第3話 傲慢な勇者たち

 男爵様のお屋敷に宿泊させていただいて、次の日からさっそく魔物を討伐することになった。


「勇者様。魔物はどちらに出没しているのですか」


「男爵の話によると、近隣の村に出没して畑を荒らしてるようだぜ」


 村人たちが被害に遭っているのか。元農民として見過ごせない。


「どのような魔物が出没するのですか」


「なんか火属性のやつらが多いらしいぞ。ヘルハウンドとか、小型のドラゴンとか、そんなのばっかだ」


 炎をまとった魔王の眷属たちか。相手にとって不足なしだ。


「ヴェンは水魔法が得意なんだろ。たよりにしてるぜ!」


「はいっ。まかせてください!」


 リーゼ様とクリス様が口もとをゆるませていた。


 男爵様がご用意なされた馬車に乗って、小石の多い道を進む。


 青い麦畑をいくつか越えた先に村があって、まだ午前中なのに騒々しい声が聞こえてくる。


「勇者様、村人たちが騒いでいるようですが」


「おう。やっこさんのお出ましだぜ!」


 女性と子どもの悲鳴に、男の怒る声。


 村の男たちがすきくわをもって、魔物たちに反抗していた。


「今日はヘルハウンドね!」


 黒い煙が立ちのぼる畑に犬の魔物たちの姿がある。


 彼らは首もとや足首から赤い炎を光らせて、村人たちを威嚇していた。


「おらっ、ザコどもはどいてろ!」


 勇者様が長剣を抜き放って戦場に躍り出た。


「おらおらおら!」


 剣を乱雑に振り払うと、魔物たちはすくみ上がって後退し出したぞ。


「おおっ!」


「さすが、勇者様!」


 勇者様の実力はやはり本物だっ。


 この場に存在しているだけで魔物たちが恐れをなしてしまうなんて……


「ふん、当然でしょ。あたしらを誰だと思ってるのよ」


 リーゼ様とクリス様も泰然とかまえておられる。


 勇者様はお強いが魔物の数は多い。私も加勢しなければ。


 樫の杖を押し出し、身体にやどる魔力を一点に集中させる。


「……大地にやどりしうるおいの精気を集め、邪悪なる者たちを森の奥へと退け、アクアボール!」


 精霊が水を集め、果物より大きな球体を出現させた。


 勇者様の背後を虎視眈々と狙っていた魔物の尻にぶつけ、押し出された魔物が別の魔物を巻き込んだ。


「へえ、あの新入り、やるじゃん!」


 私の魔法はこのパーティで通用しているようだ。


「クリス、あんたも加勢してやりな」


「ちぇ、めんどくせえなあ」


 クリス様が大盾をかついで、のっしのっしと駆けていく。


「うらっ」


 クリス様が戦斧を振り払って魔物たちを威嚇した。


「見ろ、魔物たちが逃げていくぞ!」


 魔物たちは怯え、村の襲撃をあきらめて退散していった。


「勇者様が今日も魔物どもを退治して下さった!」


「勇者様、ありがとうございます!」


 態度が軽い勇者様たちだと疑っていた自分が恥ずかしい。


 喝采を浴びる勇者様たちの姿に、腹の底から湧き上がっていた疑念はどこかへ吹き飛んでいた。



  * * *



 魔物たちは近隣の村に出没して、その度に救援を余儀なくされた。


 魔物たちに苦戦することはなかったが、男爵様のお屋敷から離れているため移動にかなりの時間を要した。


「もーっ、どこもなんでこんなに遠いのよっ。もっと空気を読めっつーの!」


 男爵様のお屋敷にもどったリーゼ様が駄々をこねるように言った。


「しょうがねえよ。これも仕事なんだから」


 クリス様がなだめるが、リーゼ様はきつくにらみ返すだけだった。


「あいつら、ちょっと張り切りすぎだよな。現れる順番だけは考えなおしてもらうか」


 勇者様もメロンの切り身をかじりながらつぶやくが……張り切りすぎって、村人たちのことを言っているのか?


「勇者様……とそのお連れの方、ご苦労をかけてしまって、すみません! あと少しの辛抱ですから、魔物の襲撃が止むまでどうかお付き合いくださいっ」


 男爵様が身を低くしておられる。


 リーゼ様は身分の違いなんてもろともせず、男爵様をにらんでおられる……


「いいわよ、別に。報酬をはずんでもらえれば」


「そっ、それはもう、上乗せさせていただきますっ」


「当たり前でしょ。じゃなきゃ、とっくに帰ってるわよ。こんな田舎」


 男爵様にこんな口がたたけるんだから、勇者様の影響力は計り知れないんだな……


 しかし、勇者様もさすがに見かねたのか、悪態をつくリーゼ様の頭を引っ叩いていた。


「男爵、心配しなくてだいじょーぶっすよ。俺らは途中で帰ったりしねーから」


「で、ですよね! ああっ、安心した」


「俺ら勇者は世界の平和を愛する正義のヒーローだから、魔物は一匹たりとも逃すわけにはいかねーよ。だから安心しな」


 リーゼ様が「よく言うよ」とぼやいていた。


「それにしても勇者様が度々魔物を討伐して下さっているのに、魔物たちはどうして減らないのだろうか」


 男爵様の疑問は真っ当なものだ。


「んー、要するに、あいつらは生命力とか繁殖力が高いんだろ」


「そうかもしれんが、魔王はもう滅んでいるんですよ。魔王がいなくなれば魔物は力を弱めると、伝承でも伝わっておりましょう」


「伝承って、いつの話よ? うんと前の話でしょ。やつらだってバカじゃねーんだ。何千年も同じ状態なわけじゃねーだろ」


 魔物たちは魔王が去れば力を失う。


 男爵様が言われている通り、この法則は原初の魔王が誕生したという千年以上も昔から言い伝えられているものだ。


 私もその常識に偽りはないと思っていたが、勇者様の言うことにも一理ある。


「そうなのだろうか」


「そ。だから、魔物が出没するたびに、俺らみたいのが魔物どもを討伐しないといけないわけ。男爵や村人たちは、俺たちから守ってもらう。これでいいじゃん。なんか不服でもあるの?」


「い、いいや! 別に、そういうわけではないが……」


「なら、今まで通り俺たちに頼めばいいじゃん。はい、これで話は終わりっ」


 男爵様はうなだれて、やがて自室に戻ってしまった。


 その寂しげな姿を勇者様たちはなぜか楽しそうにながめていた。



  * * *



 魔物の討伐があらかた完了し、私たちは無事に役目をまっとうすることができた。


 男爵様と別れの挨拶を交わしてお屋敷を後にした。


「ふぃー、今回は微妙に危なかったなあ」


 帰りの馬車でクリス様が背もたれにもたれる。


「そうでしょうか。みなさま、危なげなく魔物を討伐されていたと思いますが」


 私が率直に意見すると、クリス様がなんとも言えない表情で私を見やった。


 リーゼ様がクリス様のとなりで嘆息する。


「男爵のやつ、だんだんめんどくさいやつになってきたよね」


「そうそう。余計なこと考えてねえで、黙って俺らに金を払ってればいいっつーのに。あいつ、調子に乗ってきてね?」


「言えてるっ。くそ田舎の貧乏貴族のくせに、少ねえ頭をはたらかすなっての!」


 な……! 貴族に向かってなんという暴言を……っ。


 リーゼ様とクリス様はよほど受けたのか、手をたたいて笑っている。


「男爵が民を虐げてるとか適当な罪をつくって、貴族やめさせた方がいんじゃね?」


「いいねーそれ! クリスにしては名案っ」


「へへっ。俺だって伊達にギャンブルで頭をきたえてるわけじゃねえぜ」


 さっきから、なんという大それたことを企んでるんだっ。


 罪を犯していない方を冤罪で罷免ひめんするだとっ。こんな心ない行いが許されていいのか!?


「やめろ、お前ら。王国の連中を敵にまわすのはさすがにまずい。男爵のことはまだ放っておけ」


 よかった。勇者様が暴走しそうな彼らを止めてくれた。


「けっ。あんなやつ、遠くに飛ばしちまえばいいんだよ」


「やめとけ。あいつが黙って金を出してるうちは、そっとしておくんだ」


 ……だけど、勇者様の言い方もすごく気になる。


 前に男爵様と言い合ったときも、態度がなんだか尊大だったような――。


「あれー、どうしたのヴェンちゃん。なんか浮かない顔してる?」


 勇者様の冷たい声が近くで聞こえた。


「ヴェンちゃんもあれだろ。男爵と同じで余計なことを考えてるんだろ」


 この人はどうして私の考えが読み取れるんだっ。


 勇者様はにこにこと笑っておられるけど、目の奥がものすごく鋭い、気がする。


「なあ、モリ……じゃなかった。ディート、そろそろじゃね?」


「そ。もう、そろそろぶっちゃけていいんじゃない?」


 リーゼ様とクリス様も不敵な笑みを浮かべているが……ぶっちゃけるってなんだっ。


 私たちで男爵様に襲撃でもする算段なのか!?


「んー、俺的にはまだちょっと早えかなって思ってたけど、いつまで先延ばしにしても意味はねえか」


 なんだ、何を私にぶっちゃけるおつもりなんだっ。


 こわいっ、こわすぎる……!


「じゃ、街に戻る前に山登りすんぞ」


 そう言って、勇者様はなぜか馬車を飛び降りられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る