第9話 ドラゴンスレイヤー、ボルゾフと巨大ガエルをたおす

 巨大なカエルがふらす黒い雨を受けたら、俺もただではすまない。


 やつを倒すためには接近しなければならないが、うかつに近づけない!


「おらおらどうしたドラスレ! お前の力はこんなもんかぁっ」


 ボルゾフというインプの親玉らしき者が、カエルの上であざ笑っている。


 カエルは長い舌をのばして、俺を攻撃してくる。


 遠い距離からの攻撃は苦手だっ。


「ぐっふっふっふ。お前は斧をふりまわすだけの脳筋だと、下僕どもから聞いている。お前の斧は危険きわまりないが、接近しなければ怖くもなんともない。

 このビフロは遠くの人間どもをいたぶれるように改良してある。脳筋のお前の、まさに天敵だということだぁ!」


 ボルゾフが高らかに笑う。あのカエルはビフロというのか。


「そらそらっ、こいつを倒してみろ!」


 ビフロの舌が、採石場をめちゃくちゃに破壊する。


 残念だったな、ボルゾフ。ヴァールアクスは近接攻撃用の武器だが、遠隔攻撃はできるのだ。


「はっ!」


 全身の力を両手に集約し、ヴァールアクスをふりおろす。


 斧のぶあつい刃が地面を吹き飛ばし、強烈な衝撃波を発生させる。


 衝撃波は大蛇のように、地を這いながらビフロに襲いかかる。


「なにっ!?」


 ビフロが巨体を浮かせて……かわしたか。


「な、なんだよ、その攻撃は!」

「ヴァールの力がやどったこの斧にはこういう使い方もあるのだっ」


 衝撃波でビフロに反撃だ!


 ひとつの衝撃波では素早いビフロにかわされてしまう。


 だが、複数の衝撃波であれば、ビフロでもかわしきれまい。


「なんだよその攻撃っ。きたねーぞ!」

「戦いにきれいもきたないもないっ。お前たちにはここで死んでもらう!」

「ぐっ……。下等な人間の分際でぇ」


 ビフロが黒い雨をふらせる。


 力の連発で、雨の力はおとろえているようだ。


 しかし、沛然と降る雨をまともに浴びたら、骨まで溶かされてしまうか。


「グラートっ、ぼくも加勢するぞ!」


 後ろから名乗りをあげたのはジルダか!


「このっ、いいかげんにしろ!」


 ジルダが右手を出して、横にはらった。


「ぎゃっ!」


 曇天どんてんから閃光が落下する――雷の魔法かっ。


「これ以上ここをこわさせねえぞ! お前はさっさとくたばれっ」


 ジルダが雷の魔法を連発する。


 黒い雨と光の雨が入りまじり、地面が焦土と化していく。


「ききき、きさまらっ。いいかげんにしろ!」

「いいかげんにするのはお前だっ」


 ビフロが長い舌でジルダを攻撃する。


 ジルダは横にとんで直撃をさけたが、攻撃の勢いまで消せずに吹き飛ばされてしまった。


 ジルダの魔法でも、ビフロに致命傷を負わすことができない。


 持久戦にもち込めば、ビフロはいずれ力つきるかもしれない。


 だが、あのすばやい移動でにげられたら、厄介か。


 ヴァールアクスの渾身の一撃で、ビフロをしとめられないものか――。


「グラート!」


 岩かげにかくれていたアダルジーザが、杖をとってあらわれた。


「アダル、あぶないぞ!」

「大丈夫っ」


 アダルジーザが、何かの魔法をとなえる。


 俺の身体が白くかがやきはじめる。アダルジーザがバフをかけてくれているのか?


「マジックバリアをかけたわ。少しのあいだだけ、攻撃を遮断してくれるはずっ」

「ありがたい!」


 ヴァールアクスを低くかまえて、突進する。


「飛んで火に入るかっ!」


 ビフロのふらす雨が、俺のあたまと肩にふりそそぐが、


「なにぃぃっ!」


 マジックバリアのうすい衣が、ビフロの雨をはじいた。


「これでおわりだっ」


 左足をふみ込み、力まかせにヴァールアクスをはらう。


 刃は轟音を発しながらビフロの腹を裂いた。


 まだまだぁ!


 両足でふみ込み、腰をまわして、高速でヴァールアクスを斬りはらう。


 ビフロは致命傷を受けて身動きができないのか、ぴくりとも動かなくなった。


 お前の命、俺が受けつぐぞ!


 斧をふりあげ、ビフロの脳天からまっぷたつに両断する。ビフロは物言わぬしかばねとなった。


「こ、こんな、はずでは……」


 ボルゾフは生きていたか。


 俺が気づくよりも早く、ボルゾフは後退する。そのまま採石場から消えてしまった。


「グラート!」


 アダルジーザが駆けよって、俺に回復魔法をかけてくれる。


「俺なら大丈夫だ。それより、ジルダや仲間たちを」

「みなさんなら、もう回復したからっ」


 採石場の陰に隠れていた流人や兵たちもあつまってくる。皆のけがは治っている。


「アダル、さすがだ」

「グラートこそ、おつかれさまぁ」


 ジルダやテオフィロ殿も無事のようだ。


「なんとか、倒してくれたみてぇだな」

「すまない。時間がかかってしまった」

「ありゃ、しょうがねえよ。ガレオスほどじゃないけど、じゅうぶんなバケモノだったし」

「あのカエルもプルチアの魔物なのか? 都ではまず見かけない魔物だ」


 俺の後ろに、まっぷたつになったカエルのビフロがよこたわっている。


 プルチアの魔物は大きく、獰猛どうもうだ。攻撃は苛烈だし、俊敏でもある。


「ぼくも、こんな魔物ははじめて見たけどな」


 ジルダもビフロの死体を見て、「うげっ」とうめいた。


「ドラスレには今日もたくさんのお礼を言いたいがぁ……」


 テオフィロ殿は荒れはてた採石場を見て、肩をおとしている。


「復旧にはかなり時間がかかるか」

「そうだなぁ。ああ、毎月のノルマがあるのにぃ」


 採石場の岩肌はくずれおち、大きな岩で入り口がふさがれてしまっている。


 地面も、ビフロがふらした雨で穴だらけになっている。復旧にはかなりの時間を要するだろう。


「毎月のノルマを考えると、採石場ではたらく者に復旧作業はたのめない。俺や兵たちで行うしかあるまい」

「そうだなぁ。ああっ、ここの魔物はめんどくせぇのばっかだぜ!」


 アダルジーザやジルダたちも、苦笑いするしかなかった。



  * * *



 インプたちが魔物を引きつれるたび、俺たちは防衛を余儀なくされる。


 ボルゾフたちは採石場にねらいをさだめたようで、あれから何度も採石場が襲撃された。


 プルチアの戦いは持久戦の様相をていしてきた。


「ったく、復旧どころじゃねえなぁ」


 陽がおちて、エルコの自宅にもどった。


 ジルダは椅子にどかりと腰をおろした。


「そうだねぇ。いったりきたりで、へとへと……」


 アダルジーザもジルダのとなりでぐったりしている。


「いつも、こんな感じだったのぉ?」

「いんや。ドラス……グラートが来る前はインプどもがたまにイタズラしてくる程度だったぜ」


 俺のせいで、インプどもを活発にしてしまったか。


「グラートがいないときはさ、テオフィロとか、ざこしかいなかったからさ。インプどもが本気にならなかったんだよ」

「え、ええと……」

「本人の前で、はっきり言うなっ」


 テオフィロ殿がジルダのあたまにげんこつをおとした。


「いってぇな! 何すんだよっ」

「お前は俺たちをなめすぎだっ。こう見えても俺はえらいんだぞ!」

「だったら、その剣でボルゾフを斬ってくれよ。ぼくたちはもうへとへとなんだぜ」


 テオフィロ殿が「ぐぐ……」とこぶしをにぎりながら引き下がった。


「ジルダの言葉には一理あるな」

「え、ええ……」

「採石場を何度も襲撃されて、俺たちは確実に疲弊している。このまま戦っていたら、いずれ力つきてしまう」

「ああ、そういう意味での一理あるか。そうだなぁ。ドラスレは強いが、採石場を何度も襲われたら、さすがに疲れるしなぁ」


 ボルゾフはビフロのような魔物こそ引きつれなくなったが、小勢で採石場を襲撃するようになった。短い間隔で、何度も。


「やつらが俺たちの体力を消耗させようとしているのは明白だ。だが、採石場が襲撃されれば、俺たちは出撃するしかない」

「それならぁ、採石場で待ってたら、いいんじゃないかなぁ」


 アダルジーザがそっと進言してくれた。


「む、そうか。それならば、移動する時間がはぶける」

「そうでしょぉ」

「いや、それはだめだ。採石場のまもりをかためたら、村が手薄になっちまう」

「ああ、そっかぁ」


 村が手薄になれば、ボルゾフたちはまよわずに村にねらいをさだめるだろう。


「厄介だな……」

「うんっ」

「あいつら、どっかに行ってくんねえかなぁ」


 流人たちのさわぎ声がきこえてくる。外はもう暗いが、だれかがわめいているのか?


「ねぇ、グラート。外からぁ、声がきこえてこない?」

「そうだな。ちょっと見てみよう」


 プルチアの夜風は肌に少し冷たい。


 声がきこえてくるのは兵の宿舎の方角からか――。


「きゃっ!」

「なんだ!?」


 黒い獣のようなものが走り抜ける。兵たちが飼っている猟犬か?


 だが村の向こうから聞こえてくるのは兵や流人たちの悲鳴だ!


「グラート!」

「行こう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る