第23話

「そういえば、メイは御業や簡易魔法を多用しているが、『真価』は何なんだ?」

 不意のハリュウの問いに、メイは少し逡巡しているようだった。

 セイガとハリュウの『真価』についてはアルランカに着く前に一通り説明をしていたのだが、その時メイの『真価』についての話は上がらなかったのだ。

「ええと…」

「別に無理に聞かなくてもいいんじゃないか?」

 庇うようにセイガがメイに微笑みかける。

「ううん、お互い『真価』は知っていた方がいいもんね……ボクの『真価』は『花』だよ」

 メイの差し出した掌の上に『花』の文字が現れる。

「ここで花を生み出すこともできるけど、砂漠じゃすぐに枯れちゃうからやめとくね…ボクの『真価』はこれだけだよ」

 微かに声を落とすメイ、一方ハリュウは

「ふ~ん、ま、構わないだろ?」

 と軽く頷いた。

「あれ?てっきりハリュウはバカにすると思ったんだけど」

「おいおい、『真価』はその人の選んだものだぜ、それが何であろうと安易に批判するのは違うだろう?それぞれの『真価』に込めた想いは尊重されるべきだ」

「ハリュウ…」

「確かにそうだな…俺も『花』の『真価』はとても素敵だと思うよ」

「セイガさん……」

 とても嬉しくて…自分のことをちゃんと認められているような気分がして、メイは涙目になる。

「戦闘では役には立たないだろうけどな」

「…もう、折角ハリュウのことも少しは見直したのに~」

 そんなふたりを見ながら、ふとセイガは気付いた。

「…だけど、メイの簡易魔法や御業の力の源はおそらく『真価』だ、だからメイが『真価』を高めることにはちゃんと意味はあるんだよ」

「そうだね、ありがとう…セイガさん」

「それじゃあ、車も動くようだし、また先に行こうか」

「は~い、今度はハリュウが運転してよ」

 そう言いながらメイが後部座席に陣取る。

「ああ?これはお前達ふたりの練習用だろうが」

「もう運転できるもん、それよりハリュウのお手本を見せてよ♪」

 セイガも笑いながら助手席に座る。

「確かに、今の戦闘でちょっと予定が押しているから早く次の場所に行きたいな」

「あー! 分かったよ、次の町まで最速で連れてってやらぁ!」

 ハリュウがエンジンを吹かし、一行は次の目的地へと向かった。



 街道の町、アルテ、ちょうどアルランカとマウラケ山の中間地点にあり、活気溢れる場所である。

 二日後に大レースも始まると言うのもあって、普段以上に多くの人が街道を歩いていた。

「あーーー、まだなんかフラフラするよぅ」

 3人は一度車を降り、街道の端をのんびりと歩いている。

「オレ様の本気の走り、思い知ったか?」

「うん、ボクはもっと気を付けて運転しようと思い知ったよ」

「まあ、オレの域まで届くのは大変だろうからなぁ」

「そーゆー意味じゃないよ…ハリュウのバカ」

 ハリュウの荒々しい運転にメイの体は色々と限界だったのだ。

 3人の視界の先には茶色く荒々しい山肌、マウラケ山が見える。

「ここからでも確認できるってことは…相当高い山なんだな」

 セイガの視線が山頂を見据える。

「登山するだけでも結構な場所だってのに、これをレースで踏破しないと行けないんだから過酷さが窺えるぜ」

 街道は大レーズに使われるだけあって、幅50m程と相当大きかった。

 今は車、歩行者、場所や自転車が無秩序に往来しているが、当日は多くの観衆が集まる中を参加者が激走していく…そんな光景を思い浮かべるだけで、セイガの心は大いに震えた。

「どうしよう…山頂まで移動してみるか?」

「様子を見るだけならウイングを使った方がイイかもな、あんまり疲れるのも良くはないだろう」

 想像以上に大変なレースだと、セイガは改めて思った。

 当日は他の参加者と競いつつ、モンスターや主催者側の兵器など多くの障害が加わる…果たして自分の力が何処まで通用するのか…

 そしてゴット…ベルクツェーンとはどんな者なのか……

「折角大きな町にきたんだからさぁ、そろそろお昼にしようよぅ」

「ああ…そうだな…」

 メイの提案にセイガが乗ろうとした時…

「お前!スターブレイカーじゃねえか」

 突然、背後の男に呼び止められた。

 3人が振り返ってみると、そこには背が高くがっちりした体格の男、どこか見覚えがある…

「あっ…あの時のハゲのおじさんだ」

「ハゲとかおじさんとか呼ぶなよ、相手の身体的特徴ばかり揶揄するのは酷いぜ」

 それは受付の時にメイをからかった男だった。

「う…ごめんなさい」

 メイは正直に謝った、揶揄したつもりも悪気も無いのだが、確かに見た目でつい遠慮なしに言ってしまう面はあったので、それは反省しなきゃと思ったのだ。

「謝れば宜しい、俺っちもお前さんのことを良く知りもしないで嘲ったから同類だ…あの時は悪かったな」

 意外と律儀な男なのか、こちらも素直に謝った。

「ううん、もういいよ。あの、ボクはメイ、ええと…おじ…お兄さんの名前は?」

東睦太郎ひがしむつみたろうだ。大レースの常連の俺っちの名前を知らないとはお前達、さては初参加だな?」

 ひっくり返りそうなくらい、背中をのけ反らせて太郎は自慢げに自らの身体を誇示した。

「へー 常連なんだ」

 どこか呆れたような表情のメイ、何となくだが、彼には風格を感じない。

「3位以内に入賞したことがあるのですか?」

 大レースはその性質上、3位までが大きく扱われる。もちろん優勝者が一番だが、年によっては1位が出ない場合もあるからだ。

 セイガにとっては素朴な疑問だったのだが…

「う…まだ入賞はしたことないがな、ポイント上位にはいつも入ってるんだぜ」

 太郎のプライドを傷つけてしまったようだ。

「そうなのですね…それは凄いです」

 そんな太郎に気付かないままのセイガの袖をメイが軽く引っ張った。

「でもどうしてタロさんはここにいるの?ボクたちは初参加だから下見に来たんだけど」

「ふっ、俺っちは元々この町の人間だからな、やはり初参加かぁ…そうだろうそうだろう…だったら俺っちがイイことを教えてやろう」

 そう言うと、太郎は大きく片手を振り上げる。

「前半戦はなぁ…まずこのアルテを目指すと良いぜ、ここまで来れれば相当のポイントが入るし町の大歓迎も受けられるしな…とはいえ、俺っち程の歓声は贈られないだろうがな」

 そう言うと往来に向けて大きく手を振った。

 すると確かに有名人なのか、周りの人達から歓声が鳴った。

 ただ

「がんばれよ~!…でもセコイ手ばっかり使うなよ?」

「うっさい、一言多いわい!」

 どうやら色んな意味で愛されている参加者らしい。

「ははは、教えてくれてありがとう♪ 当日はお互いがんばろうね」

「ふっ、俺っちの前は走らせないが健闘を祈ってやるぜ☆」

 そうして、太郎は笑いながら去って行った。    


 

 その後、アルテの町で名物の肉料理を食べた3人は、移動手段をウイングに変えて、ゴールのマウラケ山とその中腹に広がるマウラケ大滝を見る。

「ホント、空を飛ぶと速いよね~♪」

「ああ、それに景色も壮大でいいな、当日がさらに楽しみになったよ」

「だが、空中はフォートレスモノリスを始め、障害も多いからな…はたしてどうなるやら…オレとしてはこのウイングで何処まで行けるか試してみたいな」

 一応、大レースでの3人の移動は軍用車になる予定だが、臨機応変に別の行動を取ることも考慮されている。

 ウイングの複数乗りは規定上禁止されていたが、ハリュウひとりでならウイングも使えるのだ。

 そんな話をしながら、帰りは北部に広がる古戦場と森林地帯を見て回る。

 森には一度着陸して軍用車でどれくらい移動が可能か試してみた。

「やはり…森の方は林道じゃないと難しそうだな」

 地面は比較的平坦だが、木こりや猟師が使う道以外では草や石など障害物が多くかなりスピードが抑えられてしまう。

「方角も分かんなくなりそうだよね…ボク、方向オンチだから運転はムリかも」

「そうなのか」

 セイガは方向オンチというのがよく分からなかった。

 不思議なことだがセイガは空間認識能力がとても高いらしく、自分が何処にいるのかどんな場合でも大体把握できたのだ。

『メイ殿は本当に…地図があっても道に迷いますからな』

「も~、マキさんひどいや…まあ事実だけど」

「そうなると…やはり当初の予定通り砂漠経由でアルテに入って山道を目指す感じかな、どう思う?ハリュウ」

 セイガは運転中なので、横は向かないまま尋ねる。

「それでいいだろ…ってうわっぷ」

 油断したハリュウの顔に蜘蛛の巣が掛かった。

「ははは」

「あーもー、車はやめてさっさと帰るぞっ」

「…了解」

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