第8話 インプの王ボルゾフ出現

 アダルジーザは俺を追って、ギルドまで脱退してきた。


 俺を信頼してくれたから、そんな思い切った行動に出たんだ。


「ギルマスの、ウバルド様はグラートをすぐに追放した。グラートは悪くないのに」


 アダルジーザがか弱い声で言う。


「わたしみたいに、ギルドからいなくなった人はたくさんいた。ウバルド様が、グラートをかばわなかったから、みんな嫌になったんだと思う。わたしだって、我慢できなかった、から……」

「そうだったのか」


 ギルドがそんな状態になっていたなんて、知るよしもなかった。


「シルヴィオも、脱退したのか?」

「シルヴィ? ううん。わかんない。あれから、一度も、会ってないから」


 シルヴィオもギルドを去ってしまったかもしれない……。


「ギルドはめちゃくちゃだった。ギルドに残ってる人も、ウバルド様や、他の幹部の人たちと喧嘩して、ぐちゃぐちゃになってたし……。グラートがぁ、みんなをつなぎとめてたんだよね」

「そんな、ことはない」

「グラートは誰よりも真面目にはたらいてた。有名になっても、みんなの前に立って……。それなのに、グラートが、宝を盗むなんて……。こんなの、絶対にうそ。わたしは、グラートを信じてるからっ」


 アダルジーザがいてくれて、本当によかった。


「ありがとう。アダル。その言葉だけで、俺の人生は救われた」

「そんな……オーバーだよぅ」

「本心だ。信じてくれる人がひとりいるだけで、俺は自分を信じることができるんだ」


 アダルジーザが真っ赤な顔でほほえんだ。


「でもぅ、どうして、グラートが疑われちゃったんだろう」

「理由は簡単だ。ギルドハウスの俺の部屋に、国の宝がおかれていたんだ」

「うん。そうだって、シルヴィが言ってた、けど……グラートが、お宝を盗んだりしないもんねぇ」

「当たり前だ。そんな大それたこと、考えたこともない」


 冤罪で捕まったあの日は永遠に忘れられないだろう。


「俺の部屋にどうして国の宝がつまれていたのか。それだけが、どうしても不思議だ」

「そうだよねぇ。お宝さんが、グラートの部屋にやってくるわけじゃないもんねぇ」


 宝が独りでに歩いてくるわけないよな……。


「そうなると、だれかが国の宝を俺の部屋においたのか」

「やっぱり、そうなのかなぁ」


 ギルドハウスはギルメンしか入れない。部外者が侵入して、最上階にあった俺の部屋に盗品をおいていくとは考えにくいだろう。


 かつての仲間を疑いたくないが……。


「でもぅ、どうして、宝をグラートの部屋に置いたのかなぁ」

「どうして? 俺に罪を着せるためか?」

「やっぱり、そうなのかな。お金が欲しいから、どうしても……ていうのが、普通なのかなぁって」


 宝を盗む一番の理由は金銭目的だろう。


 だが、国の宝を盗み、俺の部屋に置いていった者はおそらく金銭目的で盗まなかった。


 ますます不可解だ。


 国の宝を盗むリスクを冒して、俺に罪を着せる。


 こんなことをしても喜ぶ者はだれもいないではないか。


「ギルメンの、だれかだって、シルヴィも言ってた。ウバルド様が、とくにあやしいって」

「そうか」

「その、グラートには言えなかったんだけど……ウバルド様がね、グラートのいないところで文句を言ってるの、聞いたことがあって」


 そう、なのか。


「グラートが傷つくから、言わないでおこうって、思ってたんだけど。こういうことになっちゃったから……って、遅いよね。今さら」

「いや、遅くはない。だが、やはり俺はギルマスに嫌われていたんだな」


 国やギルドのために尽くしているつもりだったが……人間関係というものは難しい。


「あの事件を検証しても、なんにもならんな」

「うん」

「アダルは都に戻らないのだろう? ここは住みにくい場所だが、それでもよいか?」

「うん。それはぁ、大丈夫! グラートとぅ、旅をしてたときだって、ふたりで野宿とか、してたでしょ?」


 ギルドに入る前はふたりで洞窟や山奥に行っていたな。


「それなら、問題ないな」

「ふふ、なんだかぁ、むかしに戻ったみたいだねっ」


 アダルのおだやかな顔を見ていると、心が落ち着いてくる。


「明日、テオフィロ殿に事情をはなそう。あの人がここの責任者だ。事情を正直にはなせば、わかってくれるはずだ」

「うん」


 アダルジーザがゆっくりとうなずいた。



 * * *



 アダルジーザはすぐエルコの人たちに受け入れられた。


 彼女の回復魔法が、兵や流人たちの傷をたちまち治したからだ。


「ドラスレのねえちゃん、すげぇな! 腕の傷が治っちまった」

「やさしいし、べっぴんだし、言うことないねぇ!」

「え、えへへ~」


 アダルジーザもすぐにエルコの人たちと打ち解けられたようだ。よかったな!


「こんなにきれいだし、癒されるし。おんなじ女でも、ジルダと大違いだな、がっはっはっは――いて!」

「だれかと大違いで悪かったな!」


 流人の頭をジルダが思いっきり殴った。


「お前ら、いつまで休んでるんだ。休憩時間はもう終わってるぞぉ」

「なんだよ、ジルダのやつ、はりきりやがって」

「いつもサボってたくせによぉ」


 悪態をついた流人をジルダがまた殴って、採石場へ押し込んでいった。


「アダルさん。あいつらの傷を治してくれて、ありがとう」


 テオフィロ殿がアダルジーザにあたまを下げる。


 アダルジーザはおどろいて、目をまるくした。


「い、いいえ、そんなっ」

「アダルさんの回復魔法はすごいな! ドラスレのけがも一瞬で治っちまったみたいだし、ただただ感嘆するしかない」

「わたしは回復魔法しかできませんから」

「謙遜しなくてもいいと思うけどなぁ。ドラスレもすごいが、ドラスレの仲間もすごい!」


 テオフィロ殿が大きな口を開けて笑った。


「冗談はさておき、ここは物資がとぼしいゆえ、薬草や治療薬も少ないんだ。だから治療が行える人がいると、本当にたすかる」

「そうなんですかぁ?」

「うむ。ドラスレのけがも治せないから、どうしようか困ってたところだからな。これで、ガレオスが何匹あらわれても大丈夫だな!」


 俺の腕や足も、なんなく動かせる。


 ゆっくりやすんだから、体力も完全に回復した。これで戦線に復帰できるな!


「アダルさん。こんなことは言いたくないんだが、エルコに滞在してる間は兵や流人の治療に専念してほしい。滅多にないが、王国から視察が入ったりするから、部外者を入れてることがばれるとまずいんだ」

「はい。皆さまの迷惑にならないように、がんばりますっ」

「すまないね。アダルさんは流人じゃないから、きつい労役はしなくていい。不便なことがあれば、気軽に言ってくれ」

「はい! ありがとうございます」


 テオフィロ殿が融通のきく人でよかった。


「不便なことがあればって、不便なことばっかじゃねえか」


 ジルダが採石場からもどってきた。


「うるさい。くだらんあげあしをとるな」

「あげあしなんて、とってねーよ。って、そんなことはどうでもいいんだよ」


 ジルダがあたまをわしわしとかく。


「アダルさん、ここの連中が優しいのは最初だけだぜ。気をつけな」

「は、はいっ」

「まったく、あんたも酔狂だねぇ。流刑地に自分から飛び込んでくるなんて。普通じゃ考えら――」

「敵襲だぁ!」


 採石場から流人たちの悲鳴!?


「行こう!」

「うんっ」


 アダルジーザやジルダをつれて、採石場へと駆け上がる。


「おらぁ! ドラスレのやろうはガレオスにやられて、動けねぇそうじゃねえかっ。くそ人間どもがぁ」


 採石場の広場であばれているのはカエル?


「警備をわざとうすくして、俺たちをたばかったな! ゆるさんぞぉ」


 熊のように大きいカエルが、しゃべっている? 違う、カエルの背にインプが乗っているのか。


「ひゃっはっはっは! 死ね死ねぇっ」


 インプがカエルを操作して、採石場を破壊する。


 長い舌はむちのようにしなやかだ。だが、鋼鉄のようにかたい。


 舌の攻撃で流人たちがはじきとばされ、採石場の壁が無残に破壊される。


「やめろ!」


 あのカエルを早くとめなければ。


「ああん、だれだぁ、お前は。人間のざこどもが……」

「採石場を破壊するな! 攻撃するなら俺をねらえっ」

「その斧。そして、その巨体……お、お前はっ、ドラスレ!」


 インプがカエルを器用に操作して、俺と距離をたもつ。


「おおおおっ、お前はっ、動けないはず!」

「残念だったな。ついさきほど、回復魔法で全快したのだ!」


 ヴァールアクスを引っさげ、突撃だっ。


「なんだとぉ。お前が、うう動けないという、から、俺みずから来てやったのにぃ。帰ったら下僕どもを死刑にしてやるっ」


 ヴァールアクスを払うが、カエルは巨体ながらにすばやく後退する。


「あのガレオスを倒したという、バケモノめっ。こうなれば、このボルゾフ様みずからの手で、お前を殺してやるっ!」


 カエルの全身がどす黒い色に……いや、闇のオーラのようなものが可視化したのか!?


「しねぇ!」


 黒いオーラが、上空にはなたれる。そして、はじけた。


 黒いオーラは雨となって地面にふりそそぐ。地面に浸食し、土を溶かしはじめる。


「なんだこれはっ」

「にげろ!」


 黒いオーラは触れたものを溶かしてしまうのか! 厄介だ。


「ひゃーっ、ひゃっひゃっひゃ! もっと溶かせっ。どんどん溶かせぇ!」


 カエルが巨体をおどらせながら、全身から発生させたオーラを上空に舞い上がらせる。


 強烈な力をもった雨が流人や兵たちにふりそそいで……まずいっ。


「グラート!」


 多くの悲鳴のむこうで、ジルダの叫び声がきこえた。

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