第10話

 会談のあと、アルザスはすぐに帰ったが、セイガとユメカ…特にユメカはルーシアと別れ難く、旅の手伝いやら雑談やら…結局夕食まで一緒に過ごしていた。

 ユメカにとってルーシアはこのワールドに来て最初の友達であり、心の拠り所のような存在だったから…

 そんなユメカの様子を横目で見ながら、セイガも、いつも以上にエンデルクやテヌートとも話をした。

 最初の出会いこそ衝撃的なものだったが、今では大事な仲間だと…そんなことを嬉しく思ったりもした。

 すっかり夜の風も涼しくなった頃、ふたりはようやくエンデルク邸を出る。

 ユメカの愛車、まるくて緑色の自動車…その名も「カエル3号」で家路へと向かう間、ふたりはなんとなく無言で、窓の開いた車内ではユメカがお気に入りの曲が流れるのみ……

 

 そうこうしているうちにユメカの家に着いてしまった。

「ここまで送ってくれてありがとう」

 名残惜しい気持ちもあったが、それは隠しながらセイガは言う。

「うん……こちらこそありがとう…私のコトが心配でセイガも残ってくれてたんでしょ?」

 ユメカが両手を背中に回しセイガを見上げる。

「エンちゃん達はよく3人で出掛けてて…最初の頃はかなり寂しかったんだよね、無理矢理一緒に行ったコトもあったっけ……ふふ」

 その時のことを思い出したのだろう…ユメカの瞳には涙の欠片が浮かんでいた。

「簡易魔法を覚えたのも最初は、どこかで私でも役に立たないかなぁと思ったからだし…ね」

「そっか…」

 自分の知らない過去のユメカの努力の一端を聞けて、セイガは嬉しかった。

「うふふ…なんてこれじゃどんどん長話になっちゃうね」

「俺は、ユメカの昔の話が聞けて、正直嬉しいと思っている」

 気恥ずかしいが本当のことだ…

「前にもこんなことがあったから…なおさらそう感じるんだろうな」

 ユメカも同じ場面を思い出して、照れくさそうだ

「えへへ…あの時の続き、だね♪……それじゃあさ、よかったらもう少しお話しようよ?」

「そうだな」

 ユメカの手が袖に掛かり、ふたりは場所を変える。


 ユメカの家から少し離れた公園、自然が豊かであちこちに大きな木が立ち並んでいる。

 夜の帳が降り、ひっそりとしたベンチにふたりはいた。

「この公園はね、私の実家の近くにあった公園に少しだけ雰囲気が似てるの、それが気に入ってここに家を建てるコトにしたんだよね♪」

「そうか…確かにいい場所だな」

 木々の奥から小動物の気配がする、とても心落ち着く、この辺りの住人の憩いの場所なのだろう。

「うん、私も朝や夕方にはよくジョギングで使ってるんだよね、…夜はさすがにひとりではちょっと心細い…かもだね、てへ」

 街灯はあるが、確かに闇が深く、自然だからこその怖さも感じる。

「街中だから大きな獣は少ないだろうけれど、それでも気をつけた方がいい」

「そうだよー、私のいたところでは都市部にだってクマが出るんだからね」

「それは大変だ」

「それに怖いのは動物だけじゃないもんね」 

 ユメカが手に持った紅茶の缶を軽く握る。

 改めてユメカを見る、今日は白いシャツに白いゆったりとした上着を重ね、スカートは青系の毛糸を編み合わせた短めのもの、つい素足を見つめてしまいそうでセイガは気取られないよう視線を逸らせた。

 髪は後ろでひとつに束ね、長い首飾りが白い肌と服に映えている。

「今は安心して欲しい、熊だろうが変質者だろうが俺に任せておけば大丈夫だ」

「そうだね♪」

 ユメカが微笑む。

「でも、私は守られるばかりは……少しイヤかな?」

「…え?」

「あ、あのね…あのねっセイガが私のコト本気で心配してくれるのは分かってるよ、私だって…自分の身近な人が目の前でいなくなるなんて…耐えられないもん」

 缶を置き、ユメカが両手を振る。

 ユメカが一度死んだとき…

 最期に覚えていたのは無我夢中で前に出る自分の姿、そして痛みを感じる暇もなく消えていく意識の中で涙を流しながら自分をみつめるセイガの姿……

「過保護っていうと言い過ぎかもだけど…私はセイガの負担にはなりたくないの、戦力としては全然だけど、それでも私は自分の力で、前に進みたい…なんてね」

 そっぽを向きながら手に取った缶から紅茶をくぴりと飲む。

「俺は…多分空回りしてるんだ」

「そうなの?」

「ユメカを守るのを負担とか思ったことはないけれど、自分が自分がと、少しでもユメカの役に立ちたい、信頼して欲しい……良く思われたい、そんな焦りが止めようとしても、どうしても出てしまうらしい」

「ふむふむ」

「一方的なお仕着せでは寧ろユメカには迷惑になってしまうだろうに…」

「…ふふっ」

 少し寂しそうにユメカが笑う。

「なんだか変だね、お互いに相手のコトを考えてるから…上手くいかないんだ」

「そうかも知れないな、…でもちゃんと自分の気持ちを言えて…少しだけスッキリしたよ」 

 セイガは、ここ数日自分を悩ませていたものの正体をはじめて実感した。

 実力に見合わないと周りに揶揄されるよりも、絶大な力や評価を手にするよりも、それらによって大切な仲間が離れてしまうことの方が怖かったのだ。

「俺は少なくとも…自分の想いを果たせるくらい、もっと強くならないとな」

「それがセイガの目標?」

 セイガは自分の持っているコーラの缶を見つめる。

「そうなのかな…いや、当面は……」

「私はね、目標を作ったんだ」

 夜空を、瞬く星を見上げるユメカ

「あのね…私、前の世界では歌手になるのが夢だったの……結局それが叶ったかどうかは覚えてないんだけどね。…でもワールドでは別に歌手にならなくたってずっと歌を続けたり自分の思うように生きていけるじゃない?」

 もうひとつの真なる世界では、『真価』の力もあるし、金銭的には働く必要があまり無いため、大体の人が『なりたい自分』になれる。

「だから……正直ここにきてからずっと…自分自身がこのワールドでどうなりたいか、それは考えてこなかったんだよね」

 くすりと微笑む。

「だからすぐしたいコトを見つけるセイガが羨ましかった」 

 はじめて知ったその言葉に、セイガは驚く。

「でもね、私も夢を叶えたい!」

 赤い小さな額窓をユメカが見せる、そこにはユメカの能力が書き込まれていた。

「これは……〈夢空イマジナリィ〉?新しい力…なのか?」

「そう、何故かなんの説明も無いんだけど、セイガの『スターブレイカー』の称号みたいにアレから急に生まれたんだ」

 それを確かめるように、星を指差す。

「私にも、私だけの力があるのなら…やっぱり夢を追い続けて叶えようとするのがきっと…大事なコトだから」

 大きく息を吸う。

「だから私は隠れてコソコソとレイミアさんの歌を練習するんじゃない…ちゃんと自分の歌を作ってみんなの前で歌いたい。それだけじゃなくて沢山の人の心に寄り添えるような曲を歌い続けたい…それが私の目標」

 そう言ってセイガの方に向いたユメカの瞳は、とても綺麗だった。

「ユメカの歌にはそれだけの力があると…俺は思う」

「そうかなぁ……えへへぇ」

「俺もそれをずっと応援したい……そうか…それが『ファン』なのか」

「…あ、そうかも」

「だったら俺はユメカのファン1号だ」

 それはとても晴れやかな気持ちだった。

「ありがと…あのね、だからこれから私も色々動こうと思ってます」

「ふむふむ」

「作曲でしょ?ライブの準備でしょ?プロモーションだって色々考えなきゃ…まあそれはそれとして…セイガ?」

 セイガはキラキラした表情でユメカを見ている。

「俺も、そうだな…目標を立てるよ、ユメカには聞いて欲しい」

「うん、わかった♪」

「俺の目標は…『大佐に勝つこと』!」

「…あれ?セイガって大佐さんと戦ったことがあったっけ?」

「いや、まだだけれど…今の俺では全く歯が立たないくらいあの人は強いよ」


 昨日の話だ、デズモスの地下基地に行った際にふたりは基地内の施設を案内してもらった。

 居住区にはふたりの部屋もそれぞれ用意されていたし、場合によっては数日、数週間生活するかもしれないので重要なことだったのだ。

 基本的には大佐を含め大きな体長の者に適した構造だが、あまりにそれに統一すると困る者もいるだろうからと、一部の区画、例えばふたりの部屋などは通常の人間サイズでまとまっていた。

(大佐はその場合、外で待っていた)

 そんな中、訓練室を見ていた時、大佐がセイガに軽く戦ってみるかと提案したのだが…セイガは逡巡の後、断っている。

「…そうか」

 と大佐はそれだけで理解したのかその後は何も言わなかった。


「本当は戦いたかった、今の全力を大佐に見てもらいたかった」

「そうなんだ…じゃあなんであの時は戦闘をしなかったの?」

 ユメカが首を傾げる。

「ハリュウのことが頭を過った、あそこで大佐に鍛錬してもらうのは…まだ早い…ちゃんとハリュウに勝ってから堂々と修行をしたいと思ったんだ」

 明後日、正式にハリュウとの決闘が決まっている。

「ケンカのときはスゴイ貶しあいだったけど、ハリュウってもしかしてあんまり強くはないの?」

「そんなことは無い、デズモスの一員だ…相当の実力者だと思う、それにまだ何か隠している風でもあったな」

 悔しくはあったが、セイガもハリュウの実力を認めていた。

「へぇ~…でも、勝つんでしょ? うはっ」

 ちょっと意地悪そうな、ユメカの微笑み、

「ああ、絶対に勝つ…そして俺のことをちゃんと認めてもらうよ」

「そっかぁ……あ、ちなみに明後日は私、セイガばっかりを応援しないからね」

 ユメカがセイガを指差す。

「そうなのか…それは残念だ」

 心底落ち込んだ風のセイガ…ちょっと良心というか何かが擽られた。

「ふふ…そんなにシュンとならないでよ♪…だって、明後日は結局私達3人だけで行くんでしょ?それで私がセイガを応援してたらなんか可哀そうじゃない」

「確かに…そうかも知れないな」

「それに…あくまで見届け人として明後日は行くわけで、私は…けして景品になったわけじゃないんだからね☆ うふふ」

 そう言ってセイガの額をぴしりと指で弾く。

「あいたっ」

「あはは♪だから今日言っとく……がんばってね、セイガ」

 そんなユメカの心遣いが嬉しかった。

「明後日は全力で、心残りがないように頑張るよ」

「うん」

「ハリュウは人として気にいらない所はあるけれど、正直戦ってみたい面はある」 

「うん、でも私…セイガとハリュウは結構仲良くなれると思うなぁ」

「ええ?…そうか?」

 凄く心外そう。

「うふふ、だって雰囲気とか似てるもん…多分ハリュウも悪い奴じゃないよ」

「それは違うと思う」

「あははっ♪」

 そして…

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