第2話 勇者パーティのクエスト

 結果的に私は勇者パーティへの加入が認められた。


 勇者様との最終面接から二日が経ち、三日目の朝に冒険者ギルドから採用の連絡をいただいた。


「まさか、私が……あの勇者様のパーティに入ってしまうなんて……」


 ギルドの女性から通知されたとき、予想だにしない顛末に頭が真っ白になった。


「貧しい農家の一人息子として生まれて四十二年。苦しいだけの人生だった。痩せた土地をたがやして、まずい食事をとり続けて……楽しいことなんてひとつもなかった」


 結婚なんて夢のまた夢。お付き合いさせてもらえる相手すら見つからないダメ男だ。


 このまま人知れず野垂れ死ぬだけの人生だったのに、とてつもない幸運に恵まれるなんて……


「まだだ。私の人生はまだ終わっていないっ」


 天上におわすユミス様が、貧しい私を哀れんで手を差しのべていただいたのだ。


「ユミス様、ありがとうございます。あなた様のお力添えによって私は再起を図れそうです」


 ユミス様のシンボルであるユリの花のアミュレットをつかみ、深い祈りをささげる。


 ユミス様は変化や生まれ変わりなどを司る女神だ。


 この国に伝わる数多あまたの神の中ではマイナーだけれども、私は冒険者を目指してからユミス様を信仰するようになった。


「今日はもういい。飲もうっ。景気づけだ!」


 安いチーズとエールを買って昼間から酒盛りだ。


 酒の味を想像したら居ても立っても居られなくなった。



  * * *



 勇者様のパーティは、ディートリヒ様とタンク職のクリストフ様。そして、一名の女性をくわえた三名で構成されていた。


 魔法使いの男性が以前にいたようだが、魔物との戦いで負傷してしまったようだ。


「いやー、助かるよマジで。魔法使いがちょうど不足してたからさ」


 勇者様はメンバーが集まったことを確認すると、あの軽い口調で言った。


「俺もディートも弓とか使えないからな。遠距離攻撃がないとしんどいって」


 以前に面接してくれたクリストフ様は、巨大な盾と戦斧を扱われる大柄な戦士だ。


「あんたら魔法とか使えないもんね。バカみたいに武器ばっか振ってないで、ちょっとくらい頭を使ったら?」


 紅一点の女性が細いひとさし指でこめかみのあたりを触った。


 ブロンドの流れるような髪が美しい、とてもグラマラスなお方だ……


「俺は光魔法使えるっつーの!」


「ええっ、そうだっけ?」


「そうだよ。脳筋のクリスといっしょにすんなよなー」


「おっ、俺は、脳筋じゃねえっ」


 勇者様たちが談笑されている。


 勇者パーティなんていうから、もっとおごそかなんだと勝手に想像してたけど、普通の若者の集いというか……かなりカジュアルなんだなぁ。


「おっと。いつもみたいにくっちゃべってる場合じゃねえぜ」


 勇者様が私の存在に気づいてくれた。


「クリスとは前に会ったことがあるって言ってたよな。こっちの女はリーゼロッテ。一応、うちのヒーラだ」


「リーゼロッテでーす。光魔道師やってまーすっ」


 リーゼロッテ様が上半身をくねらすと、たわわな胸が上下に動いた。


「ヴェっ、ヴェンツェル……です」


「ヴェ……? なに、緊張してるの?」


「い、いや、別に……」


「きゃはは。なにこの人、めっちゃウケるー!」


 に……っ、苦手なタイプだっ。


「おいおいリーゼ。やめろよー」


「このおじさん、なんかめっちゃ緊張してるよ。超かわいいんだけど!」


「緊張なんてしてないよな、ヴェンさんっ」


 きゃははと爆笑するリーゼ様につられて、勇者様まで失笑されている。


 クリス様だけは一歩下がって「そのくらいでやめとけよ」と声をかけてくださっていた。


「じゃ、自己紹介も終わったことだし、出発すっか」


 出発すらしていないのに、もう疲れてしまった。


 乗合馬車に乗って街の城門をくぐる。


 見慣れた街道はそよ風が吹いて、街路樹が枝を揺らしていた。


 魔物はおろか、大きな獣すら見かけない。


「あの、これは……どちらに向かわれているのですか」


 おそるおそる声をかけると、勇者様が気だるそうに顔を上げた。


「モットル男爵の屋敷だよ」


「モットル男爵? 地方の領主様にご用があるのですか?」


「そうだよ。山をひとつ越えた先の田舎に住んでるんだけど、そこで魔物の被害に遭ってるんだってよ」


 男爵は下位といえども、れっきとした貴族だ。


 そのようなお方から依頼をいただくとは……さすが勇者様。


「男爵の家は遠いから、あんま行きたくねえよな」


「あたしも行きたくなーいっ」


 クリス様とリーゼ様はやる気があまりないようで……


「そうだけどよ。甘いスイーツ用意して待ってるっつーから、行ってやろーぜ」


「ああ、早く帰ってダイス振りてぇ」


「クリスってば、またギャンブル? この前、すっからかんになったばっかでしょ」


 私は……このパーティでうまくやっていけるのだろうか。



  * * *



 二日ほど馬車に揺られて、三日目の夕方に男爵の屋敷へ到着した。


「ほれ。やっと着いたぞー」


 勇者様が歩きながら欠伸をもらす。


 青くしげる農園の間を縫うようにのびる細道の終点に、赤い屋根が目立つ豪邸が建っていた。


 白くて頑強な壁と、ガラスの窓。


 高い鉄柵にしっかりと守られて、寒い冬でも隙間風なんか吹かなそうだ。


 クリス様が呼び鈴を鳴らすとメイドらしき女性があらわれて、私たちを屋敷へと案内してくれた。


「勇者様っ、よくぞおいでくださいました。待ちくたびれましたぞ!」


 モットル男爵は私と同い年くらいの、黒いあごひげをたくわえた男性だった。


 勇者様と会うと子どものように両手を上げていた。


「ちーっす。わりぃわりぃ。遅くなっちまって」


「いやいや、そんなことはどうでもいいんだ。ささ、早くこちらへ!」


 男爵の手招きに従って、豪奢な応接室へと入る。


 高価そうな壺や甲冑に目がくらみそうだが、勇者様は慣れた様子で革のソファに腰かけていた。


 私も勇者様についていった方がいいのだろうか。


 そう逡巡していると、


「あたしたちは、こっちにいればいいんだよ」


 リーゼ様からおもむろにえりの後ろをつかまれた。


「こっちって……?」


「こっちよ。甘いスイーツが用意されてるでしょ」


 リーゼ様が親指で差した先に、果物や紅茶がならべられていた。


「私たちはいっしょに話を聞かなくていいのですか?」


「いいでしょ。どうせ金の話をしてるんだから」


 リーゼ様が花の形にカットされたリンゴを手に取る。


 リンゴのさわやかな歯ごたえに目をうるませていた。


「金の話、ですか」


「そうよ。金の話。ボランティアで来てるんじゃないんだから。あんただって、金のためにあたしらのパーティに入ったんでしょうが」


 リーゼ様の言う通り……なのだが、どうしてこんなに気持ちがざわざわするのだろうか。


「リーゼ。こっちにめっちゃうまいブドウがあるぜ!」


「うそっ。ほんと!?」


 リーゼ様もクリス様も滅多に味わえないスイーツに心を奪われていた。


 その無邪気な姿をながめて、なぜか無性にかなしくなった。

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