第2話 流刑地プルチアへ、グランドホーンをたおせ

 どうして俺の寝室に金銀財宝がつまれているんだ。


 魔物の討伐に向かう前まで、俺の寝室にこんなものはなかった。


「グラート、さん。そんな、まさか……」


 シルヴィオは今にも倒れそうだ。


 兵士たちの表情も信じられないといった面持ちだ。


 俺は知らないと言いはりたいが、俺の寝室に堂々と宝がつまれているこの状況では、どのような弁解も彼らの耳に入らないだろう。


「シルヴィオ。何をしている。この男を街の地下牢へつれていけ!」


 ウバルドの怒号が部屋の壁をふるわせる。


 シルヴィオは膝を折り、右手でしばし頭をかかえていた。


「グラート、さんを、地下牢へ……」


 兵士たちもしばし困惑して互いの顔を見合わせたりしていたが、やがて俺の自由を奪った。


 俺の身柄は拘束された。


 街の地下できびしい取り調べを受けたが、俺は知らないとこたえるしかなかった。


 刑が確定するまで、街の地下牢にしばらく収監されることとなった。


 国宝を盗む罪はかなり重い罪であるらしい。


 身におぼえのない罪を着せられて、俺は朽ち果てるのか。


「グラート!」


 冷たい鉄格子の向こうに立っているのは、アダルジーザか。


「来たか」

「グラートが、国宝を盗んだなんて、うそでしょ。どうして、こんな、ことに……」

「さあ、どうしてだろうな」


 俺だって意味がわからない。


 斧をふるうことしか能のない俺が、国宝なんて盗み出して何がしたいのか。


「あなたが、国宝を売り飛ばして、反乱を起こすお金にしてるって、聞いて……」


 反乱っ! 俺が国王陛下に盾つくというのか!?


「そんなばかなっ。ありえん!」

「みんな、あなたの事件で混乱してるわ。いったい、何がどうなってるの。グラートが、そんな……っ」


 事態は俺が思う以上に深刻な方向へと進んでしまっているのか。


 アダルジーザは膝をついて大粒の涙を流していた。


「グラート、さん」


 階段を下りてきたシルヴィオは警備兵に指示して、泣きくずれるアダルジーザを地上へとつれもどしていった。


「シルヴィオ。これはどういうことだ。俺はなぜ、反逆の罪まで疑われているんだ」

「俺もくわしいことはわかりません。グラートさんが反逆だなんて、こんなもの、だれかが流したデマに決まっています! しかし……」


 シルヴィオが急に言葉をつまらせる。


「しかし、なんだ」

「しかし、グラートさんは先のブラックドラゴンとの戦いで多くの名声と資金を得ました。国民はグラートさんの勇気と強さに感服しましたが、王国やギルドの一部でグラートさんをねたむ者がいたのは事実です」


 なんと! 俺は知らない間に恨まれていたのか。


「俺はグラートさんが卑劣な犯罪なんて起こさないと信じています。しかし、宝物庫から盗まれたという品がグラートさんの部屋から見つかってしまった以上、グラートさんをかばい切ることはできません。グラートさんにはこれまで、何度も助けていただいたのに、俺は……」


 シルヴィオも膝を折って牢屋の前で泣きくずれそうだった。


「シルヴィオ。ありがとう。きみのような友がいて俺は幸せだ」

「グっ、グラートさんっ」

「俺を信じて、かなしんでくれる者がいる。それだけで俺の人生に大きな価値があったということだ。俺をひろい、冒険者として育ててくれた義父も空の上で喜んでいることだろう」


 シルヴィオは顔を上げて、涙を必死にこらえているようだったが、


「グラートさんはドラゴンスレイヤー。まぎれもなく、わが国を救ってくれた勇者ですっ。グラートさんのあらぬ罪がはれるよう、陛下に何度も奏上します!」

「あっ、待てっ」


 シルヴィオはがばっと立ち上がって、地上へと続く階段を駆け上がっていった。



  * * *



 それから三日ほどが経ち国外追放が言いわたされた。


 アダルジーザやシルヴィオ。そして、多くの国民からの助命嘆願によって俺は死罪をまぬがれたようだ。


 俺がもつほとんどの資産はとりあげられてしまったが、ヴァールの牙や鱗からつくった斧だけは保有することが許された。


 多くの人々の厚意によって俺は助けられた。この恩、決して忘れないぞ!


「ドラゴ……グラート殿。馬車にお乗り下さい」


 王国の役人にうながされて、護送馬車に乗り込む。手かせや足かせはすでに外されている。


「この馬車はどこに向かうんだ」

「プルチアという北西にある地域です」


 プルチア? 初めて聞く名だ。


「プルチアは王国の支配がおよばない地域です。ブラックドラゴンにつぐ魔物たちが跋扈ばっこしているとのことです」


 要するにその魔境を斧で切りひらけということなのだな。


「グラート殿は王国を救ったお方。それなのに、この処遇はあまりにも……」

「まったく問題ない。命あるかぎり俺はどこにでも向かおう」


 ギルドや王国の義務からはなれ、戦いの日々にあけくれるのも悪くない。


 十日間、馬車でゆれる生活が続いてプルチアへと到着した。


 この地方はエルコという村にしか人が住んでおらず、広大な地域のほとんどが山と森でおおわれているようだ。


 案内されたのは、この村を管理する役人の宿舎だ。村の中央に位置するようだ。


 宿舎はそれほど大きくない。首都ヴァレンツァにあったギルドハウスとくらべると、まるで物置き小屋だ。


「お前が今日からこの地方に流された犯罪者だな。俺は地方官のテオフィロだ」


 テオフィロという男は短く切りそろえられた金色の髪にあごのヒゲが目立つ、壮年の男だ。


「お前のうわさは聞いてるぞ。かのブラックドラゴンを倒したのだろう? その力、ここで存分に発揮してもらうぞ」

「ここの労役はそんなに重いのか?」


 犯罪人として流刑地に流されたのだから、何かしらの労役につくことになるのだろうが。


「ここに護送されるまでに話を何も聞かされなかったのか?」

「ああ。凶悪な魔物があばれているとしか聞いていない」

「なんだ、しっかりと聞いてるじゃないか」


 椅子にくつろいでいるテオフィロ殿が豪快に笑った。


「ここエルコから北西の山道を登ったところに鉱山があるんだが、この地にすみついてる魔物が邪魔でな。思うように採掘がすすまないんだ」

「それは難儀するな」

「まったくだ。こんな僻地に飛ばされただけでもムカつくっていうのに、とんでもない魔物どもがうようよしてるんだぜ。今すぐに官吏をやめて故郷に帰りたいぜ!」


 まわりでチェインメイルに身をつつんでいるのは、テオフィロ殿の部下たちか。彼らも静かにうなずいている。


「要するにだ。あのブラックドラゴンを倒したというお前の力で俺たちをたすけてくれ。そうすれば、お前の労役は免除してやる」

「労役は免除しなくていいが、皆が困っているというのであれば、力などいくらでも――」

「テオフィロ様! やつらがでましたっ」


 国の兵士と思わしき小男が、顔中に汗を流しながらかけよってきた。


「なにぃ! また魔物かっ」

「は、はいっ。しかも今回はグランドホーンです!」

「グ、グランドホーンだとぉ!」


 テオフィロ殿が俺に目くばせする。


 宿舎を飛び出して港の近くを通り抜ける。


 S字の細い林道を駆け上がった先。採石場のようなひらけた場所に、作業者らしき男たちが走りまわって……いや、逃げまわっているのか。


「おら人間どもぉ! うじ虫みたいにうじゃうじゃしてんじゃねぇ」


 採石場のまんなかで、インプのような小さい鬼どもが鞭をふりまわしている――いや、それはいい。


 彼らの後ろで鎮座している黒い物体。あれが、作業者たちを怖がらせている原因だな。


 グランドホーンという獣は、その名の通り、額から巨木のような一角を生やしている。


 熊の三倍くらいはあろうかという体躯に、するどくとがった爪。俺の身体よりも太そうな前肢まえあし


 なるほど。テオフィロ殿たちが難儀するわけだ。


「やつらを追いはらえ!」


 テオフィロ殿の下知で、エルコの兵たちが魔物の群れに斬りかかる。


「けっ、むだむだぁ!」


 インプたちがグランドホーンの尻をたたいて、グランドホーンが咆哮した。


 グランドホーンが巨体を動かす。意外とすばやいぞ!


「うわぁ!」

「ま、負けるな!」


 兵士たちは声を張りあげるが、腰があきらかに引けている。


 グランドホーンの竜巻のような突撃になすすべなくくずれた。


「くっ、かくなる上は……」


 テオフィロ殿が俺をちらりと見て長剣を抜き放つ。


 槍のような角をふりまわすグランドホーンに斬りかかるが……はじき飛ばされたぞ。


「テオフィロさまぁぁっ!」

「けけけっ、今日こそ人間どものおわりだぁ!」


 俺の出番だな。


 肩にかけたヴァールアクスを右手で取りグランドホーンに突撃する。


 グランドホーンは俺の気配を察知して角を横薙ぎに払ってきた。


「そんなものっ」


 ヴァールアクスを立てて、グランドホーンの攻撃をがきんと受け止める。


 右足を踏み込み、斧の石突いしづきの近くの柄を左手でもって力まかせにふりかぶった。


「ふっとべぇ!」


 斧の腹がグランドホーンの左頬に直撃する。


 グランドホーンの巨体は球のように飛び、採石場の崖に激突した。


「な……っ」


 まだまだぁ!


 むくりと起き上がるグランドホーンに飛びかかり、ヴァールアクスをまっすぐにふりおろす。


 ぶあつい刃はグランドホーンの角の付け根をとらえて角を頭から分断した。


「す、すげぇ」

「なんなんだ、あいつ」


 グランドホーンは角を失ったが、戦意はまだ喪失していないようだ。多くの人間たちに囲まれて、興奮しているのだろう。


 過剰に命を奪いたくないが、しかたない。


 グランドホーンの突撃を全身で受け止める。


 斧を右に払ってグランドホーンを吹き飛ばし、あおむけに倒れたグランドホーンの腹を刃で分断した。

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