第7話

 広く長い学園の廊下をそれぞれが歩く、やはり人のいない学園は不思議な感じだった。

 そもそも封印を守るために休校にしたというのが真実だろう。

 封印を掛ける前に誰かに聞かれては折角の封印も台無しだ。

「ふぁ~あ……面倒だったけれど…ひとまず日常生活するのに不便にならないのは良かったかなぁ」

 キナさんが大きなあくびと共に口を開く。

「私は一応学園に籍を置いているから…ずっとみんなの処分がどうなるかドキドキだったわ」

 レイチェル先生はずっとそれが心配だった。

「わざわざ王を呼びつけたのだ、もう少し礼を尽くしても良いだろうに」

「まあまあ」

「ユメカさまとセイガさまがぶじなのが一番ですよぅ」

 エンデルク達3人も其々に気になる面があったのだろう。

「その辺はあちらさんでどうにかしてくれるじゃろうて…およ?」

 上野下野が前方を指差す。

 その学園の入口にはふたりの男女が呆けるように立っていた。

「あー、モブ沢じゃないかー…ソッチの具合はどうよ」

 そう、先に封印をされたベレスとモブ沢さんだ、ちなみにふたりの封印は少しだけ内容がちがくて…

『スターブレイカー事件と今日の呼び出しに関する全ての時間の封印』だった。

 のでふたりは何故ここに今いるのかイマイチ分かっていない。

「…え?(謎)」

「ああー、まあ災難だったなお前も」

「ええ…(?)」

 訳も分からないまま出てきた面々を見渡す。

「おいおいそれよりどうして俺様がここにいるんだよ」

 ベレスが喚きたてる、八つ当たりとしか思えなかったが事情を知っていたので寧ろ憐れんでしまう。

「気にしない方が身のためですよ、ベレスさん」

 テヌートが穏やかに諭すがベレスには効かない

「大体このメンツならユメカとセイガもいる筈…なのにこれはどういうことや?」

 そう、ここにユメカとセイガはいない。

「あああー、それがね、ふたりは別の所にもう行っちゃったんだよなぁ」

「ええええーー?(泣)」

 モブ沢さんの声が悲しく響く。

 キナさんは頭を掻きながら、自分の知らないどこか遠くに行ったであろうふたりの身を思ったのだった。 



 グレーで構成された固い地面に、魔法陣らしき模様が直接描かれている。

 テレポートゲートだ、半径10m程のそれが青く明滅して数秒後、作動した。

 光が収まるとまずはセイガが感嘆の声を上げた。

「これは…スゴイですね!こんなに広いこの空間は…地下ですか?」

 広大な敷地、滑走路を思わせる長い舗装路には幾つもの鋼鉄の機械や沢山の木箱が置かれている。

 奥の建屋は簡素だが重厚な砦のような威圧感がある。

 建屋にも兵器だろうか、セイガには分からない装置が取り付けてある。

 天井はネットのような金属に覆われており、岩肌の間に照明器具が大量に取り付けられ、視界は良好だ。

 遠い滑走路の先からは、微かな潮の臭いを帯びた風が流れている。

「良く気付いたな、ここはとある場所の地下に建造されてるんだ」

 これらが…全て地下にあるというのだ。

「ええ…何となく閉鎖された空間の雰囲気は分かるらしいです」

 セイガの肌が、ここの凄さを感じていた。

「あー、あーーー♪……声はあんまり反響しないんですね、くすくす」

 軽やかに歌いながらユメカ、

「あちこちに消音の防御壁を使用している、音は場合によっては兵器にもなるからここでは対策が必要なのさ」

 大佐に引き連れられ、セイガとユメカだけは学園内からこの場所に来た。

「ここはデズモスの本拠地、俺たちは『地下基地ホーム』と呼んでいる」

「先程から『デズモス』という言葉を何度か口にしていますが、それは一体何なのですか?」

 セイガの問いかけに大佐が長い首をにゅるっと曲げながら答える。

「デズモスは俺の私設軍隊だ、とは言っても管理は次長達に任せている」

 私設軍隊…傭兵のようなものだろうか、かなりの規模を持ってそうでセイガには全容が読めなかった。

「俺たちが自分の信じる平和を守るために作ったのがこのデズモス」

DZMSデズモス、正式名称は『Dangerous Z-Dragonewt and his Modest Supporters』…ですわ♪」

 大佐の説明に混じって、いつの間にか3人のすぐ傍にひとりの女性が立っている。

 とてもボリュームのある黒髪、背中から見たら黒板にも使えそうなほど…

 その中に一房、金色が映える。

 タイトな緑色の軍服を纏っていたが、胸の部分は無理矢理押し込めたのか…かなりパンパンだ。

 そして気の強そうな茶色の瞳がセイガ達を捉える。

「はじめまして、あたしはサラ・シアン・グリードマン術次長、貴方たち…特にユメカのサポートをする者よ」

 そう言うと誇らしげに手を伸ばす。

「聖河・ラムルです」

「えへへ…沢渡夢叶です…よろしくお願いします」

 次々と握手を交わす。

「それで、コレが許可証ともいえるテレポートパスだ」

 大佐がその大きな掌を差し出すと、そこにはふたつの丸い装置があった。

「うわぁ、さっすが大佐さんの手は大きいなぁ……そのまま乗れちゃいそう」

 とても小さい装置に見えたが、ユメカがひょいと手に取ると丁度手のひらに入る大きさだった。

「ご希望ならば差し上げてみようか?」

「ふふ…大丈夫です♪ 大佐さんって最初見た時はあまりに大きいし、ごつい鎧を着ているからちょっと怖かったけれど…気さくな方ですね♪」

 安心するユメカに

「勿論です、この方の人徳は並外れていますから、それに敵には恐怖を与えますがその姿は荘厳にして美麗なのですよ?」

 術次長が誇らし気に説明する。

「うふふ、確かにカッコいいですよね、私もそう思います♪」

「貴女…見所がありますね♪」

 術次長が両手で握手をした。

 ユメカの場合、カッコいいというのは異性に対するモノではなく、爬虫類や虫などに感じる魅力だったのだがそれを言うと確実にサラの気を害しそうだったので内緒にしておく。

 そんな女性ふたりを見守りながらセイガも大佐に近付く。

「テレポートパスというのは…このテレポートゲートに関係する物ですか?」

 セイガの方はやや恐る恐るという風で手に取る。

 戦う者として、大佐の掌には強い力を感じたのだ。

 大佐の人柄は理解できたが、まだユメカ程友好的にはなれなかった。

「ああそうだ、使い方はあとで術次長から聞いてもらうとして、コレがあれば好きな時にこの地下基地に来ることが出来るって寸法だ」

 渡し終えた大佐が手持無沙汰そうに頭を掻く。

「これから定期的にお前さん達にはここに来てもらいたい…それが俺の提案だ」

 セイガを見る、少しだけ力を込めた瞳…射貫かれそうだ。

「セイガ、お前はここで俺が直接訓練してやるつもりだ」

 ニヤリと牙を見せて笑う。

「それからユメカ、お前は普段は外でデズモスの護衛を受けることになるが、並行してここで『W真価』に関する検査と調査を受けてもらいたい」

「それは…」

 少しだけユメカは迷っていた。

「ユメカは俺が必ず守ります」

 そんなユメカを庇うようにセイガが大佐の前に立つ。

「そうだな…恐らくお前さんたちが『あの時』力を使えたのはそのお互いを想う気持ちがあったからだろう…だがな、今出来ることは全てやる、それが俺の流儀だ」

 翼を一瞬はためかせる、それだけで存在感が増したように見えた。

「これはあくまで提案なので断ってもらっても構わない、しかし短時間でセイガを『スターブレイカー』の名に恥じないほど強くする、ユメカを守りながらユメカ自身の力を伸ばす…そしてそれは出来るだけ秘密裏に行いたい…そうなればこの方法がより良いと俺は思っている…どうだ?」

 沈黙が漂う。

 大佐の長い尻尾も答えを促すようにゆっくりと床を舐めた。

「貴方たちは恵まれているのよ…あの大佐がここまでしてくれるのですからね」

 サラの目には信頼だけでない、大佐に対する強い愛情が籠っている。

 デズモスはその名の通り、大佐を信奉する者たちの集まりなのだ。

「私は…すこし怖いけれど……自分の力が知りたいです!」

 ユメカはそう決めた。

「俺は…意固地になっていたのかもです。ずっとユメカの傍にいられるわけじゃあないし、俺の力はまだまだだ」

 俯く…でもそれは今だけ

「強くなるために、お願いします!ここで戦わせてください」

 改めて、前に進もうとセイガは実感した。

「ああ…必ず強くしてやんよ」

 がしと大佐がセイガの肩を掴む…が、その勢いでセイガは固い床に叩き込まれる形となった。

「あははっ」

 その大げさな音ほどはダメージもなさそうだったからか、ユメカが笑った。

(ユメカには…やっぱり笑っていて欲しい)

 気を使ったのか、サラが手を伸ばしセイガを立たせる。

 そして、代表してこう言った。

「デズモスへようこそ♪」


 巨大な大佐を先頭に4人は建屋内へと移動している。

 途中、他のスタッフとすれ違ったが、その度に彼らは大佐へ敬礼をしていた。

 大佐には明らかにここの主という風格があった。

「歩きながらで悪いが改めて説明する、セイガの訓練は俺…それからユメカの護衛は術次長がそれぞれ行う」

 建屋内も大佐基準で作られたのだろう、天井、廊下…全てが大きく窮屈そうな感じはまるでない。

「しかし、俺も術次長もある程度忙しくてな…」

「ある程度…ではないですけどね。大佐はデズモスの代表、そして組織の運営はあたしと残りふたりの三次長で行っている訳ですから」

 そう、サラもデズモスの上層部の人間だ。

デズモスここは階級は無いんだ。『大佐』ってのはあくまで俺のコードネームで前の世界で軍の大佐だったからそのまま馴染んで使っている」

「なるほど」

 言われてみれば大佐のことを誰も名前では呼ばなかった。

 ミナっちの言葉にもあったが、どうやら本名は知られたくないらしい。

「あたしたち次長、というのは大佐に次ぐ実力を持つ代表という意味で、それぞれ魔法関連を統括する術次長、戦闘関連を統括する戦次長、作戦関連を統括する策次長がいるわけ…勿論そのいずれに於いても実力は大佐の方が優れているわ」

「サラさんも充分強そうなのに…」

 ユメカも魔法はある程度学んでいたのでサラの実力はすぐ分かった。

 後ろから見ると、本当に歩く黒板のように見えるサラだが、その中にはとんでもない量の魔力を感知できるのだ。

「これでも古今東西、幾千もの世界の魔法を習得しているわ」

 サラは自らの『魔』の『真価』を一瞬目の前に出す。

 セイガもぞわりと寒気を感じるほど、それは力を持っていた。

「以下構成員は各自、得意分野を生かしつつ流動的に作業に当たります。ここの構成員は皆…強いわよ?」

 デズモスという組織は、軍隊と名付けられていながら上下関係というよりも個々の戦力を合わせるような仕組みなのかもしれない。

「だから俺と術次長が忙しい時にサポートを一手に引き受ける常駐のメンバーを決めることにした、今から会わせるのはそいつだ」

「コードネームは『主役』、そうね…すごく面白い子よ☆」

 主役とはまた、随分と自分に自信がありそうな名前だ。

 セイガはまだ見ぬ相手に興味と興奮を覚える。

「器用なヤツなんで、セイガとユメカ、どちらの仕事も上手く熟すだろう、……まあなんだ…仲良くしてやってくれ」

 大佐にしては珍しく、何かを言い淀む感じだ。

「ちょっと血気盛んな面があって今は別室に拘束…いえ待っていて貰ってるのだけれど…問題無いわ」

「今『拘束』っていいましたよねぇ!?」

 ユメカの足が一瞬止まる、この中では一番歩幅が短いのですぐに離されてしまう。

「ははは、どうやらアイツもふたりに会うのが楽しみで仕方ないんだろう」

「ちょっと不安にっ…なるんですけどっ」

 走ってようやく追いつく。

「安心だ…もうすぐ着く」

「やっ…そうじゃなくて~」

 廊下の途中で大佐が止まる。

 横には大佐でも通れる大きなドアがひとつ…

 4人を待つ。

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