電信の謀

平葉与雨

 ここ最近、インスタに同じアカウントから気持ち悪いDMが送られてくるようになった。


『今日も可愛いね』


 私はどこにでもいる普通の女子大生。そもそも自分の顔が出てる写真なんて一度も投稿していない。後ろ姿か顔にモザイクがある全身写真くらいだ。

 最初はイタズラだと思ったからそこまで気にしていなかったけど、今朝のDMにはゾッとした。


『その赤いシャツ似合ってるよ』


 このシャツは昨日買ったばかりで今朝初めて着たし、まだインスタにも投稿していないのに何で知ってるの!?

 流石に怖くなった私はすぐに探偵を呼んで家中を調べてもらった。


「盗聴器や盗撮カメラといった物は特にありませんね」

「えっ、じゃあどうして……」

「ちなみに、外出中に誰かに見られてる気がしたり、後を付けられてる気がしたりということはありましたか?」

「いえ、特には……」

「では何か気付いたことはありますか? 例えば、この時間にDMが多いとか、この日はDMが来ないとか」

「そうですね……あっ、曜日はバラバラだけどいつも朝に送られてきます」

「朝ですか……」


 探偵は少し考えるような素振りを見せた後、


「数日だけ様子を見させてください。ただし、いつも通りでお願いします」


 と言って調査をやめ、足早に帰っていった。


 あの人で大丈夫かな? とりあえず任せるしかないけど……。

 私はそう思いながら数日の間いつも通り過ごした。


 その間にもあのアカウントから気持ち悪いDMが二件届いていた。


『その服装も好きだよ』

『ちょっと痩せたんじゃない?』


 本当に気持ち悪い。好みに合ってる服を着てる自分が嫌になるし、誰のせいで痩せたと思ってんの! あーもう早く何とかして……!!

 そんな時、探偵から電話が掛かってきた。


「調査結果が出ましたので、今日のお昼頃に伺ってもよろしいでしょうか?」

「お願いします!」

「ちなみに、今部屋のカーテンは開いてますか?」

「……はい、開いてますけど」

「それでしたら最初の時と同様、私が来るまでに何気無い感じで閉めておいていただけますか?」

「分かりました」


 探偵は「ではまた後で」と言って電話を切った。

 これで解決すれば良いけど……。

 私はスマホを握り締めたまま探偵が来るのを待った。



 ——十三時頃。


「お待たせしました」

「どうぞ」


 部屋に入った探偵はカーテンに背を向けて話し始めた。


「単刀直入に言います。実は、盗撮カメラが仕掛けられていました」

「えっ、でも家の中にはどこにも無いって言ったじゃないですか!」

「ええ、ですから家の中にはありません」

「ど、どういうことですか?」

「このカーテンを開けると、目の前に電柱がありますよね? そこです」

「で、電柱!?」

「はい。来る前にこの階の二つ上から確認したので間違いないかと」

「で、でもどうしてそんなところに……」

「私が着目した点は二つあります。一つは、最初にDMが来た日です。その日から一週間以内にこの付近で工事系の作業があったかどうか調べたところ、DMが来た日の二日前に電柱の点検がありました。その時にカメラを設置したと考えられます」

「そんなことってあり得るんですか? 充電はどうやって……はっ、もしかしてソーラーパネルとか!?」

「私も最初はそう思いましたが違いました。見たところ、それらしきものは付いていなかったです」


 私が顔をしかめる中、探偵は淡々と話を続けた。


「今回使われたのは恐らく電磁波です」

「電磁波……」

「時間が経っても犯人はカメラのバッテリーを交換しに来なかった。その間もDMは来ていたのですから、電線から発せられる電磁波で充電しているのでしょう」

「電磁波充電って、最新技術ですよね? 最近ニュースアプリで見た気が……」

「そうです。まだあまり広まっていないので、犯人は相当知識が豊富ですね」

「で、でもどうやってリアルタイムで見てたんですか? あのDMは明らかに……」

「近くのフリーWi-Fiを経由して遠隔操作している……そう考えるのが妥当かと」


 怖い。怖すぎる……。

 私は身震いしながらもう一つの方を聞いた。


「もう一つはカーテンです」

「カーテン?」

「はい。数日間張り込んでいて気付いたのですが、カーテンが開いていた日だけDMが来ていました」

「あっ、なるほど」

「スマホから盗撮している可能性も考えましたが、それならカーテンに関係無くDMが来るはずです」

「……そんなこともあるんですね」


 私がスマホに目を移した時、探偵は話をまとめ始めた。


「以上のことから、まず向かいの人の可能性が無くなりました」

「えっ、どうしてですか?」

「わざわざカメラなんて仕掛けなくても見えますからね」

「あっ、確かに」

「加えて、犯人はこの近くに住んでいないです」

「どうして分かるんですか?」

「私は有名ではないですし、どこからどう見ても普通の男です。そんな男が目当ての女性の家に入ったのを見れば、何かしら行動を起こすはず。ただ、私が来た後も特に変化は無かった。それが証拠です」

「なるほど……」


 私は深呼吸をしてから探偵に質問をした。


「そこまで分かるなら、犯人がどこの誰かまで分かっているんじゃないですか?」

「はい、一応」

「じゃあ捕まえてくださいよ!」

「申し訳ありませんが、私はただの探偵です。現行犯でない限り、犯人を捕まえることは出来ません」

「そんな……」

「それに、私の調査結果が正しいとは限りません。あの日に点検をしていたのが誰か分かっていても、それがイコール犯人とは言えないのです。証拠も無いのに当人に事実確認をすることは逆効果ですし、警察のように細かく調べることは私には出来ませんから」

「じゃあどうすれば良いんですか?!」

「そこはご安心を。知り合いの刑事に事の経緯を伝えてありますので、彼に相談してください」

「……分かりました」

「では、私はこれで」


 探偵が部屋を出た後、私はすぐに警察に電話して知り合いだという刑事に取り次いでもらった。



 ——数日後。


 話を聞いてくれた刑事から犯人を逮捕したと連絡があった。

 問題の犯人は探偵が予想していた人物と一致していたとのことで、スピード解決に至ったとか。

 犯人の部屋から押収された証拠品の中には、私の写真や動画が大量にあったらしい。

 本当に気持ち悪い。想像しただけで吐きそう……。でも、とりあえずこれで安心出来る。

 私はそう思いつつ、しばらくの間はカーテンを閉めたまま過ごした。



 ——ある日。


 私は部屋の空気を入れ換えるため、久しぶりに窓とカーテンを全開にした。

 涼しい風が部屋の中に流れ込み、少しだけ気持ちが安らいだ。

 とその時、


 〜♪


 スマホから通知音が聞こえた。通知欄にあるアイコンは——インスタ。

 私は恐る恐るアイコンの隣に目を移すと、


『久しぶり。やっぱり可愛いね』


 別のアカウントから吐き気を催すDMが届いていた……。

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電信の謀 平葉与雨 @hiraba_you

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