第20話 流刑地エルコの大宴会、明かされた流刑地の真実

「金を発見したですって!?」


 エルコに戻ったのはまた陽が落ちる頃だった。


 テオフィロ殿とネグリ殿に金脈の件を話すと、ネグリ殿が飛び上がりそうなほどおどろいた。


「金なんて、こんなところで見つかるわけないでしょ。うそおっしゃい!」

「うそではありません。俺たちは南西にある洞窟で、金鉱石を発見したんですよ」


 捜索の顛末をありのままに報告しているが、ネグリ殿はうたぐり深い人のようだ。


「ふふ、あなた、あたしに告げ口されたくないからって、適当なことを言ってごまかそうとしてるんでしょ。そんな簡単にだませると思ったら、おおまちがいよ!」


 ああ……どうやって説明したらよいものか。


「ジルちゃんが、金鉱石を、もってるんじゃない?」


 アダルジーザが見かねたように助言してくれた。


「そうだったな!」


 ジルダなら、そこに……いない!


 村の広場の向こうに、ジルダの背中が見えた。


 テオフィロ殿が駆けよって、ジルダの首もとをつかんだ。


「あうっ!」

「まて。どこに行く?」

「いやぁ、ちょっと、おなかが痛いなぁって」

「うそつけ! お前がもってる金を見せろっ」


 ジルダが残念そうに、金鉱石をバッグからとりだした。


「これで、いいんだろ」


 ジルダから受けとった金鉱石を、ネグリ殿にわたす。


「こ、これは……まさか……」


 金の艶やかさに、ネグリ殿が言葉をうしなった。


「ジルダ。砂金ももっているな?」

「ええっ! あれはいいだろっ」

「ダメだ。今日さがしたものはすべて村のものだ」


 ジルダが泣きそうな顔で、バッグから砂金をとりだした。


「くそっ! グラートの悪魔ぁ!」

「悪魔じゃない! グラートの判断がただしいだろっ」

「ジルちゃんってばぁ」


 テオフィロ殿とアダルジーザは喚くジルダに呆れ返っていた。


 川で見つけた砂金もネグリ殿にわたす。ネグリ殿が「はっ!」とわれにかえった。


「どうやら、ほ、ほんものの、ようね。みとめてあげるわ」

「ありがとうございます」

「あなたはなんで、金のことを正直に話したのよ。そこの銀髪の子のように、金をこっそりあつめれば、あなたはこんな流刑地でも財を築けたのよ」


 ネグリ殿の意見は一理あるが……。


「そうでしょうね。あなたやジルダからすれば、俺の所業はお人よしや間抜けと思われても、何も反論できないものです」

「そこまでわかってるんだったら、あたしにこれを見せる必要なんて、ないでしょうが」

「いいえ。ネグリ殿に見せた方がいいです。俺がひそかに財を築けば、俺は正真正銘の犯罪者になります。俺は皆からうたがわれ、みなは俺からはなれていきます。あなたをはじめ、王国からつけねらわれ、この村にも甚大な被害をもたらすでしょう。

 それは本当のしあわせなのでしょうか? 俺はそう思いません。皆と手をとりあい、みなの信頼を得る方が、よほどの価値があると思っています。だから、ネグリ殿に金脈のありかを報告するのです」


 俺は冒険者に向いていないと、亡くなった義父から言われた。


 勇者の館のギルマスからも、「欲がなさすぎる」とさげすまれた。


 しかし、不要な欲をもっていないからこそ、アダルジーザをはじめ、俺を慕ってくれる者がいるのだと、そう信じている。


「えらい!」


 ネグリ殿が突然、ニワトリのような声を発した。


「あたしの負けだわ。あなたは真の勇者よ。みとめざるをえないわ」

「あ、ありがとう、ございます」

「あなたのお噂はほんとね、耳を切り落としたくなるほど聞いてたのよ。ちょっと強いからって、国民からキャーキャー言われちゃってさ。あんたみたいなやつ、ほんとキライ! って、思ってたのよね」


 ネグリ殿の告白に、テオフィロ殿とジルダが目をまるくしている。


「実力があって、超がつくほど有名になったらさ、絶対に油断するじゃない。調子に乗るじゃない。それなのに……なんなのよ。その素直さ。欲のなさ! ムキになってるこっちが、バカみたいじゃないのよ」


 ネグリ殿に、俺の誠意が伝わったんだな。


 となりで話を聞いていたアダルジーザが、いっしょによろこんでくれた。


「ネグリ殿。これから宴会でも開こうと思ってるんですが、ご同席していただけますか?」


 テオフィロ殿が頃合いを見はからったように提案した。


「グラートが貴重な資源を見つけてくれました。これから、村をあげて祝いたい」

「もちろん、同席させていただくわ。今日は王国の歴史にのこる一日ですもの。こんなすばらしい時間を共有させてもらえるなんて、ヴァレダ人の冥利につきるわ!

 でも、いいのかしら? あたしみたいな性悪しょうわるが、大事な宴会を邪魔しちゃって」

「邪魔だなんて! 俺たちはみんな、ヴァレダ・アレシアの国民なんだ。みんな仲間ですぜ。なぁ。お前らもそう思うだろ!」


 テオフィロ殿の大声に、流人と兵たちが歓声をあげる。


 村はこれでひとつになった。ドラゴンスレイヤーとして、やるべきことをはたしたのだ。



  * * *



 今日の宴会は、俺の歓迎会なんてくらべものにならないほど大きなものとなった。


 兵も流人も、地方官も視察官もおなじ酒をのんで、おなじ話題で笑う。


 こんなすばらしい日ははじめてだ!


「ちょっとぉ、テオフィロさぁーん。のみ足りないんじゃないのぉ?」

「ネグリ殿っ、もう、のめません……」

「うそおっしゃい。まだぁ、二杯しか、のんでないじゃないのよぅ。あたしの酒が、のめないっていうの……ぉっ!」


 ネグリ殿……のみすぎだ。


 酔いがまわったのか、顔を急に青くして、食べたものをはきだした。


「ちょっとぉ、グラートもぅ、のみ足りないん、じゃな……ぁい?」


 俺にだきついてきたのは……アダルジーザも、のみすぎだ。


「あんまりのむと、身体をこわすぞ」

「大丈夫……だよぅ。ま……だ」


 本当に大丈夫……なのか?


「そのおんなのこの、言う通りよぉ。グラートぅ」


 ネグリ殿も、やめるんだ!


「ネグリさまぁ。グラートがぁ、おさけぇ、のんでくれないよぉ?」

「あらぁ、かわいそうねぇ。あなた、やっぱり、調子に乗ってるん、じゃ……」

「調子になど乗っていない! ふたりとも、のみすぎだっ」


 右と左からからまれて、声をはりあげることしかできない。


 戦いで受けた脇腹の傷が痛み……アダルジーザの回復魔法で治っているな……。


「あーあー、何やってんだか」


 ジルダは宴会のすみで、ひとごとのようにあざ笑っていたが、


「ジルちゃぁ~ん」

「うわぁ! くるな!」


 よっぱらいのひとりが、やっといなくなった……。


 それでも、大きな戦いの後の酒は格別だな!


 決戦で心と身体がつかれても、酒がつかれをとりのぞいてくれる。


 気心の知れた者にかこまれていれば、言うことなしだ!


「宴会がおちついてきたので、ネグリ殿におねがいしたいことがあります」


 テオフィロ殿が、急に背筋をのばした。


「なぁに? テオフィロさん。かしこまっちゃって」

「グラートに、どうか恩赦をだしてください」


 恩赦だと!?


 もり上がっていた場が、しずまりかえる。


「グラートはドラゴンスレイヤーとして、俺たちを何度もたすけてくれました。なんの見返りももとめず、みずから危険を冒して、俺たちのために身をけずってくれたのです。

 この男の強さと才覚を、こんな流刑地でうめてしまってはいけない。この男は混迷するヴァレダ・アレシアの未来をかならず救ってくれる男です!」


 テオフィロ、殿……。


「この男の人柄と誠実さは俺が保障しますっ。そもそも、こんなバカ正直な男が、こんな場所にどうして流されちまうのか。こんな判決はおかしいって、ネグリ殿だってそう思ってるでしょう!?」

「わかったから、少しおちつきなさいっ」


 ネグリ殿がめずらしく悲鳴をあげた。


「あなたの言うことはわかるわ。この男のバカ正直さには呆れて口がふさがらなくなるほどですもの」

「なら、ぜひとも――」

「でも、あたしの一存だけでは恩赦なんて出ないわよ」


 ネグリ殿の言う通りだ。


「なぜですか!?」

「だから、少し冷静になりなさい! あたしは都の端役はやくでしかないのよ。犯罪人の刑期をうごかすような権限なんて、もってないの」

「そうですけど……何か、できるでしょうっ。陛下に奏上するとか」

「あなたね、陛下をなんだと思ってるのよ。あたしみたいのが、かるがると謁見できると思って!? 陛下に謁見するにはね、騎士とか宰輔さいほクラスになんなきゃダメなのよっ」


 宴会場に、さらに重い空気がのしかかった。


「ちくしょうっ。なんで、こんな不平ばかりの世の中なんだっ」

「陛下の悪口はおよしなさい。でもね、あなたの気持ち、今ならわかるわ。都に帰ったら、何か行動を起こしてみるつもり」


 なんと!


 重たい宴会場から歓声が上がった。


「ありがとうございます!」

「ふん、あなたのためではないわ。このお人よしのためよ」


 ネグリ殿……感謝の言葉が、みつからない。


「ここだけの話だけどね。最近の王国はちょっと変なのよ。罪のない人や、軽い罪の人が地下牢に入れられて、あげくにこんな流刑地にまで流される。なんでだと思う?」

「さ、さぁ。なんででしょう」

「労働力を得るためよ」


 労働力を得るためだと!?


「そんなバカなっ!」

「あーあ、言っちゃった。言うつもりなかったのに。これであたしも、テオフィロさんとおんなじね。すぐに左遷されるわ」

「そんな……うそでしょう? そんな身勝手な理由で、多くの者の人生を、ふみにじるなんて……」

「いい? ここはね、金がとれるような、すてきな場所だけどね。こんな僻地に、だぁれも行きたくないのよ。じゃあ、どうやって労働者を確保するの? ここの人たちみたいな犯罪者や、移民あたりを流すのが最適なのよ」


 そんな……。こんなことが、ゆるされていいのかっ。


「グラートの強さは折り紙つきだからね。凶悪な魔物が多い、このプルチアに流すつもりで罪を着せたんでしょうね」

「ふざけるな! こんな、ことが……」

「ええ。けっして、ゆるされてはいけないことよ。でもね、そんなもんなのよ。王国なんて」


 ネグリ殿の言葉は残酷だが真実だ。


「グラート。あなたの恩赦はすぐに降りるわ。だから、こんなところでくさっちゃダメよ。テオフィロさんの言う通り、あなたはヴァレダ・アレシアをしょって立つ人間なんだから。恩赦の方はあたしたちもがんばってみるから、太く生きてちょうだい」

「ありがとうございます。肝にめんじます」


 ヴァレダ・アレシアをしょって立つ――そんな大それた人間に、なるのだろうか。


 満天にかがやく白い星々の中に、ひときわかがやく赤い星が村をてらしていた。

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