第8話

 それは運命の、出逢いだった。

 そう、『彼』はのちに語っている… 

 開いたドアの先には、ひとりの男が俯きながら椅子に座っていた。

 よく見ると前に降ろされた両手には手錠のようなものが嵌められている。

「あ……ほほほ、ごめんあそばせ」

 サラが苦笑しながら何をか唱えると手錠は光り、霧散した。

「……」

 男は目を瞑ったまま、無言を貫いている。

 しかし、そこには只ならぬ気配…張り詰めた糸のような空間があった。

 大佐の首がセイガを促す。

 セイガはそれに従うような形で男に近付く…

 刹那、男の目が開いた!

 燃えるように赤く綺麗な瞳、ざんとセイガを捉えると

「お前がセイガ・ラムルかぁぁぁぁぁあ!!」

 拘束無き獣はセイガに掴みかかって来た、セイガの反射神経でも躱せぬほどそれは鋭く速かった。

 それでも身を守ろうと咄嗟に手を挙げていたので、組みあうような体勢になる。

 改めて男の顔を見てみると…

「…涙?」

 男の赤い瞳から一筋、確かに涙が落ちて

「違う!コレは悔し涙だ!!」

 男はセイガを突き飛ばし、それを拭いながら言い訳をした。

「セイガ…お前が…お前が!」

「落ち着きなさい」

 男の顔に、急に煙のようなものが発生する、同時に男はカクリとセイガに倒れ込んだ。

 サラの仕業だ。

「『スリープクラウド』…基本にして奥義よね」

 抱きとめた男は確かに寝息を立てている。

 かくして男との邂逅は一旦幕を閉じた。


 ユメカは眠っている男を見つめている。

 セイガは男が起きるまでこの基地の説明を大佐とサラから受けていた。

 なんでもこの魔法は掛かって5分は何をしても起きない特別な効力があるのだそうで…仕方なく挨拶の前に説明をすることにしたのだ。

「結構…キレイかも」

 男は金色の癖のある髪を肩まで伸ばしている。

 濃い緑色の軍服、おそらくデズモスの制服なのだろう、それも良く似合っていた。

 身長はセイガよりちょっと低いくらいだけど、体格は男の方が少しだけがっしりとしていた。

 この部屋にはベッドは無かったので、男は床に無造作に寝かされている。

 ユメカは暇つぶしに見ていただけなのだが、こうやってみると何か親近感のようなものが湧いてきた。

「あ」

 おもむろに男の目が開く、屈んでいるユメカとみつめあう形となり…

「…可憐だ」

 男は顔を赤くした。

 みるみると紅潮は広がり…

「す、スマンっ!」

 男は立ち上がると壁際まで後ずさった。

「おお、起きたか」

「すいません大佐、混乱してしまって…オレ」

 気付いた大佐に男は大きく頭を下げる。

「俺は構わんが…さっさと自己紹介をしろ」

「全く第一印象から目立ち過ぎよ、反省なさい」

 男は姿勢を正すと、敬礼をした。

「オレの名は『ハリュウ・Z・K・エクレール』だ、よろしくな!」

 先程の数々の暴挙は感じられないほど爽やかだ。

「はじめまして、聖河・ラムルです」

「沢渡夢叶です♪ ちなみにハリュウの方が名前なの?」

 ハリュウは頬を掻く。

「正しくは『破竜ハリュウ是空ゼクウ・カイザー・エクレール』と読むんだ、破竜が名前、エクレールが名字と思ってくれて構わないぜ」

 そう言い放つと闊達に笑った。

 セイガは不思議と、その名前に聞き覚えがあるような…気がした。

「よろしく、ハリュウ」

「…オレはお前とヨロシクする気はない」

「…へ?」

 ハリュウがセイガを指差す。

「何が『スターブレイカー』だ、たいして強くもないお前があの大佐からの直接個人訓練を受けられたり、あまつさえ…こんな可愛いユメカさんの護衛だと?オレはぜってー認めない…認めたりせんぞ!」

 その言葉には、さすがのセイガもカチンと来ていた。

「…お前に…何が分かるって言うんだ!、俺だって自分の置かれた立場が大変なのは理解しているけど…俺は今まで全力で生きてきた、お前にそこまで言われる筋合いはないぞ!」

「セイガ…」

 珍しいセイガの言葉遣いに、ユメカは戸惑っていたが…同時にちょっとだけ安心していた。

「ユメカは俺が守る…これからもっと強くなってな!」

「いいや、ユメカさんはお前には渡さん、オレとデズモスで充分だ!」

「え~と…私はモノじゃあないんですけど~はは」

 両者を見比べながらユメカは呆れ顔になる。

「大体、人のことを酷く言っているがお前の方こそユメカをちゃんと任せられるほど強いのか?」

 セイガは相手の強さを読む目を持っている。

 だから大佐やサラ術次長のことは充分に尊敬していたが、目の前の男は大口を叩く程には強く思えなかった。

「言ってくれたなおい、オレは偽物『スターブレイカー』なんかけちょんけちょんにするくらいには強いぞ!」

 そのままセイガの襟元を掴む。

「そうかよ!」

 セイガはその動作に負けない瞳でハリュウを睨む。

 重い雰囲気の中、ふたりの視線がぶつかり合う…

 ユメカは慣れない光景におろおろしていたが、大佐とサラさんは全く動じていないというか、ある意味楽しそうに様子を見ていた、

「だったら…俺と勝負だ、ハリュウ!」

「ええっ?」

「上等だ、ユメカさん(の守護者)を賭けて決着つけてやる!」

「えええっ?」

 律儀に何度も驚くユメカを、ふたりの男がみつめる…

 それぞれ、熱い想いのこもった眼差しだった。

「……あのね。セイガ、大丈夫?」

 それは単にいつもと違うセイガを思っての言葉だったが…

「ああ、安心してくれ、俺は絶対に負けない」

 セイガには全く通じてなく、ユメカはただ頭を抱えたのだった。



 その後、あっさりというか、大佐とサラの調整によりセイガVSハリュウの決闘の場所と日時が決まった。

「いいんですか?こんなんで…」

 不安顔のユメカに

「いいのですよ、これから長い付き合いになるでしょうから最初に白黒つけた方がお互いの為になる筈ですわ」

 サラさんは気安く答える。

「ま、デズモスは直接は関与しないあくまで私闘として許可するだけだ。だから俺も術次長も見には行かんぞ」

 大佐も問題視はしていないようで

「本当は見に行きたい所なんだが、何分なにぶん俺も忙しくてな」

 そう付け加えると豪快に笑った。

 因みに、決闘が決まってからのふたりは随分とおとなしくなり、来るべき戦いに全てを吐き出すべく心を研いでいるようだった。

「大佐にしかできない任務が沢山ありますからね…空いた時間はセイガさんとの訓練に使用して頂く予定……全く羨ましいわ」

 最後はちょっと小声でサラさん

「結果がどうあれ、報告を楽しみにしてるぞ」

 大佐が男ふたりを鼓舞する。

「はい」

 セイガはようやく気が晴れたように…笑う。

「ちなみに決闘直後はある意味任務に支障が出るかもなので術次長は居てくれた方が助かるんですが…」

 ハリュウが恐る恐るサラさんの顔色を窺う。

「は?そんなことで任務に支障をきたすようなクズはデズモスじゃないわ」

「了解しました!」

(あたしだってスケジュールに余裕があったら大佐を誘ってたわよ)

 怒り心頭な術次長に睨まれたハリュウは、すごすごと立ち去る。

 そうして、この日の会合は終了した。

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