第6話 ドラゴンスレイヤーとジルダの過去

 漆黒のような世界に横すじの光がさす。


 光が満ちあふれて、眠っていた俺の意識が現実世界へと呼びもどされる。


 このぼろい天井は俺の宿舎か? はりが今にも落ちてきそうだ。


「ドラスレが目をさましたぞ!」

「なんだって!?」


 俺のまわりで、だれかが声をあげている。流人か。兵たちか?


 俺は宿舎に帰っていたのか。


 首を動かすと、ジルダに流人たち。テオフィロ殿たちが手をとりあっていた。


 沼地から姿を消していた兵たちもいるな。


「どうなって……くっ」


 起き上がろうとすると、右腕に強烈な痛みが走った。


「大丈夫か!?」


 俺の身体を支えてくれたのはジルダか。


「あんたはカメを退治しに行って、そのまま意識を失ってたんだ」

「そう、なのか」

「そ。ぼくたちが助けに行かなかったら、今ごろテオフィロとかと一緒に魔物に食われてたんだぞ」


 ジルダに指されて、テオフィロ殿が縮こまった。


「ドラスレが無事で、本当によかった。あのまま起きなかったら、どうしようかと思ってた……」

「ほんとだな。もし、そんなことになってたら、あんた、ヴァレダ・アレシアのすべての国民からうらまれてたぜ」

「それだけは、かんべんしてくれ……」


 テオフィロ殿の素直な姿に、流人や兵たちが爆笑する。


「っていうか、あんたはここの管理者だろ。本来なら、あんたらがぼくたち平民をまもんなきゃいけねえんだぜ。それなのに、ドラスレばっかたよるなよなー」

「う、うるせえ! そんなこと言ったって、並みの俺たちが、ガレオスなんか、倒せるわけないだろ! 俺たちを侮辱するんだったら、おお、お前らがガレオスを倒してみろっ」

「なにをぉ!」


 ジルダがいきり立つが、流人や兵たちになだめられた。


 ジルダは俺を見下ろして、ため息をついた。


「あんたも、むちゃするよな。まさか、あのガレオスを倒しちまうなんてよ。あいつは百年以上も前から、あの沼にすみついてたらしいぜ」

「そうなのか?」

「たんなるうわさだから、ほんとかどうかはわかんねえけどな。でもぼくたちや、プルチアのインプどもを怖がらせる存在であったことはたしかだぜ」


 ガレオスはとてつもない強敵だった。


 ひとつの砦のような体重がのしかかってきたとき、俺は死を覚悟した。


「ガレオスとどのように戦っていたのか。俺はほとんどおぼえていない。やつが俺に乗りかかって、押しつぶされないように、必死でやつをもちあげていたんだが……」

「ガレオスが、乗りかかった? うそだろ……」

「たしか、そんな状況になっていたはずだ。違うか? テオフィロ殿」

「お、お前の言う通りだ。その後はよくわからんが、ガレオスを投げとばしてたぞ」

「な、投げとばしたぁ!?」


 ジルダや流人たちが悲鳴のような声をあげた。


「ドラスレが、ガレオスを投げとばして、そしたらガレオスがひっくり返ったから、ドラスレがガレオスの腹を何度も打ちつけてたぞ。それで、ガレオスが死んだんだ」

「信じられねぇ話だけど、ガレオスがばらばらになってたのは、ぼくも見たからな。そんな戦いだったんだな……」


 ガレオスと戦っていたとき、アダルジーザに会ったような気がする。


 アダルジーザは都にいるはずだ。俺は何を考えて――。


「ぐっ!」


 身体を起こそうとしたら、全身からきしむような激痛が走った。


「ドラスレ!」

「大丈夫かっ!」


 全身に受けた切り傷と打撲のせいか。手足すら動かない。


「心配かけてすまない。俺なら、大丈夫だ」

「うそつけよ。ほんとは全然大丈夫じゃねえんだろう?」

「命を落とす危険はないだろうが、しばらくは手足すら動かせないかもしれない」

「それ、ぜんぜん大丈夫じゃねえから!」


 身体は強い方だが、それでも完治には時間がかかるだろうな……。


「その様子じゃあ、しばらく戦えそうにねえなぁ」

「ドラスレが生きててよかったが、この隙にインプどもが魔物を引きつれてきたら、やばいぞ……」

「げっ、そうじゃん! どうすんだよっ」

「どうすんだよって、そんなの知るか!」


 ジルダとテオフィロ殿が、また言い争いをはじめたぞ……。


 流人や兵たちがなだめるが、空気はどことなく重い。


「インプどもに気づかれないように、村の警備をあえてうすくしよう」

「そんなことをしても問題ないのか?」

「問題ないのかと言われれば、問題はあるんだが、賭けだ。村の警備をあえてうすくして、ドラスレが健在であると見せかけるんだ。村の警備を不必要にあつくすると、逆にインプどもに気づかれるかもしれん」

「へぇ。テオフィロにしちゃ、まともな案じゃん」

「テオフィロ様だっ。お前ら、役人をなめすぎだ!」


 テオフィロ殿が顔を赤くしたが、ジルダや流人たちは肩をすくませるばかりだった。



  * * *



 ガレオスとの戦いから三日がたった。


 テオフィロ殿の奇策が功を奏しているのか、インプたちは襲ってこない。


 全身の傷と打撲はまだ治らない。


 ジルダや村の皆は懸命に看病してくれるが、エルコにはそもそも良薬がないのだ。


「どうだ。まだ痛むか?」


 夜にジルダがやってきて、全身の包帯をとりかえてくれる。


「痛むな。戦線復帰はまだ先か」

「こんな大けがなのに、薬もろくに塗れてないからなぁ。都に急使をだしたらしいけど、あれからなんの音沙汰もないし」


 早馬はやうまをとばしても、都に着くのは五日くらい後だろう。


「そんなすぐにはこないさ。しかたない」

「だけどよ。村が襲われるのなんて、時間の問題だぜ。うかうかしてらんねえだろっ」

「その通りだが、インプどもがあらわれたら出撃するしかあるまい」

「出撃って、あんたはけが人だろ……。簡単に言うなよぉ」


 ジルダは口が悪いが、仲間思いだ。


「こんなに大けがをしたのはヴァールと戦って以来だ」


 包帯をとりかえおえて、ジルダが茶をもってきてくれた。


「ヴァールって、あれだっけ。あんたが戦ったっていう」

「そうだ。ヴァールは強かった。ガレオスも強かったが、ヴァールと戦ったときはもっとひどかった」


 ヴァールは重たい一撃に加え、毒と灼熱のブレスに悩まされた。


「ヴァールはドラゴンであるゆえ、複数のブレスを使いわけていた。人間を数秒で死にいたらしめるという毒まで受けたが、仲間の加護で九死に一生を得たのだ」

「へぇ。めっちゃ優秀なヒーラがいたのか」

「そうだ。アダルは優秀だった。回復とバフ専門だったから、攻撃魔法は苦手だったが」


 アダルジーザがいれば、この傷はたちまち治るだろう。


「アダルって、何。この前も聞いたかもしんないけど、あんたの仲間?」

「そうだ。俺がギルドに入る前からの仲間だ」

「ふーん。女なのか?」

「女だぞ。女子で冒険者は珍しいが、アダルはフィオレンテ家という有名な冒険者一家の子息なのだ」


 他人のことをあまりしゃべってはいけないが、この程度なら問題ないだろう。


「フィオレンテって、知ってる! 有名な宝とか遺跡を発掘してる一家だろっ」

「そうだな。兄弟も何人かいるらしいが、皆、とても優秀らしいぞ」

「ふーん。そうなんだ」


 ジルダがむすっと口を閉ざした。


「何か、妙なことを言ったか?」

「べつに」


 ジルダは気むずかしい女だ。あまり触れないでおこう。


「ドラスレ本人の家族とかは、いないのかよ」

「俺か? 家族ならひとりもいないが」

「え。ひとりも?」

「そうだ。俺は親がいなかったから、冒険者の義父にひろわれたのだ。その義父も、病気で亡くなってしまった」


 孤児だった頃の記憶はほとんどない。


 義父の言葉によると、森の中に捨てられていたらしいが。


「そうなんだ。悪いことを聞いちまったな」

「かまわない。隠すことでもない」

「めちゃくちゃ強いから、もっとこう、国の英才教育でも受けてたのかと思ってたけど、ぼくらなんかより過酷な生活を送ってたんだな」

「過酷ではないと思うがな。義父もアダルも、ジルダや流人の皆も、俺によくしてくれる。俺は人にめぐまれているのだろう」


 俺を助けてくれることには、ただただ感謝しかない。


「そういうこと、本人の目の前で言うなよな」

「どうしてだ? 悪いか?」

「どうしてだじゃない! 調子くるうんだよ、そういうの……」

「そ、そうか。すまない」


 ジルダはやはり気むずかしいな。


「ジルダも冒険者だったと言っていたな。仲間は元気なのか?」

「仲間? ああ、うん。元気なんじゃね?」


 ジルダが視線を逸らす。


「はなればなれになったから、行方はわからないか」

「ん、まぁ、そうだけど」


 ジルダの言葉はどこか歯切れが悪い。


「話したくなければ、無理に話さなくていい」

「お、おぅ」


 仲間と複雑な事情があったのか。


 沈黙の時間が続く。


 ジルダは茶の入ったコップを置いて、言葉をさがしているようだったが、


「ドラスレ、大変だ!」


 どたどたと足音が聞こえて、扉をあけたのはテオフィロ殿だった。


「ちょっと、静かにしろよっ」

「おお、ジルダもいたのか。ちょうどいい。ドラスレの知り合いだっていう女が、都の輸送馬車にまぎれてたんだ!」

「なんだって!?」


 俺の知り合いだと!?


 俺をたずねてくる女性なんて、思いあたる者はひとりしかいない。


 いや、そんな、まさか――。

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