第16話 ドラゴンスレイヤー、視察官をたすける
エルコに着いた頃には陽がほとんど落ちていた。
流人たちの作業は夕暮れにはおわる。日没とともに村は静かになるはずだったが、
「あんな魔物がでるなんて、聞いてないわよ!」
「ネグリ様っ、おまちください!」
ネグリ殿が、またさわぎ立てているのか。
「グラート、あれ……」
「うむっ」
ネグリ殿はテオフィロ殿や兵たちとともに広場にあつまっていた。
「だから言ったでしょう? プルチアの魔物は凶悪だと」
「凶悪って、一言で言われてもね、わかんないのよっ! もっとこう、具体的に説明しなさいよっ」
彼らはいったい、何を言いあらそっているんだ……。
「グラート、無視してもいんじゃね?」
「そういうわけにもいくまい。皆は各々の宿舎にもどるんだ」
「グラートも、むりしないでねぇ」
重い身体を引きずって、村の広場にむかう。
ネグリ殿は顔面蒼白だった。俺に気づくと、子どものように飛びついて、
「ドラスレ! ちょうどよいところに来た。採石場の魔物をはやく倒すのよ!」
駄々をこねるように言った。
「採石場に魔物が出たのですか?」
「そう言ってるでしょ。はやく!」
ネグリ殿やテオフィロ殿をつれて、採石場にむかう。
採石場であばれていたのは三匹のグランドホーンか。かなり大きいが、どうということはない。
「いくぞ!」
ヴァールアクスを引っさげ、近くで鎮座するグランドホーンに突撃する。
グランドホーンは俺の気配を察知し、クマよりも大きい体躯をぶつけてくる。
「こんなものっ」
グランドホーンの巨大な角を受け止めて、反撃でヴァールアクスを水平に斬りつける。
「う、うそでしょ」
ヴァールアクスは轟音を発して、グランドホーンのアゴを破壊する。グランドホーンは戦意を喪失して、山へと逃げかえった。
残る二匹は低いうなり声をあげながら、俺にとびかかってくる。
巨大な角の刺突に、俺の十倍はあろうかという重量を生かした突撃を食らえば、ひとたまりもないだろう。
だが、
「力の勝負なら、負けん!」
正面から突撃するグランドホーンを、全身で受け止める。
グランドホーンの力はガレオスに匹敵する。だが、倒されるものかっ。
「よほど、力があまっていると見えるなっ」
グランドホーンとの力くらべを続けながら、やつの前肢をつかみとる。
両腕にみなぎる力を込めて、
「うおりゃぁ!」
力ずくで投げとばす!
グランドホーンの巨体はぐるぐるとまわりながら、夜空に舞い上がる。
ずしんと地面に落ち、砂ぼこりが採石場をよごした。
残るグランドホーンはあと一匹。少し小柄なグランドホーンが、後方でうなっている。
だが、力くらべは済んだ。俺がこぶしをならしながら近づくと、グランドホーンはしっぽをまいて逃げていった。
「グラート、さすがだ……」
テオフィロ殿や兵たちは採石場の遠くで立ちつくしていた。
「やつらは野生の獣。本能で行動する者は力くらべをすれば逆らわなくなる」
「あ、ああ。いつもすまないな。帰ってきたばかりだというのに」
「まったく問題ない。魔物が出たら、夜でもいい。すぐに言ってくれ」
ネグリ殿も呆然自失としているようだったが、俺やテオフィロ殿の視線に気づいてわれにかえった。
「なかなか、やるわね。あ、あなた」
「この程度なら、準備運動ですよ」
「じゅ……っ」
ネグリ殿は顔を赤くして、くちびるをふるふると動かしていた。
「新しい採石場とやらを、はやく見つけなさい! わかったわねっ」
グランドホーンとおなじように、エルコへ逃げかえっていった。
「なんだよ、あのクソ野郎。グラートにたすけられたっつうのに、感謝のひとことも言えねぇのか」
「大丈夫だ、テオフィロ殿。俺たちの誠意はきっと伝わっている」
「そうだといいんだがなぁ」
テオフィロ殿が頭の後ろをわしわしとかいた。
* * *
次の日も朝食をすませた後に、アダルジーザやジルダを招集した。
村の西につくられた小さな公園にあつまって、プルチアの地図をひろげた。
「昨日はエルコの西を捜索したから、今日は南西部だ」
「おう」
「いい鉱山が、見つかるといいねぇ」
アダルジーザやジルダは思っていたより元気だ。兵たちの士気も高い。
「やけに元気だな」
「うんっ。昨日はぐっすりねられたから」
「昨日、あのきもちわるい野郎をぎゃふんと言わせたんだろ。村じゅうのうわさになってるぜ!」
兵たちもにやにやと含み笑いを浮かべている。
きもちわるい野郎……ネグリ殿のことか。俺はネグリ殿をぎゃふんと言わせたおぼえはないのだが……。
「おいおい、グラートよぅ。いったい、どんな手を使ったんだよぅ」
「俺は何もしていない。採石場にグランドホーンがあらわれたから、倒しただけだ」
「へぇ。ようするに、あんたの強さを、あいつに見せつけてやったってわけか!」
ジルダが「ぐふふ」と下品な笑い方をした。アダルジーザも、やめるんだ。
「ネグリ殿をこころよく思わない気持ちはわかるが、彼の陰口をたたいてはいけない」
「ええっ、なんでだよ」
「ネグリ殿と対立すれば、やがて都に
「ちぇーっ、そうだけどさぁ」
アダルジーザやジルダが、ばつの悪そうな顔をした。
「グラート、ごめんなさい」
「俺の方こそ、皆の意気をくじいてすまない。だが、ネグリ殿にかかわる問題は繊細だ。気をつけてくれ」
「めんどくせぇやつだよなぁ、あいつ」
あらたな採石場をさがしに出発だ!
目印のとぼしい原生林がひろがる光景は昨日と大差ない。
「さっさと鉱山が見つかってほしいよなぁ」
「そうだねぇ」
採石場の捜索隊はおだやかだ。
「森のむこうに山が見える。あそこまでむかってみよう」
「うんっ」
「りょーかい!」
捜索の途中でニョルンやホーンベアがあらわれる。
だが、アダルジーザやジルダのたすけがあるから、まったく問題ない。
ゆるやかな坂道のかたむきが、少しずつきつくなってくる。
「この山道、ずっとのぼるのかぁ?」
「そうだ」
「なんだかぁ、むかしを思い出すねぇ」
ギルドに入る前はアダルジーザとふたりでヴァレダ・アレシアのあちこちにある山や洞窟に行ったな。
「あの頃は背負うものがなかったから気楽だったな」
「うふふ。そうだねぇ」
アダルジーザは俺のとなりでにこにこしているが、ジルダは疲れきっているようだ。
「ちょっと、きゅうけい……」
兵たちもつかれているか。
「ジルちゃん。大丈夫ぅ?」
「アダルってさ、見かけによらず、体力あるんだね」
「そぉ? 普通だと思うけど」
ジルダは切り倒された木の幹にこしかけている。
「アダルは現役の冒険者だ。可憐な見た目だが、俺と長年、ヴァレダ・アレシアの各地をわたり歩いてきたからな。足腰のきたえ方がちがうんだ」
「可憐だなんて、そんなことないよぅ」
アダルジーザ……なんでそんなによろこんでいる?
赤面するアダルジーザに対して、ジルダの顔は真っ青だ。
「うへぇ。そうなんだぁ」
「お前たちは鍛え直す余地がありそうだな」
「うう、かんべんしてくれぇ」
むかしをなつかしんでいる場合ではないか。
「グラート、水筒のお水、くんでこよっか」
「ああ、たのむ」
水筒の水がのこりわずかになっていたか。
アダルジーザに水筒をわたして、ジルダのとなりにこしかける。
「こんなとこに川がながれてるんだなぁ」
「そうだな。まったく気がつかなかった」
アダルジーザが水をくんでくれたら、出発するか。
プルチアの森は静かだ。凶悪な魔物は出現するが、都にはない単調さとおだやかさがある。
ネグリ殿との関係を修復し、平穏なプルチアをとりもどしたいが――。
「グラートっ、ちょっと、きて!」
アダルジーザの悲鳴だ!
「どうした、アダル!」
「ちょっと、変なのぅ」
ちょっと、変?
俺は思わずジルダと顔を見あわせた。
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