第5話 超巨大ガメ・ガレオスとの死闘

 ニョルンの襲撃から五日がたった。エルコの日常は、流刑地と思えないほど平穏だ。


 午前中は警備隊に混じって村を警護したが、魔物たちの足音は聞こえてこない。


 採掘チームはつねに人手不足で、都に送る資源のノルマもわりときびしいようだ。


 俺はテオフィロ殿に申告して、午後から採掘チームの支援にまわった。


「なぁ、ドラスレ。なんでぼくたちが、鉱石なんてはこばなくちゃ、いけないんだっ」


 俺のとなりでジルダが鉱石の入った木箱をかかえている。


 大きな木箱の中は鉱石で満杯だから、かなりの重量がある。


「ここプルチアでたくさん貢献すれば、都から恩赦がでるからだろう」

「んなの、わかってる、けどさ……」


 非力なジルダでは重労働か。


「俺がもとうか?」

「いい。ちゃんと、運ばないと、カウント……されない、からっ」


 ジルダは製鉄所ではたらかせた方がよいか……。


「つーか、どんだけ怪力なんだよ、あんた……」

「そうか? 普通だと思うが」

「こんなん、みっつも重ねて、普通かよ……」


 木箱をみっつ重ねても、ヴァールアクスより軽いからな。


 通りかかる流人たちも、俺がもつ木箱を見ておどろいているようだ。


「ここに来て、つくづく、思うことがあるよ」

「なんだ?」

「男に生まれてれば、よかったなって」

「そうだな」


 製鉄所に木箱を置いて、一段落か。


 鉄鉱石の粉砕や加工は、製鉄所のメンバーが担当してくれる。


「ドラスレ! いるかっ」


 俺を呼んだのはテオフィロ殿か。


「どうした、テオフィロ殿」

「はぁ、はぁ。ここ最近、インプどもが姿を見せない理由がわかったぞ!」


 なんと!


「エルコの南に、大きい沼があるんだが、そこに結集してるらしい」

「なぜ、そんな場所に集まるんだ?」

「それがな、ガレオスという巨大なカミツキガメが、その沼に棲息してるんだ。おとなしい魔物だから、刺激しなければ襲ってこないんだが……」


 その巨大ガメに村をおそわせる気か!


「わかった。すぐに向かおう!」


 疲労困憊のジルダに留守をまかせ、討伐隊とともに南の森に入る。


 だが、プルチアの森に道などない。小川のほとりや木の幹につかまれそうな場所を突き進んでいくしかない。


「うわぁ!」

「ドラスレ様っ」


 道中はさらに魔物の巣窟だ。大きなクモや食人植物に襲われるたび、戦いを余儀なくされる。


「ドラスレがいなかったら、俺たちはガレオスを見る前に全滅してたな……」


 討伐隊と兵たちはまだ欠員を出していないようだな。


「よ、よし。もう少しで、到着するはずだっ」


 凶悪な森を越えて、木の生えていない広場にたどりついた。


 足もとに広がる沼は水面のほとんどが水草におおわれている。


 一枚の葉の大きさだけで、流人たちの宿舎の天井になってしまいそうだ。プルチアの生物はとにかく巨大だ。


 沼のほとりにインプたちの姿がある。数は……七匹、八匹か? それほど多くない。


「偵察隊の報告どおりだ。どうやら、間に合ったようだぞ」


 テオフィロ殿たちと木陰に隠れる。


 インプたちは食事の時間か? 骨つき肉のようなものを食べている。


「食事中のようだな。ガレオスを呼び出す気はまだないようだ」

「俺たちが侵入してることに気づいてないのだろう。ふふ、ばかなやつらだぜ」


 インプたちは油断しきっている。一網打尽にするなら、今だ。


「テオフィロ殿、戦闘開始の指示を」

「わかった。ドラスレは兵の半分をつれて、右側へまわってくれ。俺たちは左側へまわり込んで、挟み撃ちにする!」

「了解したっ」


 木陰を伝ってインプたちに近づき――気づかれたかっ。


「な……」

「に、人間!?」

「かかれぇ!」


 木陰から抜け出して、ヴァールアクスをふりおろした。


 インプたちを地面ごとたたき割る!


「ぐぎゃぁ!」


 攻撃の強い衝撃で地面がくずれる。沼の水が一気に流れはじめた。


「インプどもを逃がすなっ。斬り殺せ!」


 討伐隊と兵たちがインプたちの退路を断つ。いい調子だ!


「く、くそ、こうなれば……」


 二匹のインプが沼に飛び込む。ガレオスを起こす気か!


 だが、色のにごった沼に飛び込むことはできない。どうする!?


「沼ごと、インプどもを断つ!」


 ヴァールアクスを引いて、力をためる。


 深呼吸をして、ヴァールアクスを縦に一閃した。


「な……っ」


 ヴァールの力が強烈な衝撃をうみ、津波のように沼をのみ込む。


「う、うわっ」

「すげぇ力だ……」


 沼ごとインプたちをほうむった。ミッションコンプリートだ。


 砂ぼこりと水しぶきが舞う沼地から、大きな黒い塊が姿をあらわした。


 それは沼の水を押し出して、岩のようにそびえている。


「ま、まさか……」


 ギルドハウスのような巨体に、鋼鉄のような肌……いや、甲羅か。


「ガレオスだぁ!」


 兵たちがわれ先にと逃げ出す。


 プルチアに巣食う魔物はどいつも規格外だな!


 ガレオスが城のような甲羅から頭を出して、咆哮する。ものすごい圧力でふき飛ばされてしまいそうだっ。


「ドラスレぇ!」

「テオフィロ殿は撤退の指示を! この者は俺が相手するっ」


 ヴァール襲撃以来の危機だというのに、俺の全身をかよう血液が沸騰しそうなほどに燃えたぎっている。


 これこそ、血湧き肉躍るというものだ!


「ヴァールもお前を見てうずいているぞ!」


 ヴァールアクスを引いて、まっすぐに突撃する。


 跳躍して、ハンマーのようにヴァールアクスを打ちつけたが――。


「かたいっ」


 ガレオスの首が襲いかかってきて、俺は横にふき飛ばされた。


「ドラスレ!」

「や、やられたっ!」


 背中を大木に打ちつけたが、この程度なら、どうということはない。


「なんのこれしき!」


 ガレオスに近づいて、ヴァールアクスを横にはらう。


 ぶあつい刃はガレオスのかたい鱗を裂くが、こんな攻撃では致命傷にならないか。


 ガレオスが怒り、木のような前肢を打ちつけてきた。


 攻撃をぎりぎりよけることができたが、地面に沼のような穴が開いた。


 強い……! ヴァールに匹敵する強さだ。


 ガレオスが口を開けて、耳をつんざく叫び声を発した。


「くっ、なんだ!?」


 ガレオスの口から突風がふきつける。


 突風の中には真空の刃が含まれているのか、俺の身体が切り裂かれる。


 だめだ。立ち止まっていたら、いずれ殺されるっ。


 突風の攻撃を横にとんでかわし、ヴァールアクスでガレオスの前肢を斬りつけた。


 ガレオスが悲鳴を上げる。


 いける! やつの身体はかたいが、甲羅でなければ切断できるぞ。


 ガレオスが首を突き出して、俺にかみついてくる。


 ガレオスの頭が地面に激突するたび、地面に大きな穴があいた。


「こうして、お前を中心に沼がつくられていくんだな」


 ヴァールアクスをふりおろして、ガレオスの首もとに打ちつける。


 首を切断すれば、このような巨体でも死滅するだろう。


「人間と魔物は古来より共存できない存在。お前と対峙したとき、俺はお前を死滅させる宿命を負ったのだ。お前の命、決してむだにしないぞ!」


 悲鳴をあげるガレオスにヴァールアクスを打ちつける。


 斧は肉を裂き、大量の血を流させて、ガレオスの首を切断した。


「す、すげぇ」

「ガレオスまで、倒しちまうのかよ……」


 テオフィロ殿は無事だったか。


「他の者は?」

「う、うむ。先に逃げてしまったが、きっとエルコにもどってるだろう。それより、身体はなんともないのか?」


 腕や胸がかなり切られているな。背中や腕の打撲も痛いが、


「案ずるな。まったく問題ない」

「お前、ほんとに人間なのかよ。バケモノじゃねえか……」


 テオフィロ殿は口をひくひくさせていたが、そのうち全身をふるえさせはじめた。


「バケモノとはひどいな。これでも、れっきとした人間だ」

「ド、ドラ、ス……」

「とはいえ、ドラゴンや巨人と同一視されることには慣れているから、それも問題ない。さあ、陽がかたむいてきた。夜にならな――」


 背後にとてつもない殺気!


 ふり返ると、怒りに満ちあふれたガレオスが俺をにらんでいるだと!?


「ばかなっ! 首を斬り落としたのに生きていられる者はいないはずっ」

「首が、もとに、戻ったぁ!」


 首が再生したのか!?


 ガレオスの巨大な顔が突進してくる!


 身動きのできないテオフィロ殿をけりとばして、その反動で後ろへ跳躍した。


 テオフィロ殿の背後にあった大木が、ガレオスの頭に引き倒された。


「うわぁ!」

「なんという怪力! 首を斬り落としたのに、力がまったく衰えていないっ」


 まずいぞ。すさまじい生命力だっ。


 ガレオスがはいつくばるように身体を地面に下げる。


 ガレオスの巨体が、消えた! いや、俺にとびかかってきたのか!?


「ド、ドラスレぇ!」


 おしつぶされて、たまるかぁ!


 ヴァールアクスを投げ捨てて、ガレオスの巨体を受け止める。


「ぐうっ」


 この世のものと思えない質量が、俺の腕、肩、腰、背中……すべてにのしかかる。


 両腕の血管がはち切れそうだ。腰の骨は折れたかもしれない。


 俺は、ここで、死ぬ……のか。


 ありもしない罪で、遠い異国に流されて……。


 意識がうすれる中、思い浮かんだのはアダルジーザの泣き顔。


 ――グラートと、こんな、ところで……おわかれに……。


 俺は彼女を泣かせてしまった。


 死ぬなんて……否! こんなところで、死んでたまるかぁ!


「どけぇ!」


 極限まで高めた力を全身にはなつ。


 身体が急に、雲のように軽くなった。


 俺のとなりで、大きなガレオスがあおむけになってもがいている。


 ここで命を絶つ!


 地面に捨てていたヴァールアクスをとって、ガレオスの腹甲ふっこうにたたきつける。


 腹甲は鱗よりもはるかに柔らかい。ヴァールアクスの重たい刃が腹甲を割り、中にある心臓まで押しつぶした。


 ガレオスの絶叫が森にひびく。


 首を斬り落としても再生するというのであれば、お前の中枢を徹底的に破壊するまでだ。


 ガレオスが絶命するまで、ヴァールアクスを打ちつける。


「ド、ドラス……」


 刃を何度打ち下ろしたのだろうか。ガレオスの悲鳴はやがて聞こえなくなった。


 身体をかろうじて支えていた力が、急速に失われた。

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