第3話 元冒険者ジルダと、流刑地エルコの歓迎会

「グ、グランドホーンが……」

「マ、マジかよぉ」


 採石場でいい気になっていたインプどもが、うろたえている。


「だれなんだよ、あいつ」

「あいつがもしかして、ドラゴンなんとかってやつか?」


 採石場で労役に服している流人るにんたちも、俺のせいで困惑しているようだ。簡単に自己紹介しよう。


「俺はグラートだ。ブラックドラゴン・ヴァールを倒し、都ヴァレンツァでドラゴンスレイヤーと呼ばれていた者だ。

 訳あってこの地に流されてしまったが、これからよろしくたのむ!」


 インプたちは見るからに狼狽していた。


「ド、ドラゴンスレイヤーだとぉ……」

「あの、ヴァールを殺したっていう……っ」

「お、おかしらに報告だっ!」


 インプたちはほそい尻尾をふって採石場から去っていった。


「すげぇ。だれなんだよ、あんた! 超つえぇじゃねえかっ」


 見知らぬ流人が腕にだきついてきた。


 その女は子どものように背が低かった。子どもの流人か!?


「グランドホーンを瞬殺しちまうなんて頭おかしいぜ! あんた、本当にあのドラスレなのかっ?」


 背中で揺れる銀色の髪が美しい、流刑地にそぐわない女だ。


 背は低いが顔立ちは年ごろの女子だ。名はなんというのか。


「本当だ、としか言いようがあるまい」

「ドラスレは超有名だからな。名前をかたる偽者がうじゃうじゃいるらしいけど、あんたは本物っぽいな!」


 俺の名をかたる偽者なんているのか……。


「それは初耳だ」

「あんた、なんだかお人よしっぽいな。ここは流刑地なんだ。そんなんじゃ、ここじゃ生きられないぜっ」


 女の冗談めいた言葉にまわりの流人と兵士たちが笑った。


「あなたも流人のようだな。名はなんというのだ?」

「ぼくはジルダさ。あんたとおなじ元冒険者さ。そんでもって、あんたとおなじく訳あってここに流されたってわけ」


 ジルダは快活な女子だな。罪を犯した者には見えないが……。


「ふたりとも立ち話は後だ。先にここをかたづけちまおう」


 頃合いを図ったようにテオフィロ殿が言った。


「魔物が出たんじゃ仕事にならんだろう。ここをさっさとかたづけてドラゴンスレイヤーの歓迎会だ!」

「おっ、マジ!?」

「やったぜぇ!」


 流人や兵士たちから歓声が上がった。


「ジルダ。お前はドラゴンスレイヤーに村を案内してくれ」

「かまわないぜ。片づけはあんたらがやってくれるんだろ?」

「そうだな。面倒だが流人だけじゃ、あのデカブツを処理できんだろう」


 テオフィロ殿が親指で指したのはグランドホーンか。


「あんなにでかけりゃな」

「あれを適当にさばけば皆の腹もふくれるだろう。じゃあ、村の案内をたのんだぞ」

「おーけーっ」


 なだらかな坂を下りて、エルコの村にもどる。


 村のあちこちで作業する流人たちの姿が見える。


「まだ、なんも説明を聞いてないの?」

「ああ。着いて早々に魔物が襲ってきたからな」

「あはは。あんなの、ここじゃ日常茶飯事さっ」


 ジルダがくったくなく笑う。


「ぼくらのやることは単純さ。この地方で鉱石がとれるから、鉱石をいっぱいとって、鉄とかに加工して都にはこんでもらうのさ。たくさんはたらけば国からいずれ恩赦がでて、都に帰れるようになるってわけ」

「恩赦か。簡単に出るとは思えないが」

「まあね。でも、テオフィロは気長に待ってろって言ってたから、がんばってればそのうち都に帰れるよ。ぼくとか他の流人は採掘がメインの労役だけど、あんたはきっと魔物の退治をさせられるだろうな」

「そうだな。そのほうがたすかる」


 ジルダは兵の宿舎を通りすぎて港へと歩いていく。


「エルコのまんなかに兵士の宿舎があって、その北西にあるのが港。村の外に出る街道は南東に一本だけ。港と街道の近くには住めないから、ぼくらは北東と南西のエリアに住まわされてるってわけ」

「北東と南西のエリアに分かれているのか。了解した」

「ぼくらの住むエリアと家は決まってるみたいだけど、テオフィロたちはろくに管理してないから、どこに住んでも平気さ。ぼくは南西のエリアが気に入ってるから、こっちに住んでるけど」

「なら、俺もこのエリアに家を借りよう」


 流人たちの住む家は貧村のあばら家のような建物ばかりだ。


 壁は剥げ、窓もはずれてしまっている家屋ばかりだ。


「いい家だろ。驚いたかい?」

「いや、まったく問題ない。子どもの頃に住んでいた草庵も、ここと似たようなものだった」

「あんた、かわいげがないね。有名人だから貴族のぼっちゃんだと思ってたのに。なんか、ちょっとムカつく」


 ジルダがくすすと笑った。



  * * *



 その日の夜。俺は流人や兵士たちから熱烈な歓迎を受けた。


「すげぇぜ、だんな! なんでそんなに強ぇんですかっ」

「有名な冒険者だったんですか!?」


 兵の宿舎のとなりにある訓練場――ただの広場でしかないが、そこで俺を盛大にもてなしてくれるようだ。


 大麦を発酵させたエールに、先ほど倒したグランドホーンの肉。海でとれた魚に数種類の山菜。


 味付けなんてほとんどされていない料理ばかりだが、これはこれで悪くない。


「俺は一応、都で騎士団と協力して治安維持に当たっていた。だから戦いには慣れている」

「ほえぇぇ。よくわかんねえけど、すげえんだなあ」

「ドラゴンを倒したって言ってたけど、どんな感じだったんだい!?」


 アルコールで顔を赤くしている流人たちがまっすぐに聞いてくる。


「どうだったかな。単身でヴァールに突撃したんだが、一日中戦っていた気がする」

「ひぇ、一日中……」

「ヴァールは巨体で体力も底なしだった。一瞬でも気を抜けば俺はヴァールの炎に焼かれていただろう」


 ヴァールは強かった。


 咆哮だけでひとつの村を破壊するような存在だ。俺は戦いの最中に何度も死線をさまよった。


「ヴァールは強かったが、魔物ゆえに攻撃にムラがあった。その隙をついて奴の生命力を少しずつけずっていき、やがて止めを刺した……そんな戦いだった気がする」

「気が遠くなるような戦いだったんですね」

「そんなに強いんだったらグランドホーンなんて楽勝だよな」


 あの程度の魔物であれば難なく倒せるだろう。


「グランドホーンはインプどもに使役されていたが、インプどもがこの地を支配しているのか?」

「ああ、そうだ。やつらはボルゾ族といって、非常にずるがしこいやつらだ」


 宴会場のまんなかでエールを飲んでいたテオフィロ殿が言った。


「やつらは弱いが、プルチアの魔物をあやつることができるんだ」

「魔物使いのようなものか?」

「そうだ。グランドホーンのような魔物は知能がないが、インプどもに使役されて俺たちを襲ってくる。インプも魔物どもも数が多いから、かなり厄介だぜ」


 要するに、インプどもを倒せばいいんだな。


「そういうクエストか。了解した」

「インプどもはお前のことを知っていた。今までは俺たちをあなどってイタズラしかしてこなかったが、これからは本気で俺たちを追いだそうとするかもしれない。面倒なこった!」

「魔物の退治なら俺にまかせてくれ。グランドホーン程度なら難なく倒せるだろう」

「くくっ。期待してるぜっ」


 テオフィロ殿がグランドホーンの骨つき肉にかぶりついた。


「それにしても、お前のような人格者がなんで、こんな僻地に流されたんだ? 悪さをはたらくようには見えんが」

「俺は何も罪を犯していない。国の宝を何者かが俺の家に運び込んで、その罪を着せられただけだ」

「国の宝を何者かが運んだ? 証拠はあるのか?」

「証拠はない」


 にぎやかだった宴会場が一変する。


「証拠がないんじゃ、断罪されても逆らえないな」

「そうだ。死罪を言いわたされるところだったが、俺の仲間や市民たちが助命を嘆願してくれたから、死罪をまぬがれたのだ。彼らには何度頭を下げても足りないだろう」

「それは……いい人たちに恵まれたな」


 本当にいい人たちだった。


 アダルジーザにシルヴィオ。ギルドの仲間たちに多くの市民。


 皆は達者でくらしているだろうか。


「ここにいる連中はお前とおなじさ。軽い罪や無実の罪で元は都の牢獄にいれられてた者たちさ」

「そうなのか?」

「そうさ。となりの家と喧嘩しただけのやつとか、食いもんをちょっとばかし盗んじまったやつとか、そんなのばっかさ」


 喧嘩や窃盗はいいことではないが、いずれも流刑に相当しない罪だ。


 いずれの罪も度合いに応じて、数日間の禁錮に処されるだけなのだが……。


「そんなことが……あるのか?」

「ドラスレさんよ。ぼくらを疑ってるのか? それなら、たっぷりと話してやるぜ」


 宴会場のすみで魚をつまんでいたジルダが言った。


「皆のことは信じている。しかし、流刑に処される者は相応の罪を犯した末に流されるものだと聞いている」

「それが普通なんだよ。だが、普通じゃない判決がぼくたちに降りかかったのさ。すぐに信じられる方が異常なんだろうがな」


 ジルダの言葉は理解しかねるが……ジルダを含めた全員の流人たちに凶悪さは感じない。


「最近の王国の考えは俺にもわからん。軽い罪の者が大勢ながされるし、ドラゴンスレイヤーのような者まで無実の罪を着せられる。ブラックドラゴンがいなくなって、陛下のあたまはのぼせてしまったのだろうか」


 テオフィロ殿のつぶやきが夜空にひびいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る