第26話

 ホテルに帰ったのは日も暮れかかる頃、あとは明日に向けて英気を養うべきなのだが…

「えええぇ?前夜祭を見に行こうぜぇ?」

 ホテルの広く静かなロビーにハリュウの不満げな声が響いた。

 前夜祭というのはアルランカ市街で行われる大規模なイベントだ、昼の時点でもうお祭り騒ぎだったのだが、さらにパレードとかカウントダウンとかを行うらしい。

「絶対混むよぅ、ホテルのベランダから見ればいいじゃん、眺めもいいんだし」

 セイガ達の部屋は15階、街道から中央広場まで見渡すことが出来る。

「俺も…今日は早めに休んだ方がいいと思う」

 セイガもあまり乗り気ではなかったのだが、不利な状況だったハリュウに思わぬ助け船が出た。

「私…お祭り、見てみたいです」

 ユウノだ、セイガの手を握り、隠れていない左目を潤ませる。

「そういえばユウノ姉はお祭り…大好きだったよね」

 幼い頃、聖王都に家族で行った祭典をメイは思い出した。

 あの頃は、みんな笑顔だったのに…

「ユウノ姉が一緒なら、ボクもついていってもいいかな…」

「よっし、決まりだ。セイガもそれでいいだろ?」

 ハリュウは腕を振りあげて、セイガの肩に回す。

「ああ…折角なら楽しむか」

 そうして、各自服を着替え準備をして、祭りに繰り出したのだった。 

 

「うーわー、はぐれたら絶対帰れる自信が無いよぅ…ユウノ姉、しっかり手を繋いでてね?」

 少し歩けば人と人とが肩をぶつけてしまうほど、広い道路は大衆が集まっていた。

 夜のアルランカの街は、燃えるように輝いている。

「私も心細いです…セイガさんも離れちゃ、イヤですよ」

 セイガを波除けにして、ユウノ、メイと続く、ちなみにハリュウはどんどん先に行ってしまい最早何処にいるか分からない。

「ハリュウは心配ないとして…これは一度大通りから外れよう」

「うん!」

「分かりました」

 どうにか手を引きあって、3人は大通りを抜ける。

 途中(セイガくーん)と呼ぶ声があったような気がしたが、周りを見ても他に知り合いは見えず、気のせいだとセイガは判断した。

「ふぅ…まだ人は多いけれど…これくらいなら安心かな」

「そうだね♪」

 そう言って、メイがセイガの右手を握る。

「はい、でも何か少し楽しかったですね♪」

 そう言ってユウノがセイガの左手を握る。

 セイガは気付けば両手に花状態になっていた。

(ユメカとハリュウがここに居なくて良かった…)

 そんな風にセイガは思いながら、大通りよりは少し暗い道を歩く。

「もう少し先が高台になっていて、見晴らしがいいらしい」

 セイガが額窓を出して、道を確認している。

「そうなんですね…セイガさんが居てくれて本当に助かります」

 ユウノの声が甘く響く、考えてみるとユメカとも手を握ったことはあったけれど、あれは基本的には短時間で…こうやってずっと触れていた訳では無かった。

 少し緊張して、手がぴくりと動く、

「セイガさん…どうしたの?」

 それに気付いたメイが問い掛ける、実はメイの方もセイガのちょっとした動きも気になるくらいには緊張しているのだが、昨日の失態を思い返して、極力意識しないよう振舞っていた。

「あ、いや…」

 その時、大きな気配を感じた。

「なんだ…セイガ達だったか」

 少し先、街明かりを背にしてアルザスが立っている。

 その気迫に反射的に身構えようとするセイガだったが今の状況ではそれが出来ず、何か妙に落ち着かない気分になった。

「アルザス…お前でも祭りに来るんだな」

 意外だったのでついセイガは聞いてしまった、何か話でもしないと冷静になれない部分もあるわけだが…

「前夜祭には興味が無い、ただこの辺で妙な気配がするから立ち寄っただけなのだが…杞憂だったようだな」

 アルザスは淡々と、そう説明した。

「妙な気配…」

 心を澄ませて、周囲を感じてみる…言われてみると確かに、微かだがあまり普段は感じない気配をみつけた。

 気になってそちらへと向かう、気付いたのかアルザスも同様についてくる。

 すると

「わたちに何か用?」

 そこにはチャイナ服を着た幼い少女と

「お嬢ちゃん…なかなか珍しいじゃない…いいわぁ」

 ピンクのドレスを着てウサギ耳を生やした女性が口論していた。

「…アレ?もしかしておば…ニムエさん!?」

 メイにとって、知らない相手では無かった。

 かつて街道の村で働いていた時に出会った…狼藉を働こうとしていた女性だ、今だって何か良からぬことをしてそうな状況だった。

「ええ、あーしは確かに『視を呼ぶ女』ニムエ・ヴィヴァ―チェスだけれども…」

 ニムエは少し太めの、しかし妙に色気のある身体を横にしてセイガ達を確認する。

「ボクだよ、街道の村で強盗しようとしてた時にいたメイだよ、ニムエおばさん」

 敢えて思い出して貰えるよう、メイは挑発した。

「誰がおばさんですって!!…ってあーーーー、お前はあの時のクソ娘!」

 ニムエは思い出して耳を大きく立てる、それと同時に彼女の両脇に護衛のように大きなモンスターが出現した。

 片方は頭に長い角を伸ばし、3mほどの半裸の体、背中には茶色い大きな翼…しかし顔はクールな感じの美形。

 もう片方も背は3mほど、赤褐色の筋肉隆々で腕と足の部分は石で出来ている…しかし顔はワイルドな感じの美形。

「カプリコーンフォルクとオウガゴーレムか…」

 セイガが額窓から情報を拾う、いきなり出現したということはニムエという女、どうやら魔物使いらしい。

 この異変に周囲の人々は驚いて逃げ始めた。

「まずいな…大きな騒ぎにならないといいんだが」

 セイガが警戒しながら近付こうとすると、

「自分のことも思い出したか?」

 その前に、アルザスが出た。

「え?…キャーーーーー」

 ニムエは叫びながら幼女の後ろに隠れるように回った。

 獣人だけに、見た目以上に俊敏な動きだ。

「な、な、なんでアンタまでここに居るのよぅ」

 この様子なら、アルザスの実力も思い知っているらしい…セイガは少しだけ安心した。

「今…助けるからね」

 そう小さな少女に告げて、セイガもアルザスに並ぶ。

 しかし

「こ、これ以上近付いたらこの子がどうなるか…分かってるんでしょうね」

 ニムエは幼女に覆いかぶさる、それと同時に幼女の身体を紫の煙のような何かが包む。

「あ、あーしを攻撃しようったって無駄なんだからね、それより速くこの子が大変な目に遭うんだからっ」

 おそらく煙も何らかのモンスターなのであろう…油断ならない状況だ。

「わたちを…はなちなさいよ」

 今までおとなしかった幼女が、静かに怒りながらニムエを見上げる。

「ダメよ、あんたは人質なんだから…神妙にしてなさい」

「相変わらず卑怯だぞ、おばさん!」

「そうよおばさん!、こんなに近いと臭いから離れてっ」

 若い二人に立て続けに言われて、ニムエが激昂する。

「煩い!クソ共めぇ…許さないわよっ!」

 その時、幼女に異変が起きた

「もう…『げきりん』ったんだからねーー!」

 瞬間、幼女の身体が金色に眩く光る、よくみると彼女の頭には小さいながら二本の角があるではないか…それが光と共に大きく…いや、幼女の姿自体が形を変えながら大きく膨張し、青くくねる蛇のような体躯の龍へと変貌した。

「ああ…」

 それはアルランカに入る前に天空で遭遇した龍に他ならなかった。

「やはり青龍…とってもいいわ、欲しいわ…ウゾウ、ムゾウ!やっておしまい!」

「パウ!」

「ガオ!」

 二体の魔物が青龍へと向かう、が…先に青龍の周辺に竜巻のような風の流れが生まれニムエ達は体勢を崩しながらそれに引き込まれた。

『喰らえ…逆鱗天翔』

『あーーーーれーーーーー』

 青龍が金色のオーラを纏い天へと昇る、それと同時にニムエ達3人は打ち上げられ、遙か遠くに飛ばされていった。

 あまりの光景にセイガ達は声も出なかった。

 気付けば横のユウノがカタカタと震えている。

 か弱い少女には衝撃的な光景だったのだろう…セイガは手を握ったまま残った手でゆっくりと彼女の背中をさすった。

 青龍はそのまま夜空に滞空していたが、不意に下を向いた。

(わたちは龍亜りゅあ…おにいちゃんたち、わたちを助けようとちてくれてありがとう)

 おそらくテレパシーのようなものだろう、セイガ達にだけ聞こえるようにして龍亜は続けた。

(またあちた、大レースであいまちょうね)

 そして周りの騒ぎを感じると、悠然と泳ぐように去って行った。

「…すごかったねぇ」

『あの幼女が青龍だったとは…いやはや』

 ようやく、ユウノも落ち着いたのか、ゆるりとセイガから離れる。

「ありがとうございます…私その…恥ずかしい、です」

 セイガは手を軽く振りながら

「大丈夫ですよ」

 それだけ伝える、そんな中、騒ぎを聞きつけた人達が集まろうとしていたので、セイガ達は逃げるようにこの場から立ち去った。

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