記憶堂 空からの願い事
御剣ひかる
誰かと幸せになっちゃいけない
同僚の女の子に告られた。
ちょっと、どきっとした。
実は俺も、彼女、斎藤亜弥さんのことは、優しいし仕事もできるなって少し意識してたんだ。
でも俺から告白することは絶対にないって思ってたし、彼女みたいにモテそうな人は俺なんか相手にしないだろうって思ってた。
そう思い込んでいたから、まさに不意打ちだった。
お昼休みに外に食事に誘われて、軽いノリだったからおんなじ感じで軽いノリでOKした。
店に行くまでも、料理を待ってる間も食べているときもにこにこして冗談なんかも話して、まったく意識してませんよ、って感じだったのに、会社に戻る途中で急に真面目な顔になって、「わたし川上さんのこと好きなんですよ」って告られた。
よかったら付き合ってほしいです、って言われて、嬉しくないわけはなかった。
けれど、うなずけなかった。
亜弥さんは、煮え切らない態度の俺に微苦笑を返して、返事は今でなくてもいいですって言った。
だめかなーって顔だったな。
君が嫌なわけじゃないんだ。
だって、俺はもうカノジョとか作れる立場じゃないんだ。
二年前、まだ大学生の時に、カノジョがいた。
一瞬のことだった。大通りで手をつないで歩いてたら、前からふらふらやってきた犯人がいきなり刃物を取り出して優希のお腹を刺した。
彼女が刺されてから、俺は無我夢中で犯人に殴り掛かったけど、それ以降の記憶がない。気が付いたら病院にいた。
彼女を守ることができなかった。
あんなにそばにいたのに。
俺だけ助かってしまった。
俺はもう、誰かと幸せになんか、なっちゃいけないんだ。
そう思っていても、亜弥さんに告白されてうれしかったし、付き合いたいなって思ってしまった。
ごめん、優希。
俺のこと恨んでるよな。
そう思いながら、その日の帰り道、駅に向かって歩いていた。
……あれ、こんなところに本屋なんかあったっけ? 駐車場じゃなかった?
でもこの本屋、ずーっと前から建ってるっぽいみたいな、建物も古い感じだ。
俺の記憶違いだったかな。
なんか、気になるな。
別にほしい本があるわけじゃないけど、俺は本屋の引き戸を開けて中に入った。
うわ、思ったより狭い。
そのくせ本がたくさんで、平積みで高く積まれているところもある。
……知らないタイトルばっかりだな。
装丁も古臭い感じのものだ。
めぼしいものはなさそうだ。
俺は店を出ようとした。
一冊の本に、目が留まる。
薄いクリーム色の表紙の、ちょっと薄い文庫本サイズの本だ。
『楽しい時間をくれたあなたへ 有田優希』
作者が優希と同姓同名だ。表紙の色も優希が好きだった色だ。
すごく親近感がわいて、俺は本を手に取った。
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