第7話 女神と暮らす新しい生活
ユミス様を名乗る幼女だか神様なのかよくわからない人に、助けられたのか?
私は顔も、おそらく年齢もすっかり変わってしまったようで、助けられたとにわかには信じられないが、ひとつわかっていることは今でも私はこうして生きているということだ。
「生まれ変わったといっても、そなたの記憶や知識はそのままじゃ。記憶から何からすべて失ってしまったら、生活に支障をきたしてしまうからのう」
この人なりにいろいろと考えて私を復活させてくれたようだ。
「まっさらに生まれ変わったらそなたがわらわを信仰してくれなくなるやもしれぬし」
なんか早口で本音を暴露してたっぽいけど、聞き流しておこう。
「じゃあ、とりあえずここを掃除でもしますか。こんなに雑草が生えてたら生活なんてできないし――」
言いながら腹の虫が鳴った。
「おとぎ話のように盛大に鳴ったのう」
「まずは腹ごしらえですね」
ぐっと伸びをして神殿の外へ出る。
ユミス様もふよふよと浮きながらついてきた。
「ユミス様は何がお好きなんです? というか、食事とかちゃんと摂ってます?」
「むっ、失敬な。わらわをどなたと心得る。わらわがその辺の浮浪者と同じとお思いかっ」
くっ、ユミス様の神々しさに満ちあふれた威厳に、たるんだ気持ちが引き締められる。
「じゃあ、毎日しっかりとお食事を……」
「今まで何も食べておらん」
急にあっけらかんとした態度に、私は盛大にずっこけてしまった。
「まぎらわしいことを言わないでください!」
「ええーっ、いいじゃん別に。ヴェンちゃんのいけずぅ」
「今度は開き直って子どもみたいなこと言わないでください。一応、神様という触れ込みなんですから、まぎらわしいこと言われると判断に困るんですよ」
「な……! お主はまだわらわのことを信じていないと申すかっ。断腸の思いで正体を告白したのに!」
この人の言うことを真に受けてると話がいっこうに進まなくなるな。
「話を戻しますけど、今まで何も食べてないんですか?」
「うむ。だって神だもん」
「神って……そこまで言い張らなくてもいいと思うんだけど……」
神様って、ごはんとか食べないのか?
伝承では神様にお供えをするけど、よくよく考えてみると神様が食事を摂られたという描写や文章はなかったかもしれない。
「あのな、神は人間や動物たちの信仰を糧とするのじゃ。信仰とはすなわち毎日のお祈りとか、神殿の手入れなどのことじゃな。われらは霊的な存在であるゆえ、そなたらのように直接的に食事を摂取することはないのじゃ」
真面目になったユミス様から、さらりと超自然的な言葉が飛び出した。
「そなたは今まで毎日わらわに祈りを捧げてくれていたが、祈りの意味を正確に把握してなかったじゃろう」
「はい。信仰する神に祈りを捧げるべき……このくらいの認識でした」
「それでよいのじゃ。多くの人間たちが祈りの真の意味を知る必要はない。じゃが、そなたはわらわの縁者となったのじゃから、わらわのことをもう少しよく知っておいてほしい」
神に捧げる祈りに、そんな重たい意味が隠されていたなんて。
「あ、だからユミス様は私を助けてくれたんですね」
「そうじゃ! お主だけがわらわの飯づる……じゃなかった、力の源を支えてくれる貴重な養分じゃ」
「だぁっ、いちいちくっつくな! あと、どうせなら最後までちゃんとオブラートに包めっ」
ふざけたお人ではあるけど、私をしっかりと見定めているんだな。
野うさぎや野鳥を風の魔法で捕まえて、野草とともに煮込む。
火をつける道具や調理器具はなぜか神殿に都合よく用意されていたので、料理をつくるのは簡単だった。
「ユミス様。どうして調理器具などが神殿にあるんですか?」
「うふふふ。知りたいか? 迷える仔羊よ」
「いや……やっぱいいです」
「いやんっ、ヴェンちゃんのイジワルっ」
頬をすり寄せてくるユミス様を押しのけて、細かく切った肉を口に含める。
血の味がしてあまり美味しくないが、腹は一応ふくれるかな。
「この神殿にはだれも来ないんですか?」
「訪問客のことか? 来ないな。人間の里から遠いようじゃからの」
「私がいた洞窟からもかなり遠いですか?」
「さあなぁ。わらわは地図が読めないゆえ、よくわからんのじゃ」
「地図が苦手な女性みたいなこと言うんですね」
子どもみたいだったり、ふよふよと浮いてるところを除けば、人間と大差ないよなぁ。
「だれも来ないから、あんなことやこんなこともし放題じゃぞ!」
「やりませんから。無駄に顔を近づけないでください」
街に帰るのは難しいか。
「人間の街に戻りたいか?」
「うーん、どうですかね。戻りたい気持ちはありますけど、戻れなくてもいい気がします」
そう返すと、調子に乗って抱きついてくるかと思っていたユミス様が意外と寂しそうにしていた。
「切ないのう。まだ数百年しか生きておらぬというのに」
「数百年じゃありませんよ。まだ四十二年しか生きてませんから。それに人間にとって四十二年は決して短くないんですよ」
「そうなのか? わらわにはよくわからぬ」
何千年とか本当に生きてるんだとしたら、四十二年なんてあっという間だもんな。
「私は大した人間じゃありませんから、街で私を待ってる人だっていませんし、戻ってもすることは何もありません。それなら、ユミス様とここで過ごしてた方がいいかもしれないですね」
言っていて寂しくなった。
「そなたは、あまり恵まれてなかったようじゃのう」
「そう、ですね。幸福ではなかったかと」
「だがっ、わらわはそなたを見捨てたりしないからな! なんなら、ここでずっとわらわと暮らせばいいっ」
ユミス様……
「そんでもって、あんなことやこんなことをして、あれをこれして、最終的にそなたはわらわとひとつに――」
「だぁから最終的にエロ系の話にもっていくな!」
いい話系の流れだったのに、このエロ女神は……
「ほほ。お主はそうやって声を張り上げてる方がいい。それだけ声を出せれば、大丈夫じゃ」
ふいと出た優しい言葉に、不覚にもどきりとしてしまった。
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