流で、目の前のベルクが自分達とは違う存在なのだと見せつけられているようだった。
しかし、負ける気はない。
「許せない…けれども……ベルク!約束して、ボク達がこの大レースでお前に勝てたら、ボクの聞きたいこと…全て話してくれると」
まだ、メイは自分がどうしたいのか…分からない。
ベルクを倒しても、もう両親は帰ってこない…それでもせめて…自分の想い全てをベルクにぶつけないと…壊れてしまいそうだから…
【人の子らでは、***には勝つ事は出来ません】
セイガ達には一部聞き取れない言葉があったが、文脈からして、ベルク自身のことを指しているのだろう。
「勝負は終わるまで分からない、メイと俺達は全力でお前に挑む…これは参加者全員の為の大レースだけど…俺達はお前を倒すためにここに来たんだ」
セイガが真っすぐにベルクを見上げる、ハリュウも、キナさんもベルクの気迫に飲まれてはいなかった。
そして
「ベルク…ボクはお前を倒したい1……それが今のボクの、たったひとつの意味ある生き方なんだ…」
メイがベルクを指差した。
【…いいでしょう、人の子らが勝った時には、全て言う事を聞きましょう】
ベルクもそれに応えたのだった。
その後、ベルクは幾つかの別のメディアからのインタビューが始まり、それに応える形となった。
ビックリしたことにその時は流暢な言葉遣いで、紳士的に話をしていた。
セイガ達は、それを横目で見つつもスタートの準備のためベルクからは離れた場所に陣取る。
「やっぱり…今のベルクは変だよ…あんな人間に気遣う性格じゃないのに」
メイは特に昔からベルクを知っているので違和感が大きかった。
「何か意図があるのだろうけれど…それは今は問題じゃあない、俺達は今できることをしなくちゃ」
青い軍用車を取り出し、まずはハリュウがハンドルを握る。
開始直後は多くのマシンが一斉に動き出すので、一番運転の慣れているハリュウが適任なのだ。
「キナさんはオレのマシンに乗らなくていいのかい?」
すぐ外で体をほぐしているキナさんに向けてハリュウ
「うん、うちは自前で充分だからね♪」
キナさんの『真価』は『飛』、単体で大空を自由に駆け抜けることが可能だ。
「ほう!それはオレのウイングとどっちが速いか競争してみたいな」
「ははは、それはまた何処かで、かなぁ?」
実は参加者の移動速度にはリミットが決められていて、キナさんもハリュウもリミット以上の速度は出せないようにされているのだ。
テレポートなどの特殊な移動方法も基本的には禁止されているが、セイガの高速剣に関しては一度に50mまでなら使用可能となっている。
本来は戦闘用の技だからという特別な措置だ。
そんなセイガは助手席に、後部座席にはメイを乗せて、運転手のハリュウがエンジンを起動させる。
「おおっ、セイガやないかい?」
ふと横から何処かで聞いたダミ声がする。
見ると、そこにはホバージェットに乗り込む小柄で痩せぎすな男…ベレスの姿があった。
さらにその隣にはベレスと同じくらいの背丈だが対照的にまるまると太った青年が鎮座していた。
「はじめましてセイガさん、おいらは『パルタ・ルアペック』…皆さんのことは親びんから聞いてるっす♪」
どうやらベレスの子分らしい…パルタは陽気な雰囲気に満ち満ちていて、陰気な印象のあるベレスとは対照的だ。
「ゴットを倒すためにアルランカくんだりまで出張るとは相変わらずのお人好しのようだが…まあ俺様も時と場合によっては助けてやらなくも無いぜ」
嫌らしい笑みと、金を現すサインを向けながらベレス…どうやら本当にセイガ達の事情を知っているらしい、その点はさすがに情報屋を名乗っているだけはある。
「なにこの…人?」
不気味そうに見るメイに
「可愛い妖精さんやぞっ」
「親びんはこう見えて繊細なので見た目は気にしないで欲しいっす」
即座に切り返すふたり、かなり仲がいい証拠だ。
「ははは、面白い奴らだな」
「ハリュウさん、それはありがとうっす」
「お前はデズモスの構成員だったなぁ…今後ともよろしくしたいもんや」
「まあ、機密に関わらん範囲でなら相互利用と行こうぜ」
不敵に笑うハリュウ
「それじゃあ、俺様たちはもっと前に行くんでまたな」
「ちょっと待った!」
セイガが持っていた予備の通信機を渡そうとする。
「おっと、そいつは要らねえぜ、周波数だけ教えてくれればこっちで繋がるようにしとくからな」
どうやらベレス達も額窓以外の通信手段を持っているらしい。
「いや、それだけじゃなくてひとつ聞きたいことが今あるんだ」
セイガはホバージェットの方へと移り、なにかひそひそとベレスに耳打ちしている…ベレスの方もまんざらではない表情だ。
「…そうなるよう期待しているぜ、詳しくはインターバルの時やな」
「ああ…それじゃあ…お互い頑張ろう!」
「ふん、大金を貰うのは俺様だぜぃ」
そう言い捨ててベレス達のホバージェットは浮き上がりスタートラインぎりぎりまで移動して行った。
「さて…準備は出来た…あとは全力を尽くすだけだ」
セイガが息を呑む。
「嗚呼、この緊張感、うちもワクワクするね」
キナさんは腕を回しながらニコッと笑うがメイの表情は強張っている。
「ボクは…ちょっと苦手かも……早く始まっちゃえばいいのに」
「メイ坊は今のうちに気合を入れとけよ、オレがキチンと主役としていい見せ場を作ってやるからな」
ハリュウがアクセルを軽く踏みながら前を見据える。
いよいよ…大レースが始まる、そんな期待に全員の心が高まっていた。
勇壮な音楽がメイン会場に響き渡る、それと同時に観客席から大歓声が止まらない。
『皆様、お待たせしました!いよいよ第349回アルランカ大レースの時間がやって参りました! 司会は私、闘う実況者~、ジャンキー細田がお届けします!』
大通りに急遽作られたメイン建屋、その中心部にある実況席に狼の顔をした黒いタキシードの男がいる、その横には40歳ほどの色気漂う女性が鎮座していた。
『解説はお馴染み、アルランカの歓楽王、アルランカ三世様にお願いしております!いやぁ、今年も無事にこの日が来ましたねぇ』
『ええ、この善き日…皆のもの…楽しみじゃったよの♪』
会場の大モニターにアルランカ三世が映ると再び大歓声が起きた。
「うわぁ…実況の人、まんま狼っぽい顔だったねぇ」
メイン建屋の右下、特等席にいるユメカが中央を見上げながら呟いた。
「大レースでは有名な二人組なんじゃが、ユメカさんは初めてだったか」
「うふふっ…うん♪」
ユメカに続き、ノエとユウノも頷く。
「確かこのアルランカ三世がこの大レースを発案したんですよね?」
レイチェルの問いに
「そうじゃの、あれは相当の傑物じゃからのう」
上野下野が答える
「え?でも何か349回目って言ってなかったっけ?」
「その通り」
「あはは、分かってるつもりだったけど、やっぱりまだビックリしちゃうね」
アルランカ三世も見た目通りの年齢ではないということだ。
『今年も沢山…有力な参加者がいるようで嬉しいのぅ♪』
『そうですね!それに付いては前半戦の間に随時ご紹介するとして…』
『…食べ頃、じゃの』
ぽつりと、アルランカ三世が艶やかな瞳で囁いた。
『あー、陛下、それ以上は放送禁止になるので程々にお願いします』
『大丈夫じゃ♪』
「…なんか…スゴイ人達なのかも」
ユメカの声に一同納得した。
『続いては、開会のご挨拶を現王、アルランカ八世様より頂戴いたします!』
ずっと流れていた音楽が止まり、人々の視線がメイン建屋最上部に集まる。
そこには豪華な衣裳を身に纏った30歳過ぎの若者が立っていた。
『皆のもの、今年もこの由緒あるアルランカ大レースに集いしこと…余は非常に満足しておる。参加者の皆に於いては、その力を存分に発揮するよう…観客の皆に於いてはその白熱した姿を心ゆくまで楽しまれるよう…余は願っておる』
そして両手を大きく広げ、緑色のマントをはためかせた。
『それではここに、第349回アルランカ大レースの開会を宣言する!』
『おおおおおおおおお!』
会場が大きなひとつの荒波に変わったかのように、喝采と轟音が轟く。
そんな祝福を受けながら、セイガは…
「さっきもアルランカ王がいたけれど…この国には複数王様がいるのか?」
「ああ違う違う、アルランカの王様は今の八世なんだが、歴代の王様は全員ご存命なんだよ、それぞれ自由に暮らしてるようだがな」
歴代の王様が全員いるなんて、ワールドならではだなぁとセイガは感心した。
会場の熱気が治まらない中、実況の声が続く。
『さあ!皆さん…準備はいいですか? それではスタートの合図は建国王、アルランカ一世様より頂戴いたします!』
その声に合わせ、セイガ達も周囲も、準備のため一斉に前を見る。
「いよいよだな…」
「うん!…ボクも緊張してきたよ」
「ま、最初はオレに全部任せておけよ」
「気持ち悪くなるから変な運転はしないでね」
「善処はするが…保証は出来ないな!」
「えええ?」
よく見ると、正門の真上に大きく立派な台座があり、そこには…
まだ10代半ば程の血気溢れる青年が立っていた。
「…あれがアルランカ一世!?」
建国王というくらいだから威厳ある年老いた王様をイメージしていたのだが、そこにいるのは体全体からエネルギーを発散させている青年だった。
『よーーーし、お前達っいいもん見せてくれよなっ!』
青年の右腕には筒のようなもの、鉄製の何かが付けられている。
大モニターと青年の隣にカウントダウンの文字が浮かぶ…
10…9…8…
『よ~~~~~』
6…5…
『~~~~い!』
3…2…1…
『スターート!!!』
ドンと振り上げた右腕から音が鳴り、花火が打ち上げられる。
その合図で全員が一斉に走り出した!
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