第5話 運命の導き

「殺っちまえぇ!」


 ディートリヒのかけ声に呼応して魔獣たちが駆け寄ってくる。


 飛びかかり、前肢を上げて鋭い爪を引っかけてくる。


「くっ!」


 魔獣の動きは速い。


 くわえて多方向から同時に襲ってくるため、回避するだけで手一杯だ。


「だめだ、逃げてばかりではいずれやられる……!」


 こいつらの攻撃を食らう覚悟で反撃するのだ!


「……木々をふるわせる大いなる流れよ、すべてを吹き飛ばす強大な力を私に託せ、ウィンドブラスト!」


 樫の杖を魔物たちに向ける。


 発生した突風が魔物たちをまとめて後方へと押し出した。


「くそっ、なんだ、あの魔法はっ」


「あの親父、意外とやるわよ!」


 水の魔法は回復やバフがメインであるから攻撃には不向きだ。


 多勢に対応しやすい風の魔法を習得しておいてよかった。


「けっ。そんな弱っちい風じゃ俺は吹き飛ばせねえぜ」


 クリストフが壁のような大盾を立てて、一歩ずつ近づいてくる。


「私の魔力では大柄なあなたを吹き飛ばせないですね」


「だったら黙っておねんねしてろ!」


 クリストフが右手を振りかぶり、戦斧を真上から落としてきた。


「重い……っ」


 小柄な魔獣よりも重たい刃を一度でも食らえば致命傷だ。


 彼と距離をとりつつ水の攻撃魔法で牽制する。


「ちっ、ちょこまかとうざい動きしやがって……」


 クリストフは動作が鈍い、典型的な重装備タイプの戦士だ。


「うらっ!」


 彼の一撃はかなり重たいが、こうして距離をとればさほど脅威では――


「ぐっ!」


 右の肩と二の腕に鋭い何かが突き刺さった。


 視線の先に黄金の矢が突き刺さっている。


 リーゼロッテが放った光の魔法かっ。


「クリス、今よ!」


「おらぁ!」


 戦斧がブーメランのように轟音を発して飛んでくる……!


 上半身をひねって顔面への直撃を避けたが……


「ぐわ……っ」


 左の肩に激痛が走り、地面に倒されてしまった。


「くくっ。ナーイス、クリス!」


 不届き者の下卑た声が洞窟にひびいた。


「おっさん、ひとりでイキってんじゃねえよ。正義面せいぎづらしやがって、きめーんだよ!」


 不届き者の靴が私の腹を蹴とばす。


 激痛に耐えて私は彼らから離れた。


「おっと。こっから外には出さねえぜ」


 だが……逃げ道は完璧にふさがれている。


「くくっ。そっちは崖と深い谷底しかねーよ。退路ふさがれてるんだから、そっから潔くダイブでもしとけよ」


 私は、ここまでなのか。


「きゃはは。さっさと突き落としちゃいなさいよ」


「魔物のえさにしてもおもしろそうだな」


「我々は老いた人間の肉など食らわぬ」


 勇者を名乗る不届き者が私の前に立った。


「じゃ、最期は俺様が裏切り者を成敗してやるよ」


 リーゼロッテがバフらしき魔法をかけている。


 彼の腕と長剣がうっすらと光っていた。


「おらっ、食らえ!」


 男の剣を樫の杖で受け止める。


 杖は先端が切断されて、短い棒切れと化してしまった。


「ただでは死なんっ。お前だけでも倒す!」


 身体に残るわずかな魔力をすべて注ぐ。


 最強の突風を放てば、敵の一体や二体くらい――


 いきがる男の背後から数匹のヘルハウンドが飛びかか――まっ、待って、く――


「ぐわぁ!」


 ヘルハウンドたちの猛攻をもろに食らって強く押し出されてしまった。


 両腕をばたつかせて状態をなんとかととのえたいが、地面が、ない……だ――


「うわあぁぁぁ!」


 死の恐怖が瞬時に全身へと行き渡り、私の意識はすぐに途絶えた。



 * * *



 どのくらい意識が遠のいていたのか。


 目を開けると蒼穹そうきゅうが彼方までひろがっていた。


 私の頬をくすぐっているのは、雑草? いや花か?


 白い花をつけた草が右にも左にも生えている。


 傷つき、倒れた私の身体を優しく包み込んでくれてい――


「私は崖から落ちたんじゃないか!」


 飛び起きるが、一面にひろがっているのは黄や白の花が咲き乱れるお花畑。


「これは、ユリの花?」


 運命の女神ユミス様のシンボルである花だ。


 純白の花弁がそよ風に吹かれて、甘くて優雅な香りにつつまれている……ような気がする。


「ここは……どこなんだ?」


 私は勇者を語る悪党たちと戦って、終いに崖へと突き落とされたはずだ。


「あの暗い崖の真下に、こんな楽園がひろがっていたというのか?」


 ぐにゃりと視界が不自然に渦を巻きはじめる。


『そなたは死んじゃいかんっ』


 だれだ!?


『いいや。そなたは、わらわが死なせぬ』


 死なせぬ……? あなたは一体だれなんだ!


『そなたがずっと祈ってくれた力を使って、そなたを生き返らす。わらわはそなたなくして生き永らえぬのじゃ』


 さっきから一体なにを言ってるんだ!


「私に語りかけるあなたは一体だれなんだ!」


 純白の暖かい世界に光があふれる。


 その神々しい輝きは、まるで神の恩寵のようで……



  * * *



 またもや意識がどこからともなく覚醒した。


 今度は暗闇か……と思ったらどうやら目をつむっていたようだ。


「さっきのは、夢……だった、のか」


 目を開けるとまた蒼穹が無限のようにひろがって――


「また同じ場所!?」


 と思ったが、水をたたく音がすぐそこで聞こえた。


「私は水に浸かっていたのか」


 どうやら先ほどのユリ畑とは違う場所のようだ。


 水の底に手をついて起き上がる。


 ここは川の浅瀬……違うか。海か湖の浅瀬だな。


「さっきのユリ畑よりもかなり現実味がある。私は崖から転落して知らない場所まで流されてしまったのか」


 ずいぶんと下流まで流されてしまったようだ。


「いや、それ以前によく助かったな。あの崖、かなり深そうだったぞ」


 水に浸かっていたせいで魔道師のローブはずぶ濡れだが、身体は不思議と痛くない。


 生きているだけでも奇跡だというのに、傷や打撲をまったく感じないのは、どうして――


「目が覚めたか!?」


 だれだ!?


 慌てて振り返ると黒い何かが突然まっすぐに迫ってきて――


「おぶっ」


「待っておったぞヴェン!」


 妙にやわらかい何かが抱きついてきた!


「なななな……!」


 危殆を感じてそいつを引き離す。


 私の両手で支えられているのは……幼女?


「なんじゃ、ヴェン。わらわは喜んどるのに、こういうのは嫌か?」


 やや紫がかった銀色の髪に、珠のような肌。


「うふふ。ヴェンは恥ずかしがりやじゃのう。いや、こういうとき、現在の人間界では『シャイ』というのか?」


 五歳児くらいの低身長にくわえて、短くてまるい二本の腕と足。


「そっ、そんな真剣に見つめられると、どんな表情をすればいいのかわからぬ。お主、そんなにわらわを困らせたいのか?」


 めちゃくちゃ可愛いが、幼女……じゃないか?


 翼!? 背中から鳥みたいに小さい翼が生えてる!?


「そんなに、見つめられると……はうっ! や、やめるのじゃ。こんな視姦プレイ、わらわは耐えられぬ……!」


「……だれ?」


 翼を不自然に生やす幼女をはなした。


「な、なんじゃ。わらわのことを知りもしないのに、あんな凌辱を加えたのか!?」


「凌辱なんてしてませんよ。知らない子にいきなり抱きつかれたら、そりゃ誰だってこうなるでしょう!?」


「うふふ。そうやって言い訳して、わらわとの関係をなかったことにする魂胆じゃな!? お主のそう言う意外と腹黒いところ、たまらん……」


 なんなんだ、いったい……


 変な見た目なのに、わけのわからないことを言いまくってるし、口調もなぜか微妙に年寄りっぽいし。


 しかし、邪気や嫌な気配はまったく感じない。


 むしろ暖かさを感じる優しい気配だ。


「毎日わらわに祈ってくれてたお主なら、名前をわざわざ言わなくてもわかってくれると思っておった」


「毎日、祈る……?」


「そうじゃ。わらわはユミスじゃ。変化と生まれ変わりを司る運命の女神ユミスじゃ」

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