第4話 悪者たちの結託

 勇者様たちは街道からはなれて、高い木々が鬱蒼としげる森を進みはじめた。


 森の中で野宿をして、だんだんと傾斜が上がる山道をのぼって、山の高い場所を目指しているようであった。


「いつも、思う、けど……ほんと、行くの、つらい……」


 クリス様が大盾をかつぎながら肩で息をしている。


「そんな重いもんもってるからでしょ。その辺に捨てちゃいなさいよ」


 リーゼ様は強い口調で言うが、杖で自身の身体を支えていた。


「これ、なくなっちゃったら、タンクが……つとまら、ねえ……」


「ここ数年、タンクらしい戦いなんて、してないでしょうがっ」


 山道は傾斜がそこまできつくないが、足場の悪い地面を歩き続けないといけないため、体力が失われやすいのだ。


「もうそろそろ着く。やつらが甘いジュースを用意してるから、辛抱しろっ」


 先頭をひた歩く勇者様はふたりよりも体力があるようだが……そんなことは正直どうでもいい。


 私たちはどこに向かっているんだ。


 無尽蔵に生える草木と野生動物しかいない場所だぞ。


 この山を上り切った先に楽園でもあるのか?


「勇者様、私たちは、どこへ向かっているのですか」


「おっ、ヴェンさんは意外と体力あるね。やるじゃん!」


 そんな子どものように喜ばれても反応に困るのだが。


「もうじき着くから説明は待ってくれ。いちいち話すより目で見た方が早えんだ」


 説明するのがそれほど面倒な場所へ向かっているのか?


 わからない。人里はなれた山をのぼっても、出るのは魔物や猛獣くらいしかいないはずだが――


 森のしげみをがさがさと揺らす音が聞こえる!


 疲労でぼうっとしていた頭に意識が集中する。


「みなさま、お気をつけくださいっ。魔物かもしれません」


 右手の杖をかまえるが、勇者様やリーゼ様は足を止めるだけだ。


 しげみが炎で燃える。


 現れたのは首や四肢に赤い炎を灯したヘルハウンド……だとっ。


「村を襲ってた魔物どもではないか!」


 杖を前に押し出してアクアボールの呪文をとなえる――


「やめろ、ヴェン」


 そう言われて勇者様になぜか詠唱を妨げられてしまった。


「俺だ。道をあけてくれ」


 勇者様はおもむろに口を開いて、群がるヘルハウンドたちの間を通り抜けようとしているぞ!


「あ、危ない――」


 声を上げたら今度はリーゼ様から止められた。


 ヘルハウンドたちはそわそわと動き出して、勇者様に道を開けた、だとっ。


「そいつらはあたしらに攻撃しないから、大きい声を出さないで」


 どうなっているんだ。


 魔物が人間を襲わないなんて……こんな光景、今まで見たことがない。


 勇者様の後を追うように歩きはじめるが、ヘルハウンドたちはやはり襲ってこなかった。


「リーゼ様。これは、どういうことなのですか」


「だーから、目で見た方が早いって言ってるでしょうが」


 こんな不可解な状況を一瞬で理解できる何かが、この先にあるのか!?


 奥へと進むたびに魔物たちと遭遇するようになった。


 魔獣や怪鳥、ワイバーンなど、いずれも村を襲ってきた魔物たちだ。


 つい先日に戦ったはずなのに、どうして指一本触れてこないのだろうか。


 勇者というのは魔物すら支配下に収めてしまう存在なのか?


 山頂のわずか手前だろうか。


 木々の不自然に拓けた場所の奥に、ぽっかりと口を開く洞窟がたたずんでいた。


 魔物たちに軽く挨拶して勇者様は洞窟の中へと入っていった。


 洞窟はさほど入り組んでいない。


 短い回廊の果てはだだっ広い空洞だった。


「水の流れる音が聞こえる」


 空洞の中に滝が流れているのだろうか。


 空洞の奥に魔物たちの一団がひしめいている。


 魔獣たちで構成される一団の中で、熊のように大きな魔物が鎮座していた。


「あの、炎の魔物は……」


 悪魔のような外見に、全身を覆う紅蓮の炎。


 肩も腕も木のように太い。


 赤い目と、頭の左右から生える鋭い角。


 あのように禍々しい魔力につつまれた魔物を私は見たことがない。


「いよぅ、アイム。元気にしてたか?」


 勇者様が右手を上げて炎の悪魔に声をかける。


「誰かと思ったら、なんだ、お前か」


 アイムと呼ばれた悪魔は勇者様を見ても呆れたような表情を浮かべるだけだ。


「なんだよ。せっかく来てやったのに。つれねーなー」


「前もって連絡をくれたら、それなりにもてなしてやろうと思っていたがな。それで、何か用か?」


「用というほどでもないけどな。新しいやつを連れてきたから、挨拶させようと思ったんだよ」


 クリス様から背中をたたかれた。


 勇者様や魔物たちの視線が私に集まる。


「私は、ヴェンツェルと、申し……ます」


 私はなぜ魔物どもに名乗っているのか。


「この前、言うことを聞かなかったやつを抹殺したばかりだろう。懲りないやつらだな、お前たちは」


 炎の悪魔は人間らしい嘆息で私を一瞥するだけだった。


「へっ。今回はちげーよ。正真正銘の四人目の仲間だぜ」


「そうだといいがな。それより、前に村を襲わせた連中をお前たちが斬りつけただろう。深い傷を負ったやつがいたぞ」


「あっれー、そうだったかなー。わりぃ、わりぃ。すぐ回復させっから」


 そう言うと勇者様が私に視線を向けた。


「ほら、あたしらの仕事だよ」


 リーゼ様に腕を引っ張られて、洞窟の隅でおとなしくしている魔物たちの下へと向かわされてしまった。


「水の魔法の中で回復する魔法があっただろ。それでこいつらを回復させな」


 リーゼ様は言いながら、近くでうずくまっている蛇の魔物を回復しはじめた。


 私がなぜ魔物を回復させないといけないんだ。


 なんなんだ、この状況は。


 私は一体なにをさせられているんだ……


「これで状況はだいたいわかったと思うから、簡単に説明するぞ。要するに俺らとこいつらは仲間だっつーわけだ。こいつらに村を襲わせる代わりに、俺らはこいつらにこの地の定住を許す。魔王がくたばって、王国のどこも住みにくくなっちまったからな」


 勇者様と、この魔物たちが……仲間?


「こいつらが定期的に村を襲えば、ザコの領主と村人どもは俺らに救援を要請してくるっつーわけ。救援されれば、俺らは高い金をもらってこいつらを退治する。だが、あまり痛みつけるわけにはいかねーから、ほどほどの攻撃で留めて、こいつらには頃合いを図って退散してもらう。そーいう流れっつーわけよ」


 言っていることが、よくわからない。


 だが……魔物たちの抵抗が少なかったなと感じる場面は多かった。


 村の襲撃ははなから仕組まれていたものだったのか……?


「そーいう感じで、俺らはウィンウィンの関係を築いてるっつーわけ。理解した?」


「人間の中でも、お前のように小賢しい知恵がはたらく者がいるのだから、人間というのはつくづく救えない存在だ」


 炎の悪魔アイムがまたため息をついた。


「小賢しいって言うなよ。俺様のおかげでいい場所に住まわせてもらってるんだろー?」


「ふん。お前だって甘い蜜を吸ってるろくでなしだろうが」


「はっはっは! ちげえねーっ」


 こんな腐り切った行いと考えを吐露しておいて、なぜ高笑いができるのか。


 勇者様が笑い声を止めて、まっすぐにこちらへと歩み寄ってきた。


「おっさんも金に困ってたんだろ? 俺らといっしょに甘い蜜を吸おうぜ」


 魔物の討伐で彼らに支払われた金は、貧しい村人たちの膏血こうけつからしぼり出されたものだ。


「私は……」


 この近隣の村はどこも貧しかった。


 あばら家に住んで、痩せた土地をたがやす彼らは私と同じだ。


 私も貧しいから今すぐにでも金がほしい。成功したい。


 だが、貧しい人たちをだまして自分だけが贅沢するなんて……


「ちぇ。なんだ。お前も正義とかを振りかざすタイプなのかよ」


 私に右手を差し出していた男の表情が一変した。


「おっさんだったら物分かりがいいと思ったのによ。こいつもダメなのかよ。うざってえ」


 若い男女ではなく、私のような先の短い冒険者が面接で選ばれた理由もやっとわかった。


 地面を蹴って男たちと距離をとる。


 勇者様……ではない。かつて勇者であった男も剣を抜いていた。


「パーティもろくに組んでもらえねえ底辺のくせに、正義漢ぶってるんじゃねえよ。てめえみたいな底辺は、俺の言うことに黙って従ってればいいんだよ!」


 私はもう、ここにはいられない。


「めんどくせえ。こいつも殺っちまおうぜ」


「そうね。こんな親父、殺ったって誰もかなしまないでしょ」


 リーゼロッテとクリストフ、洞窟の中にいる魔物たちも起き上がって殺意をただよわせはじめていた。


「人間とは実に浅はかで愚かな生き物だ」


 敵の数は何体だ。


 魔物たちをすべて数えれば二十体は優に超えているか。


 私の命運は、こんな名も知れない場所で尽きるのか。


「ユミス様……どうか、ご加護をっ」

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