第24話

 アルランカ市街に帰ってまずは、食事も兼ねて商業区で改めて欲しい装備や物資を調達した。

 やはり実際下見をしたからこそ分かることがある。

 例えば思った以上に場所による寒暖差が大きいこと、軍用車は耐久性が高いがそれでも更にスペアパーツが必要だということ。

 そして、それをしっかりと参加申請に追加修正する。

 夜になり、ようやくホテルへと戻る、アルランカでは大レース参加者、観光者が多く来訪しているので当然宿も大繁盛だった。

 セイガ達も前もって連泊できる宿を予約しようとしたが、安い宿泊施設は軒並み空いてなかったので、結局かなり高級なホテルに泊まることにした。

 ちなみに、宿泊費や軍用車など今回の経費は全てセイガが支払っている。

 それには一応理由があるのだが…


「それじゃあ、おやすみ」

 ホテルの廊下、部屋は男性と女性で分けている、つまりメイとはここでお別れだ。

「ふぁ~~~、さすがに今夜はさっさと寝ようぜぃ」

 欠伸をしながらハリュウが自室に戻って行く。

「…ん?」

 挨拶が返ってこなかったのが不思議だったので、セイガがメイの部屋の方を見ると、ドアを半開きにして、こちらに顔だけ出して覗くメイと目が合った。

「…どうしたんだい?」

「あの…ね」

 メイの顔色が心なしか赤い…もしかしてだいぶ疲れてしまったのだろうか。

「あう…あぅ」

「大丈夫か?どこか異常とか…」

 心配したセイガがメイに近付く。

 そして…バタンっ、と音がして…


(うーわーーーどうしよう、セイガさんを自分の部屋に入れちゃったよぅ!)

 メイの部屋、その中央のテーブルにセイガとメイは相対して座っていた。

 ホテルなので、となりには寝室、当然ベッドもある。

 そんな中、ホテル独特の薄明かりがメイとセイガをゆっくりと照らす。

 …

「あぁ…あの…えっとね…」

 確かにメイはセイガと話をしたかった、でも昨日は初めてのアルランカ、しかも初めてセイガと同じ屋根の下で眠るという事実にいっぱいいっぱいで、なにもできないまま夜更けまでベッドでごろごろと藻掻いていた。

 今日は、なんとか勢いでセイガを部屋に招いたが、話したい言葉が頭の中でぐるぐると渦巻いて声に出せない。

「……」

 セイガは穏やかな表情のまま、メイを優しくみつめている。

 セイガの方から何か喋ってもいいものだが、あいにくセイガはそのあたりの気遣いはあまり得意ではなかった。

 ただ、何か話があるのだろうなと、待っているのだ。

 メイは困りながら部屋を見回す、何か…何かきっかけがあるといいのだが…

 とはいえ、窓からは豪奢なアルランカの夜景が、壁には有名な画家が描いたのかもしれない鮮やかな絵が飾ってあるばかり…

「あ! ……あのこの部屋スゴイね…とても綺麗で、広くて、アメニティも高級品できっと絶対高かったんだよね…こんな部屋に泊まれるなんて…なんだか夢みたい…ありがとう」

「どういたしまして、俺もこんな高級なホテルに入ったのは初めてだけど、メイが喜んでくれたのなら嬉しいよ」

「セイガさんってかなりのお金持ち…なの?」

(軍用車も即決で支払っていたし、普段からそうなのかな…)

「う~む…実は俺もあまり実感が無いんだ、メイにはあまり詳しくは話していないけれど…俺が『スターブレイカー』の称号を貰った時…」

 そう言うとセイガは腕を組む、ヤミホムラの件はミナっちによる封印が掛けられているので、話していい範囲しか説明をしていなかった。

「学園からなのか何処からなのか分からないのだけど、多額のお金と、貢献値だったかが贈られてきたんだ…正直普段からあまりお金を使うことがないので自分でもどう使っていいものか困ってて…そういう意味では今回こうやって役に立っていて良かったと思っている」

 ちょっと困ったような笑顔だった。

「そうなんですね……」

 メイもそれ以上は言葉が出せず、長い黒髪をくるくると指で弄りながら…椅子に座るセイガの様子をまじまじと、みつめる。

 どちらかと言えば細身の肉体、でもいざという時はとても速く、そして頼もしい姿を魅せてくれる。

 素直そうで優しい表情…直視するとまだどうしても照れてしまう。

(もう、この際マキさんを取り出しちゃおうか…いやいや)

 軽く頭を振る、ここは…絶対に自分だけで伝えなくちゃいけない…そうメイは心に決めていた。

 大きく息を吸う。

「……どうして…」

「うん?」

 セイガはメイを真っすぐ見つめたまま、首を傾ける。

「どうして…あのっそういえばボクの『真価』について無理に聞かなくてもいいって言ってくれたんですか?」

「それはお昼の話かな?」

「うん、そうです」

 本当に聞きたかったのは違う内容だったのだが、不意に砂漠での話を思い出して咄嗟に話してしまった。

「俺もまだこのワールドに来て長くは無いけれど…沢山の人に会ってきたよ。そんな中で『真価』について…人によっては恥ずかしいとか他に理由があって話したくない人もいるって気付いたんだ」

 『真価』はその人の根幹ともいえる要素、だからこそ秘匿する人だっている。

「特に女の子はそうなのかもなぁ…って敢えて聞かなかったのはそんな大したことのない理由だよ」

 セイガはあの時のユメカの表情を思い出していた。

「おんなのこ…ボク、ちゃんと『女の子』できてますか?」

 少し潤んだ瞳でメイ、唇も微かに震えている、セイガはそんなメイの表情を見て、改めて少女の愛らしさを感じた。

「ああ、メイはとても魅力的な女性だと思う……あんまりハッキリいうと恥ずかしくなるな…はは」

 後半は顔を横に背けながら、でもはっきりと告げる。

 今まで意識しないようにしていたのだが、メイもかなり可愛い。

 メイは、はじめての感覚に驚いていた、先刻まであんなに不安や怖さやドキドキが周りからどんどん襲っていたのに、セイガのたった一言で、花が咲いたように…

 幸せな気分になるなんて

「セイガさんは殆ど見ず知らずだったボクを、どうして助けてくれるんですか?」

 だからか、ずっと聞けなかったほんとうの想いがすっと声に出た。

 セイガは少しだけ、驚いているようだった。

「それって…おかしいのかな?」

「絶対変ですよっ、初めて会ったのに困っているからって何も求めずに力になってくれるなんて…先にお金とか報酬とか言われた方が安心します」

 本当に最初からそんな状況を考えていなかったので、セイガは最初きょとんとしていたが、確かにメイの主張の方が理に適っている、そう気づいた。

「そっか…俺はつい、自分の流儀だけで物事を考えていたようだ」

「流儀…ですか?」

「ああ、このワールドに来た時に、『自分の好きなように生きてください』と言われてから、俺はずっと自分の意志というか流儀を大事にしてきたんだ。メイのことに関しても、あの時出会って、ただならぬ状況だったから…メイを助けてあげたいと自然に思ったんだ……それは或いは傲慢なのかもしれない」

 メイが大きく首を振る。

「そんなこと絶対ないです!ボクはすごく…あの時から今まで全部嬉しかったから…セイガさんは悪くないですっ」

 そのまま俯いてしまう、もう、堪え切れない…両手を覆って何とか自分の顔を見せないようにするのが精一杯だった。

「ありがとう…それが気になっていたんだね」

 セイガもようやく、メイが無理矢理ここに連れてきた理由を知る。

「うっ…ありがとうはっ…こっちのセリフ…です…っ」

「そっか…困ったな…俺はどうしたらいいかな?」

 セイガが覗き込みそうな気配がする。

「ダメっ…です‥っ…今のボクの顔をみちゃ…ダメ」

「ああ…ええと」

 セイガは所在無げに立ち上がる。

「今日は…本当にありがとうっございました…もう…ダイジョブ…です、…おやすみなさい」

 メイにとって、治まるまで待っていて欲しい気も少しだけあったが、それ以上に今夜は限界でこのまま別れたい気持ちの方が大きかった。

「うん、おやすみ…ゆっくり休むんだよ」

「…ハイ」

 静かに、それでいて素早く、セイガが立ち去る。

 その気配が消えるのを充分に確認してから…メイの涙腺は決壊した。


「ただいま」

 軽くノックをしてからセイガが自室に戻る、一応声を掛けるのが礼儀だと思ってのことだ。

「おう、お帰り~」

 ハリュウは豪華なソファーに寝そべりながらモニターを見ていた。

 それはウイングよりも古い型の飛行機を使ったレースのようだ。

「…聞かないのか?」

 明らかに不自然に姿を消したので、ハリュウに怪しまれると思っていたのだが、ハリュウは平然としていた。

「そんな野暮なことはしねえよ、それより…お前はどう思っているんだ?」

「何をだ?」

 ハリュウが静かに立ち上がり、モニターを消した。

「ベルクツェーンのコトさ…仮にもアイツは七強だからな、オレ達で勝てると思っているのか?」

 ハリュウは強い、自分も毎日研鑽はしている。

 メイとマキさんは弱くは無いが…サポートとしてなら充分に戦えるはず…

 それがセイガの見立てだった。

「せめて大レース前に直接会えればまだ戦法とか対策とか練れたんだがなぁ」

 今日の下見、ふたりの本当の目的はベルクツェーンに会うことだった。

 メイの感想ではなく、直接見て、その実力を知りたかったのだ。

 調べたら、ベルクツェーンは既に参加申込は済ませていたので、受付会場を見張っても仕方がない、メイの話で山の神だけに自然が好きというのをあてにして下見を兼ねて探索を行っていたのだが…どうやらベルクツェーンは当日まで姿を見せないつもりか全く気配すら追うことが出来なかった。

 一応、額窓のアーカイブにある最近のゴットの出た大会の映像を見てはいるのだが、戦闘に於いてもあっさり勝負がついてしまうのであまり参考にならなかったし、映像だけではどうしても力量を測るのは難しかったのだ。

「俺は…勝ちたいと思っている、ベルクツェーンにも」

「ふん、ベルクツェーンにも、か」

 七強、このワールドで学園が定めた最強の7人…

 その実力は間違いなく、セイガ達よりもずっと高い所にある。

「さすがスターブレイカー様は言うことが違うね」

「やめてくれよ…俺がその称号に『まだ』そぐわないことはハリュウだって分かってるだろ?」

 セイガは恥ずかしそうに髪を掻く、いつかはあの場所まで、自分の力だけで登りつめたい…それが今のセイガを動かす源だ。

「チャンスは多い方がいい、勝てないかもしれないが俺は最後まで諦めるつもりは無いよ」

 その台詞にハリュウが笑った。

「ま、それが聞ければ充分かな…それじゃあオレも本気で行くぜ」

 そして腕を曲げながらセイガに対する。

 セイガもそれを見て、腕を出しハリュウと組み交わした。

 がっしりと…ふたりが力を込める。

「ああ、行こうぜ」

 まだ、出会って間もないけれど、ハリュウという人間と友になれたことをセイガはとても嬉しく感じるのだった。

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