第7話 元ギルメン・アダルジーザと再会

 プルチアは国外の辺境であるため、都からひと月ごとに物資が送られる。


 物資のほとんどは食料だが、衣服や生活道具もはこび込まれる。


 家族がいる者は都でくらす家族からあてられた手紙を何よりもほしがるという。


「ドラスレ、ジルダ。早くしろっ」

「むちゃ言うなよ。こっちはけが人なんだぞ」


 ジルダの肩を借りて、なんとか夜道を歩く。


 陽が落ち、夕食を終えた時間だ。いつもなら静かになっているはずだが、今日はさわがしい。


 都から来る数台の荷馬車は街道から入ってくる。街道は村の南東から都へとのびている。


 普段は門のそばで停車して、荷物の搬入などを行うらしい。


 だが今日は荷馬車をとりかこむように大きな人垣ができていた。


「や、やめてください!」

「うわ、あばれるなっ」


 人垣の中から、女の細い声が聞こえて……この声は、やはり……。


 人垣のどまんなかで二人の兵士にとりおさえられていたのは、純白のローブに身をつつんだ――。


「アダル!」

「へっ。あっ……グラート!」


 アダルジーザが、どうして、ここに……。


 アダルジーザの細い身体が、急に近づいてきて――。


「グラート。……ほんとに、いたっ」


 気がついたらアダルジーザが俺の胸の中にいた。


「もう、会えないと、思った」

「アダルが、どうして……」


 アダルジーザは都にいるはずだ。それなのに、どうしてこんなところにいるんだ。


 どん、と今度は身体が弱い力で押し出される。


「わわっ。ごごご、ごめんなさい! わたしったら、どうして……」


 アダルジーザが急に俺を押しのけた、のか。


 ガレオスとの戦いで受けた傷が、まだ治っていない。力が、入らない……。


「グラート!」

「ああっ、何やってんだよ」


 ジルダが俺を起こしてくれた。


「こいつはこの前に戦ったばかりで、全身の傷がまだ治ってないんだよ」

「そ、そうだったんですかっ」


 アダルジーザに事情を説明しなければならないが、皆が見ている前では話しにくい。


 テオフィロ殿や流人たちに、紹介だけでもしておかなければ。


「この女性はアダルジーザだ。冒険者として、俺と長く旅を続けてくれた者だ。皆に危害はくわえないから、安心してほしい」

「アダルジーザ、です。こんな夜ふけに、おさわがせして、すみません……」


 テオフィロ殿や兵たちは小声で話をしていたが、


「今日はもう遅い。ドラスレの知り合いだという言葉を信用して、ここで解散しよう」


 テオフィロ殿が言下にこたえてくれた。


「テオフィロ殿、たすかる」

「あー、こまかいことは言いたくないんだが、ここは流刑地だ。部外者を入れてはいけない決まりになってるから、明日にくわしく聞かせてもらうぞ」

「わかった。恩に着る」


 流人や兵士たちはしばらくがやがやと話していたが、テオフィロ殿の指示でひとり、ふたりと宿舎にもどっていった。


「アダルが、どうしてこんなところにいるんだ」


 宿舎にきびすを返しながら、アダルジーザにたずねる。


「どうしてって、そのぅ、あそこの馬車に、乗ってきたからなんだけど」


 あれは荷馬車だ。人を送迎する目的で走らない。


「あの荷馬車が、プルチアに向かう荷馬車だとわかってて、しのび込んだのか?」

「うん……」


 おとなしいアダルジーザが、こんな大胆な行動をとるとは……。


 宿舎に着いて、ベッドに寝かせてもらった。


 ジルダにはまだ残ってもらおう。


「わたしは、グラートに、会いたかっただけだったのに……だめだった?」

「だめだというか、ここは流刑地だぞ。犯罪者が流される場所なんだぞ」

「それは、わかってる、けど……」


 少なくともアダルジーザのような女性が、おいそれと面会しに来るような場所ではない。


「そんなに怒んなくても、いいんじゃねえの?」


 ジルダが頬杖をつきながら、言った。


「この人はさ、あんたに会いに来ただけなんだよ。だったら、あたたかく迎え入れてやりなよ」


 ジルダの言う通りだ。


「すまない。アダルに会えるとは思っていなかったから、頭が混乱している」

「わたしこそ、ごめんなさい。急に、おしかけたりして」

「アダルが謝ることではない。元気な姿が見れて、本当によかったと思っている」


 不安げだったアダルジーザの表情に、ぱっと明るさが戻った。


「うふふ。よかったぁ。わたしは元気だけどぅ、グラートは元気そうじゃないね……」

「三日ほど前に、ガレオスという巨大なカメと戦ってな。危うく死にかけた」

「え、ええっ。死にかけたのぅ!?」


 アダルジーザが急に立ち上がって、黄金の杖をとり出した。


「わっ。ちょっと! あんたっ」

「わたしが、グラートを治す!」


 アダルジーザが両手を俺の身体につけて、魔力をはなちはじめる。


 彼女の身体はあわい光につつまれて、おだやかな力が俺の身体もつつみ込む。


「な、なんだ……」


 アダルジーザの回復魔法が傷口をゆっくりと、ふさいでいく。


 打撲で機能を停止していた筋肉に、強い力をふき込んでくれる。


 アダルジーザの回復魔法はやはり世界一だ。


 ヴァールやガレオスに押しつぶされても、俺は何度でもよみがえることができる。


「どう、かなっ」


 アダルジーザが、そっと手をはなす。


 身体を起こしてみるが、痛みは感じない。


 腕も、肩も、腰も……全快だ。


「ありがとう。痛みがすべて引いた」

「ほんとぅ!? よかったぁ」

「あいかわらずの魔力だな」

「ふふ。回復魔法でも、体力は戻せないから、気をつけてねぇ」


 ジルダが身を乗り出して、目を白黒させていた。


「すげぇ。どうなってんだよ」

「どうって、回復した、だけなんだけど」

「回復魔法って、そんなに万能なのか? ドラスレのけがは、めちゃくちゃひどかったんだぞっ」

「う、うん……」


 アダルジーザは人見知りをする性格だったな。


「これが、アダルの力だ。アダルは回復魔法のエキスパートなんだ」

「エキスパートって……。ヒーラとか、正直なめてたけど、本物はやっぱり、すげぇんだなぁ……」


 アダルジーザはジルダのあつかいに困っているようだ。


「グラート。この人は」

「彼女はジルダだ。俺と同じく流人で、ずっと世話になっている人だ」

「えっと、流人って、罪を犯した、人……っ」


 アダルジーザがまたがばっと起き上がって、俺の後ろに隠れた。


 ジルダがあきれて、頭の後ろをかいた。


「いや、それ、今さらだから」

「今さらって、言ったって」

「さっき、あんたをとり押さえてたのは、ここの看守みたいなもんだぜ。まわりにいたのはみんな流人だったし」

「ひっ。そ、そんな……」


 アダルジーザの顔が……真っ青だ!


「アダル、だいじょうぶか!?」

「み、みんな、はんざい、しゃ……」

「ここは流刑地だって、ドラスレだって言ってただろ? なんなの、そののんきさ。あんたらはほんとに、調子くるわすの上手いなぁ」


 なぜか、アダルジーザと俺がまとめてあきれられているようだ。


「説明するのめんどくさいから言わないけど、ぼくもこいつと同じで罪なんか犯してないから! そこんとこ、間違えないどいて」

「え、は、はい!」

「あんたのことはドラスレから聞いてるよ。こんなすぐに会えるとは思ってもみなかったけど」

「えっと、その……グラートのこと、助けていただいて、ありがとうございます」


 アダルジーザが深々と頭を下げる。


 ジルダは照れているのか、赤くなった頬をかいていた。


「アダルさん。あんたはこれから、どうするんだ?」

「これから、というのは」

「ここに住みつくのか? ここは流刑地な上に僻地だから、生活環境は劣悪だぜ」

「はい。そのつもりで、来ました」


 アダルジーザが、俺の様子をうかがうように見やる。


「ヴァレンツァに帰らないのか? ギルドの皆が心配しているだろう」

「うん。ギルドは、やめてきた、から」


 ギルドを脱退してきたのか!?


「あのギルドはヴァレンツァで有名なギルドだったんだぞ。あそこに在籍していれば、アダルの親もアダルの実力をいずれ認めてくれただろうに。なんという、もったいないことを……」

「だって、グラートが、いないんだもん」


 アダルジーザが申し訳なさそうに両手をもじもじさせる。


「わたしは、グラートがいたから、グラートといっしょに、ギルドに入ったんだもん。でも、グラートが、除名されちゃった、から……わたしは、いたくない」


 胸が、しめつけられる。


「なんだか、内密な話? ぼくはもう帰った方がいいのかな」


 ジルダがそっと声をかけてくれた。


「すまない。こんな遅くまで残ってくれて、ありがとう」

「いいけどさ。その人のこと、ちゃんと大事にするんだぜっ」


 ジルダはすっと立ち上がって、音を立てずに部屋を出ていった。

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