第6話 幼女の神様? と若返り

 ユミス様? 変化と生まれ変わりを司る運命の女神。


「どうじゃ、驚いたじゃろ。『まさかあのユミス様がっ!?』といった感じじゃろー。もっと喜んでいいぞ」


 ユミス様と名乗った幼女が二本の指を立ててピースしている。


「ユミスって、君も私と同じようにユミス様を信仰してるのかな?」


 幼女が急にひざの力を失ってたおれかけた。


「なぜそうなる!?」


「いや、だってそうでしょ。近所の子たちと神様ごっこでもしてるのかな?」


 私も子どもの頃に神様ごっこでよく遊んでいた。


 ユミス様になり切っている幼女は、小さいくちびるをわなわなと振るわせていた。


「まさか、わらわのことを信じてくれぬとは……」


 幼女はがくりとわかりやすく膝を折ったが、急に何かを思いついたのか、今度はしたり顔になった。


「だったら、これでどうじゃ!」


 ぼん、と幼女が白い煙に包まれる。


「なんだ!?」


 煙はすぐにそよ風に吹かれて、現れたのは幼女じゃなくてグラマーなお姉さん!?


「ほっほっほ。これなら人間界のクソガキだと思うまい」


 お姉さんはとてもセクシーな肢体と格好だった。


 羽衣のような白くて薄い衣服しか身につけておらず、しかも胸もとがはち切れそうになっている。


 裾の短い服からすらりと長い足が伸びて、私の目を釘づけにしていた。


「あ、あなたは……だれなんですか」


「だぁからユミスじゃと言っておろう!」


 ユミス様を名乗る美女が悲鳴を上げた。


「ユミス……様? 本物?」


「本物って嫌な言い方をするな。本人であるに決まっておろう」


「おろうと言われても、伝説上のお方が目の前に現れるなんて、普通は考えないですって」


「はぁー、そなたは真面目というか、割とめんどくさいやつなんじゃのう」


 めんどくさいと言われた。


 ぼん、とまた白い煙がどこからともなく舞って、先ほどの子どもの姿に戻った。


「とりあえず話が進まんからユミスじゃと信じておれ。あと、そなたはずぶ濡れじゃから、ずっとそこにおったら風邪を引くぞ。こっちに来るのじゃ」


 よくわからないが、悪い子……子どもじゃないのか。


 悪い人ではなさそうだから、お言葉に甘えてみるか。


「ユミス……様? どこに行くおつもりですか?」


「どこって自宅に決まっておろう」


 人のいない砂浜を歩いていくと森があって、その先に小さな洞窟があるようだった。


 洞窟といっても、あの不届き者たちが集まっていた陰湿な場所ではない。


 浅い洞窟は暖かい日差しのせいか空気が乾いていた。


「ここじゃ」


 そう言われて見上げた先にたたずんでいたのは、洞窟の中に建てられた古い神殿?


 神殿にしては小さいが、それでも男爵様のお屋敷に引けをとらない規模だ。


「いつにだれが建ててくれたのか、とうの昔に忘れてしもたが、わらわはずっとここに住んでおるのじゃ」


 神殿は神の住居として人間が建てたものだ。


 古めかしいけど、こんなにも立派な神殿に住んでるのだとしたら、この方は本当に神様なのか?


「ここはひとりで住むにしては広すぎてな。掃除をしてくれる者もおらんから、汚れていく一方じゃ」


 神殿の床から雑草が顔を出している。


 倒れた柱は放逐されて、瓦礫や小石もかなり目立つ。


「ここにひとりで住むのは寂しいですね」


「じゃろ! じゃから仲間がほしかったのじゃ」


 うわっと、急接近しないでください!


「マイナーなわらわを毎日せっせと祈ってくれるのは、そなただけじゃ。ずっとそばにいてくれ」


 小さい子に懇願されると、断れないなぁ。


「いいですよ。私も行く宛を失っていたので」


「本当か!?」


「本当ですからっ、急に近づかないでください!」


 まったく、調子を狂わせるのがうまい女神だ。


「そうと決まれば、どうするかのう。ここをさっさと打ち壊してそなたとふたりだけの愛の巣に――」


「打ち壊す気なんですか!? ここ神殿ですよっ。あと愛の巣ってなに!?」


「む、いっぺんにだだだーっと滝のように言わないでくれ……はっ、それともそういうプレイなのか!?」


「いや、だから……いちいち凌辱プレイの方向にもっていかないでください」


 本当に、調子が狂う。


「むむう。細かいことはさておき、ここは何千年と放置されてきた場所じゃからのう。隅々まで手をくわえるのは至難じゃぞ」


 何千年……というのは置いておいて、このひろい神殿を管理するのはなかなか難しい。


「ちなみに放置プレイも嫌じゃないんじゃが」


「だぁからいちいち凌辱プレイに話をもっていくな!」


 ユミス様って、こんな破廉恥な方だったの?


 子どもっぽい見た目といい、イメージとかなり違う……


「はっはっは。そなたもいちいち真面目じゃのう。そうやって突っ込んでくれるだけでもわらわは嬉しいぞ!」


 今度は褒められた。


 この人……じゃなかった。この女神様はわりとMっ気があるんじゃ……


「そなたと遊んでると楽しすぎて、時間があっという間にすぎてしまいそうじゃ」


 神殿の広間の奥にある祭壇にユミス様が腰を下ろした。


「そなたのこと、助けるのが遅れてすまなかった。あの洞窟は強い邪瘴じゃしょうに覆われてるようでな。わらわも力をうまく送れなかったのじゃ」


「助ける……? あの、なんの話ですか」


「おや。そっから説明せんといかんか。あの魔物どもの巣窟と化していた場所で、お主は崖から転落して命を落としたじゃろう。まあ、無理もない。人間であればあのようなところから落ちればほぼ即死じゃ」


 ユミス様が言っているのは、私があの不届き者たちと戦った、あのときの話だ。


「お主に加勢することはできなかったから、代わりと言ってはなんだがお主を生き返らせてやったのじゃ。お主が毎日わらわに祈ってくれた力を使ってな」


 生き返らせる……そんなことができるのか。


 にわかには信じられないが、この方の言葉には不思議と説得力がある。


 自分の手をふと見下ろして、わずかに違和感があった。


「私の手、こんなにきれいだったかな。もっとシワが多かったはずだけど――」


「気づいたか!? ふっふっふー、ここが今回のわらわのスペシャルなところじゃ」


 ユミス様が短い両腕を伸ばして宙に小さな円を描く。


 現れたのは魔法の鏡?


 目の前に映し出されている男は、まだ二十歳になる前くらいの若者だが……


「こっ、これが私!?」


「そうじゃ! なかなか男前じゃろー」


 ユミス様が「こういうときは『イケメン』と言った方がいいのか?」と小声で訂正していたが……そんなことはどうでもいい。


 白い肌は潤っていて、シワが一本も見当たらない。


 短めに切られた髪は金糸のようで、どこもハゲ上がっていない。


 くりっと大きな瞳は青く、小さいけど少し高めな鼻があって、口もとも――


「っていうか、顔がまったく違う……」


「おっほっほっほ。せっかくじゃから、わらわ好みの顔にしてやったのじゃ! そなたの前の顔も渋くて好みじゃったがのう」


 もう何がなんだか、よくわからない……


 これももしや夢なんじゃ……そう思って頬を軽くつねってみたが、痛みが頬から普通に感じられた。

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