第21話 無実の罪を着せたのはだれだ

 ネグリ殿が都に帰られてから、金の採掘が本格化された。


「洞窟で採掘された金はすべて箱につめるんだ。勝手にもち帰ったりするなよ!」


 洞窟の入り口でテオフィロ殿の下知がとぶ。


「岩の魔物はまだいるかもしれないから、むりするなぁ。岩の魔物じゃなくても、見つけたらグラートに知らせるようにっ」


 金鉱石のとれる洞窟のまわりは流人や兵たちでごった返している。


 わいわいと祭りのような声が上がって、にぎやかだ。


「それにしても、金ってぇのはやっぱり簡単にとれねぇもんだなぁ」


 テオフィロ殿の足もとに、金鉱石の入れられた箱がひとつだけ置かれている。


 鉄鉱石や錫とくらべて、金鉱石の採取量は明らかにすくない。


「しかたないさ。だから貴重なんだ」

「そうだな。金山なんていうから、もっとこう、ザクザク金がとれると思ったんだがなぁ」


 テオフィロ殿は苦笑いをするが、その表情は明るい。


「この洞窟以外にも、金がとれる場所があるかもしれない。捜索隊はまだ解散させないでくれ」

「おう! お前の発案だったら、どんなものでもOKだ。どんどん捜索してくれっ」

「ありがたい。恩に着るっ」


 プルチアの南西部は高い山々がつらなっている。


 金の他にも、銀や銅などが見つかるかもしれない。


「砂金の方はどうする? ジルダは勝手にあつめてるみたいだが」

「ひとまず、ほうっておいてよいと思う。金鉱石の採掘と比較すれば、砂金から得られる金はごくわずかだ」

「ふむ。金鉱石がとれなくなってから考えればよいか」

「そういうことだ」


 金の採掘はひとまず問題なく進められているか。


 後ろの大きな岩に腰をおろす。


 雲のない、おだやかな空が広がっている。


 何もすることがないと、ぼんやりと考えごとをしてしまう。


 ――グラートを凶悪な魔物が多いプルチアに流すつもりで、罪を着せたんでしょうね。


 ――ギルマスの、ウバルド様が、とくにあやしいって。


 俺に無実の罪を着せたのはギルマスのウバルドじゃないのか?


「しかし、金をめぐってトラブルがおきないか、心配だなぁ。何か、よい手立てはないものか」


 ウバルドは俺をにくんでいた。俺を罠にはめる充分な理由がある。


 それなのに、俺をここに流すつもりで罪を着せた? いったい、どういうことなんだ……。


「グラート、聞いてるか?」

「む、すまない。何かあったか?」


 いけない。ぼうっとしていた。


「これから金をめぐってトラブルがおきるだろうから、何か対策を考えたいんだ」

「そういうことか。それなら、まずは監視するしかないな」

「監視か。流人や兵たちを疑うようなことはしたくないが……」


 テオフィロ殿も、お人よしだな。


「そう言われる気持ちはわかるが、金のかがやきは人をまどわす。使命だとわりきるしかないだろう」

「使命、か。重いな」

「まったくだ」


 王国をしょって立つ人間になんて、なれる気がしない。



  * * *



 金鉱石の採掘は夕方に終了した。


 今日の成果は金鉱石を二箱につめただけとなった。


「あっ、グラート、おかえりなさぁい」


 家にもどると、アダルジーザとジルダが談笑していた。


「ただいま。村に異変はなかったか?」

「うん。とくにないよぅ」


 それはよかった。


「採掘の方はどうだったんだよ」

「微妙だな。思っていたほど、金鉱石はとれていない」

「なんだぁ。つまんねぇなぁ」


 だらけるジルダを見て、アダルジーザが苦笑する。


「しょうがないよぅ。そんな簡単に、とれないんだからぁ」

「そうだけどさぁ。もっとこう、ザクザク金がとれてもいいじゃん! 金山なんだからさぁ」


 テオフィロ殿とおんなじことを言っているな。


「それ、テオフィロ殿も言っていたぞ」

「げっ。マジ?」

「マジだ。皆、考えることはおなじだな」

「うわぁ、あんなオヤジとおんなじこと考えてたなんて、超ヤダ! 不潔! サイアク!」


 いやいや。そこまで酷評しなくてもよいのでは……。


「それならぁ、グラートみたいにぃ、寄付するとか!」

「うげぇ。それは、もっとヤダぁ……」


 ジルダがテーブルに突っ伏した。


 今日の晩ごはんはアダルジーザとジルダが用意してくれたようだ。


 野菜を煮込んだシチューに、焼き魚。パンが三つ。


 プルチアの牛乳をつかったシチューは少しにおうが味は濃い。


「いつもすまないな」

「ううん。グラートにはゆっくり休んでほしいから」

「そうたぜアダル。食事なんて、たまには手ぇぬいたっていいんだぜ。なぁ、グラート」

「もう、ジルちゃんってばぁ」


 なんということはない。エルコの日常だ。


 流刑地と思えないほどしずかな時間は俺の心をやさしくなでてくれる。


 こんな生活が、ずっと続いてくれればいいが……。


 食事の終わりとともににぎやかなジルダが去って、ぼうっとする時間が、またやってきた。


 頭にうかぶのは罪を着せられた、あの日のことばかり。


「めずらしいねぇ。考えごとぉ?」

「ああ。ネグリ殿が言っていたことが、頭からはなれなくてな」

「ネグリ様が、言ってたこと?」

「俺をここに流すために、だれかが俺に罪を着せたという話だ」


 アダルジーザが洗いものを終えて、向かいの椅子にこしかける。


「言ってたねぇ。そんなこと」

「俺に無実の罪を着せたのはギルマスのウバルドで間違いないよな?」

「うん。そうだと、思うんだけど……」


 あのとき、ギルドハウスに居合わせていたのはギルマスのウバルドと、勇者の館のギルメンたちだ。


 勇者の館は王国に関係する仕事をしていたが、プルチアや遠い流刑地にかかわる仕事はしていなかった。


 それなのに、俺を遠いプルチアに流そうとたくらむのか?


「ギルマスのウバルドは俺をここに流したがっていたのか?」

「うーん……そんなことはないと思うんだけどぅ」

「それなら、ネグリ殿が思いちがいをしているのか?」

「でもぅ、そんな口ぶりじゃなかったよねぇ」


 酒の席だったが、ネグリ殿は真剣だった。


 讒言で俺をだまそうとしているとは到底思えない。


「こんな感じでな。おなじことをずっと考えてしまうんだ」

「そうだったんだ。力になれなくて、ごめんねぇ」

「アダルがあやまることではない。しかし、それにしても不思議だ」


 ウバルドが犯人でないとすると、真の黒幕はだれなんだ?


 わからない。俺のまわりで、どんな陰謀がはりめぐらされていたんだ……。


「グラート! いるよなっ」


 家にもどったはずのジルダが、ばたんと扉を開けた。


「どうした。忘れものか?」

「ちがう! あんたの訪問客が、またあらわれたんだっ」


 なんと!


「ネグリ殿の関係者かっ?」

「ちがうっ。たぶん、あんたらのむかしの知り合いだ。いいから来い!」


 俺たちの、むかしの知り合い……。


 なぜだ。胸さわぎがする。


 アダルジーザとともに、街道に続く村の門へと向かう。


 空に星がかがやきはじめるとき。門のまわりは多くの兵や流人があつまっている。


「ちょっと、通してくれ」


 門のそばで倒れているのは馬か? 都のうまやで飼われていそうな、毛並みのいい馬だ。


 人垣のまんなかで作業しているのはテオフィロ殿? その向こうで、倒れているのは……。


「テオフィロ殿っ」

「来たか。グラート」


 テオフィロ殿は都の急使を介抱しているのか。


 都の急使は若い男だ。白くてきれいな顔立ちに、少しクセのある細い髪。


 ぼろぼろの外套に身をつつんでいるが、革のグローブやブーツはかなり使い込まれている。


 元ギルメンのシルヴィオのような冒険者だ。流刑地に、似つかわしくない者、が、どうし……。


「あっ!」

「シルヴィオ!」

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