第25話

 翌日、つまり大レース前日のお昼前…メイはひとり、アルランカのお祭りのような街中を歩いていた。

(あー、朝からセイガさんに会わなくて良かった)

 この日は休養も兼ねて、それぞれ自由行動となっていて、セイガはレイチェルから頼まれて現地の学園へと出向き、ハリュウは

「景気づけに遊んでくらぁ」

 と朝から歓楽街の方へと向かっていった。

 メイは昨夜のアレで消耗なんだか回復なんだか分からない状態だったので、午前中はのんびり部屋で休もうかとも思っていたのだが、ふと眼下に広がる都市の生命力に当てられて早めに外にやってきたのだ。

 年に一度の大レース、正門の方は準備のため急造の観客席が作られ、街道を塞いでいる…街中には多くの人々がごった返し、音楽や騒ぎ声、活気溢れる音に満ち満ちている。

(明日のことを考えると緊張するけれど…こういう雰囲気は好きだなぁ)

 人混み自体はどちらかというと苦手で基本的にはインドア派のメイだが、こういう光景を見るのは嫌いではなかった。

(それにしても人が多くて…ちゃんとこっちで合ってるのかなぁ)

 セイガ達とは、この先にある中央広場で待ち合わせをしているのだが、自他ともに認める方向オンチのメイにとってはその行程すら不安要素があった。

 遠く、先を見る…いつかの昔にも麓の里の収穫祭でこんな場面があったっけ…

 懐かしさと温かさで、メイの視界が霞む…

「…メイ?」

 それはとても懐かしい、優しい声。

「やっぱりメイだ!」

 これは幻なんかじゃない、後ろからメイの肩に触れる手…引かれるまま振り返るとそこには…

「ユウノねえ?」

 あの日、別れ離れになっていた従姉、ユウノが間違いなくそこにいた。

 メイより少しだけ背が高く、大人びた姿、黒く長い髪は右目の方を隠しているため、その表情はなんだか儚げにも見えた。

「メイっ良かった!無事だったんだねっ」

 ぎゅっと抱きしめられる、温かい…この匂いは忘れない…ユウノだ。

「ユウノ姉…絶対そうだ…ユウノ姉だ」

「ふふ…また『絶対』って付けてるね」

 ユウノにとっても懐かしい、大切で大好きな従妹…

「…どうしてここに?」

 ベルクツェーンに会うためにきたアルランカで偶然ユウノに会えるなんて…もはや運命のようだ。

「私(わたくし)は…たまたま立ち寄っただけなんだけれど…メイは?」

「ボクはっ、実はベルクが明日の大レースに出るって聞いてやって来たんだ」

「まあ…ベルクツェーン様が?」

 初耳なのだろう、ユウノは驚く。

「アイツにもう『様』なんて要らないよ、ユウノ姉」

「ええ…そうね……でも私…まだ信じられないの」

 ユウノはメイ以上に長い間ベルクツェーンと共に過ごしている、彼女にとってはまさに神様なのだ。

「ボクもそうだったけれど…アイツから直接聞いたんだ…殺した…ことに間違いはないって」

 悔しさに唇を噛むメイ、一方ユウノの瞳は輝いていた。

「まあ♪メイはあの後にもあの方に会ったのね」

 何故だろう、様付けは止めたようだが、ユウノの言葉には別の違和感があった。 

「うん…それで今はマキさんやセイガさん達…一緒に戦ってくれる仲間がいるんだ…紹介するね」

 メイが懐から緑色の巻物を取り出す。

『お初にお目に掛かります、従姉殿、某「新緑山水鳥獣絵巻」と申す者』

「マキさんでいいよ♪」

『メイ殿~』

「まあ…お喋りできるのですね…ユウノ・フェルステンです、従妹がお世話になっているそうで…ありがとうございます」

 そう言ってユウノは頭を大きく下げた、瞳を隠していた黒髪が揺れる。

「そちらのお言葉は難しくて…私も『マキさん』と呼んでいいかしら?」

『…ええ、構いませんよ、従姉殿は礼儀正しい方ですな』

 なんだかマキさんもまんざらではない様子だ。

「いえいえ…そんなこと…ところでメイ、他の方々は?」

 ユウノがきょろきょろと辺りを見渡す。

「この先の広場で待ち合わせをしてるんだ、もうすぐ時間だからユウノ姉も一緒に行こうよ♪」

 一緒に行くのが当然、そんなメイの言葉だった。

「そうね、それでは宜しくね、メイ」

「それにしてもユウノ姉…生きててくれたんだね、アレから額窓でも連絡出来ないし、合流予定の街にも全然来ないしで…ボク…」

「そうだったのね…ごめんなさい私もずっとメイを探してたのに…」

(私は…どうして今までそれを忘れてたんだろう?)

 ユウノは自分の中の疑念に答えられなかった、そんなユウノの手をメイが優しく握る…

「ううん、今出会えたから全然大丈夫だよ、ほら、広場にいこっ♪」

「そうね」

 きっとなんでもない…ユウノはそう思った。

 

 お昼時の中央広場には、多くの露店が並び、憩う人、待ち合わせをする人、それらの客相手に大道芸をする人、多くの人々でごった返している。

 円形の広場の中央には大きな噴水があり、砂漠に近いこの地でも水を豊富に使える豊かさを象徴しているようだった。

『どうして…まっすぐ向かうだけなのに道に迷うのですか』

「だって~、あんまり道が混んでたから裏路地に入った方がいいと思ったんだもん…暗い道は苦手だけど」

「私も細い道とかは得意ではないのですが、まさか逆方向に向かっていたとは思いませんでしたね」

『おふたりともだったのですね…不覚』

 マキさんの案内でようやく噴水の前まで辿り着いた時には、既にセイガとハリュウが待っていた。

「お疲れさま…あれ、その人は?」

 セイガの問いに

「ユウノ姉だよっ♪」

「はじめまして、メイの従姉のユウノです♪」

 セイガを見つめながらユウノが微笑んだ。

「スゴイ偶然でねっ、ここに来る前に出会ったんだ♪」

 メイは、今まで見たことないほど上機嫌だった。

 昨夜はあんな風に別れたので、セイガはちょっと心配だったのだが今は元気そうなので少し安心した。

「ユウノさん…綺麗な方だ。オレは破竜・Z・K・エクレール、よろしくっ☆」

「聖河・ラムルです…お従姉ねえさんだったのですね、メイとよく似ている」

「うん、絶対似てるよね♪」

 そういってメイがユウノと手を繋ぐ。

 ふたりは同じ造りのワンピースと背格好も近くて、長く黒い髪、雰囲気は少し違ったが並んでいると血の繋がりがよく分かった。

「聖河さんに破竜さん…ありがとう存じます」

 ユウノは少し頬を赤らめる、そんな姿も艶っぽい。

「いや、似てるってのはユウノさんに失礼だろ」

「はぁ?それはどういう意味さ」

 メイがハリュウの足を軽く蹴る。

「そういうトコだよっ…魅力ってもんが段違いなのっ」

「そんなコトないもん、おっぱいだって同じくらいなんだからね」

 じ~…と、半ば無意識に3人の目がユウノに集まる。

 ユウノはそんな視線に耐えられず繋いでいた右手を離し両手で胸を隠す。

 確かにユウノも細身というか…慎ましやかだったが…歳のためか、仕草のためかほのかな色気を醸し出していた。

「メイ…はしたないでしょ?」

「ごめんなさい…ユウノ姉」

「それじゃあ、折角揃ったのだし、積もる話は食事でもしながらにしましょうか」


 その後、4人はアルランカ名物の羊肉のお店で昼食を取った。

 話してみると、ユウノはひとりでここに来て、まだ宿の予定も立っていなかったというのでセイガ達と合流して一緒の宿に泊まることにした。

「これからはずっと一緒だよ♪」

 そんな屈託のない笑顔のメイを見ることが出来て、セイガも嬉しかった。

 それから午後からはゆっくりとアルランカの名物や史跡を見て回る。

「そういえば、学園の用事ってなんだったんだ?」

 アルランカの王城に掛かる堀の縁…流れゆく水を見ながらハリュウが聞いてきた。

「ああ、届け物と…あとは挨拶かな、向こうの学園長に会って来た」

「へぇ~、学園長さんってどんな人?」

 メイは学園の存在は知っていたが、殆ど学園、というか前の世界から学校自体良く知らなかったので興味津々だ。

「教師…というより政治家や商人みたいな雰囲気だったな、色々便宜を図ってくれたしこっちの学園に移籍しないかと勧誘されたよ」

 この区域、09支部の学園長は初老の男性で、話術巧みな人物だった。

 アルランカ王家とも仲が良く、都市内に学園は設置されている、これは実は珍しいことだと、セイガは後で知った。

「学園も場所や学園長によって結構方針が変わるからな」

「そうなんだ」

「セイガのいる17支部は大佐も在籍しているし、かなり影響力は大きいんだぜ」

「何となく、それは分かる気がする」

 学園長、スキエンティアの手腕と他の学園、ついては全リージョンに対しての調整を買って出るなど、相当の実力がないと無理だろう。

「学園ってのもいろいろあるんだねぇ…ボクも行ってみれば良かったかなぁ」

「通えばいいさ、ベルクツェーンの問題が無事に解決すればきっと大丈夫」

 メイには苦しみなど抱えず、笑っていて欲しい…

 そう、セイガは思った。

「うん、そうだね…その時はユウノ姉やゆーちゃんも一緒だね♪」

「はい、私も学校というのに行ってみたいです」

 明日、無事にメイ達の問題が解決するよう…セイガはあらためて願った。

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