Exsophiaー夢と希望の物語ー

赤月なつき(あかつきなつき)

第1話ぽつんと

……異世界転生だろうか。

 いいや、召喚か。

 

 俺は冷静だった。周りも冷静だった。まるで幾度も出くわした場面のようだった。

「貴様名は何という」

「翔太」

「……しょうた?はて、何という字か」

俺は書いて見せた。紙に。紙は燃えた。

「おお!翔太!なんてことだ!貴様があの古き勇者なのか。信じられん。まだ時ではないのだろう。イシュトリアン・スターレイクという男と会うと良い。この世界についてはあやつの方が詳しい」

「誰すかその人」

「学者じゃ。魔法学者をしておる。エルフは知っておろう。まあイシュトリアンに会いたいと話せばだれか案内してくれるじゃろう。お主は勇者であるからのう。困ったら人を頼り給え」

「あんた誰なんだ」

「シャドウハートだ」

 俺は人づてでイシュトリアンを探すことにした。

「なああんたイシュトリアン・スターレイクに会いたいんだけどどうしたらいいんだ」

 

 通りすがりの男に尋ねた。

「拙者に尋ねるでござるか?……ほれ、彼方の丘が見えるでござろう。そこから見下ろせばわかる。目印は煙でござる。登るのはちときついが、お主ならば平気でござる。行きなはれ」

俺は丘を目指した。その丘は俺の目線を上にあげると見える場所にありそれなりに高い。

 俺はそこまで歩いていかねばならないのか。仕方ないな。俺は歩く。前を。ただ上を。

 

 階段だ。丘を登る人のために創られたレンガの階段が俺を手招いていた。

俺は階段を上った。

 思いのほか楽だった。

 俺は頂点まで登った。

 煙が見えた。左下、小さな坂とドアだ。くぐるのだろうか。

 いいや、腰くらいの高さに柵が置いてある。これを通れってことだ。

 ……ボロボロだな。

 俺はそう思った。柵を退けて家を見つけた。木々をかき分け光があまり入らない、小さな家屋に、看板があった。

《イシュトリアン・スターレイク》

 不思議なことにそれは日本語で書かれていた。俺は日本人なので頭の中に浮かぶ声も日本語である。

 俺はその表札を見てドアをノックした。家の周りには火をくべる焚火場所や洗濯物を干す竿が置いてあった。

ギギッ……

 

 ドアが開いた。

「どちらさまでしょうか。……おや、勇者様ではありませんか。記憶を失くして戻ってこられたので?」

「?」

 なんのことだろうか。

「ああいえ、お気になさらず。ようこそおいでくださいました。ささ、ここではなんですし。奥へどうぞ」

 彼はドアを開けた。俺は中へ案内された。家屋は小さいながらも天井が高く、外からの木漏れ日が優しい。

ダイニングチェアに座る。

「ココアでもどうです?」

 俺はうなずいた。驚いた。思いのほか普通の言葉が通じるのだと。

「どうぞ」

「あざます……。甘いっすね」

「そうですね」

チョコレート色の甘さが体の芯まで伝わる。

 甘さは優しさ。けど甘すぎる。

 俺がここに来て辛いと思っているのだろう。

「少し甘すぎますかね。あなた名前はなんというのです」

「翔太です」

「翔太さん。はじめまして。私はイシュトリアン・ ウィスダムフェイス・スターレイクです。皆からはイシュリアンと呼ばれています」

「イシュリアンさん」

「はい。」

「……。あの、なんで俺ここに来たんでしょうかね」

「それは、そうですね。この世界が少し歪んでいるからかもしれません。百年前、人間を大量に召喚すると言うことが流行りましてね。異世界から人間を召喚したり、転生させたり、まあいわゆるタブーな行為をたくさんしていたのです。元々は魔法医学の発展のために英語を知っている人を数人だけ召喚しようという話でしたのに」

「そうなんですか」

「ええ。それはもう酷い有様で。たくさんの犠牲が出ました。」

 彼の目は優しい。緑色の瞳をしてる。優しすぎるのだろう、彼は。

「俺はそんな酷い理由でここに召喚させられたのでしょうか」

「おそらく少し違うでしょう。ただ答えを出すのはまだ早いです。この世界を生きるには智恵が必要です。私がいくつか知っている知識を教えます]

 そう言うとドアパネルが勢いよく開かれた。ふよふよと浮かぶ大量の箱。金縁の布で覆われた箱と青いリボンで留められた封筒が山の様に降り注ぐ。

「おや、人間にかかってしまったか。おい、〝荷物たち、浮かべ〟」

 俺に覆いかぶさるように振ってきた箱がふわりと空中で静止する。

「これで良い。妙に扱いづらい箱たちだ。なにが入っているんだろう。〝箱よ、開け〟」

 

 箱は封を外して中身を露わにした。と言うより、俺以外のこの喋り方の女は誰だ。金髪に紫の瞳、角も生えているのでおそらく【魔族】だ。

 中に入っていたのは、牛肉と大量のドレスと宝石と本だ。ドレスに至ってはダイヤモンドやサファイヤがちりばめられている。明らかに大金持ちだろう、この人。何者なんだ。

「エレナ先生、もういらっしゃったんですか」

 エレナと言うのか。

「ええ。実家が荷物をいい加減受け取れとうるさくてね。新年の記念に人間を1人召喚したぞ、と言うから行ってみたけどもうすでに贈ったとぬかすからね。あら、ごめんなさいね、人間。私エレナと言うの。あなたは?」

「俺は翔太だ。高崎翔太」

「ふうん。ならこれからはショウタ、と名乗る方が良いわよ」

「?発音が同じな気がするけど」

「確かにそうね。イシュトリアン、紙とペンを」

「はい。〝paper and pen come hear〟」

 すると、真っ白な紙と真っ黒なペンがドローテーブルから飛んできた。

「どうぞ」

「ありがと。この字よ」

 彼女は俺に片仮名でショウタ、と書いて見せた。

「なるほど。この世界ではこうした方が良いのか」

「異世界から来た人間はみんなこの形式で名乗るのよ。覚えておきなさい。ただ、苗字を変えないといけないのよね。あなた私のママが贈ったっていう人間でしょ。ごめんなさいね、元の生活もあったでしょうに。あの召喚術、召喚する人間はランダムで選ばれるみたいだから別世界で人間が何をしていようと関係ないみたい。本当にごめんね、私の力不足も原因なの」

 

 優しく微笑んでいた。彼女は芯がある。強い人だ。口で言うほど力不足でもない。本当にこの世界はどうしようもないのだろう。

「いいんです。俺そこまで気にしてませんから。みなさんお優しいですし」

「……ショウタ。悪いことは言わない。私達は特別だからあなたを普通に見ているけれどまだこの世界の長命種は貴方のような人を毛嫌いしているの。だから私のそばに居た方が良いわ。強さを手に入れるまでは」

「強さって?」

「戦う強さよ。剣を持ってね。冒険者ギルドに登録して旅をするの。『自由になるため』の旅をね」

「それはどうやって手に入れるのですか」

「うーん、剣に関しては専門外だけど知識はあるわ」

「なら大丈夫です。俺、前の世界でも剣士の映像を見ていましたから」

「映像……?ああ、映した像、動画のことね」

「はい。教えてください。この世界を。そんで俺をあんたの仲間にしてください」

 彼女は目を見開いた。髪を指で絡めてそっぽを向く。

「なんで私のお願いがわかるの?」

「えっ、だってあんた寂しそうだったから」


 エレナは俺の手を握った。そんで強くなった。ギュッと。握って絞める。痛い……

「この世界のすべてを、教えてあげる。ごめんね、私本名を名乗っていなかったわ。私、エリナ・シャドウハートと言うの」

「あれ、シャドウハートって」


 「お察しの通り、この世界で最も尊い一族、魔族の王の名よ。私はその娘、つまりお姫さまってわけ。ラッキーね、あなた。ここは絶対安全領域よ。これからよろしくね。ショウタ」

 「はい。よろしくお願いします」

 

 

 

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