第8話:心の大小

 ◇


 その頃、稲本たち一行は無事に森を抜け、リード村の前まで到着していた。


 村の周りは高い塀に囲まれており、四つある門のどれかを通ることでしか中に入れない設計。


 都市というほどには大きくないが、イメージとしては城塞都市である。


 稲本たちは屈強な門番に話しかけた。


 事情を話せば、安全な村の中に入れてもらえる……五人はそのように考えていたのだが――


「素性の分からぬ者を村に入れることはできぬ!」


 まさかの対応に稲本たちは焦りを隠せない。


「あ、怪しい者じゃない! 神がどういうわけか我々をこの世界に呼び寄せたんだ! 俺は、この世界を救うために呼ばれた勇者だぞ⁉」


 必死に説明する稲本だが、門番の対応は変わらない。


「もう少しマシな嘘をついたらどうだ? 勇者か何か知らないが、怪しい身なりの素性のわからない集団を信用しろと言われても困る」


「た、頼む……この通りだ! 苦労してここまで来たんだ! 神に誓って怪しい者じゃない! どうか信じてくれ! こんなところで野宿なんかしたくない!」


 稲本は門番を拝み倒し始めた。



 村の近くにあまり魔物の姿は見られないが、森からそれほど離れていないこともあり、ぐっすり眠れるような環境ではない。


 それに、地球から転移してから今まで、飲まず食わずで過ごしてきた。


 ここで足止めをくらえば、どうしていいかわからない。


 内心では門番を拝み倒しても何も変わらないことは稲本もわかっていたが、ひたすらお願いすることしかできなかった。


「気の毒だが……そう言われてもな」


 だが、門番は首を振るばかり。


「先生、諦めましょう。実際、怪しく見られるのは仕方がないです」


 片桐が興奮する稲本を宥める。


「ク、クソ! どうしてこんな目に……!」


 稲本以外の四人は、冷静に今後のことを考えていた。


「近くに川があるみたい。とりあえず水分補給はできそう」


「とりあえず、一日くらい食べなくても死にはしないよね」


 それぞれ、高原と山川のセリフである。


「門番のおっちゃん、俺たちみたいなのでも入れる村とかはないのか?」


 遠藤が次の目的地を想定した質問を投げた。


「ううむ、うちみたいな小さな村はどこも受け入れないだろうな。大きな町……冒険者ギルドがあるくらいの規模感なら賄賂を渡せばなんとかなるかもな」


「そ、それって一番近いとこだとどこになる⁉」


「ここから東に五十キロのアーネスが近いだろう。まあ、保証はできんが」


「五十キロ……」


 頑張れば歩ける距離だが、疲労困憊の五人にとっては果てしない道のりだった。


「ともかく、今日は一旦睡眠を取ろう。村の近くなら魔物はほとんど来ないはず。交代で見張りをすれば凌げると思う」


 片桐の提案に賛成した四人は、ひとまず近くの川で水分を補給し、今晩は野宿することに決めたのだった。


 ◇


 リード村がかなり近づいてきた。


 なお、村人を驚かせないよう召喚獣は《収納魔法》で保管してある。


「東西南北の四か所からしか村に入れないようになっています。一番近い南門から入りましょう」


 シーナの誘導に従い、南門へ。


 見張りの門番が怪しいものを見る目で俺を睨んできた。


 まあ……そりゃ高校の制服なんて見たことないだろうし、警戒されるのが当然か。


「村に入れてもらいたいのだが」


「ふむ。では、身分証を確認させてもらおう」


「あー……、そういうのは持ってないんだ」


 学生証なんて見せても意味がないということはさすがにわかるので、こう答える。


 すると、門番は怪訝な顔になった。


「旅人か?」


「ああ、そんなところだ」


「今日は多いな。怪しい身なりで身元不明の旅人。東門でも似たような集団が来て対応に困ったと同僚が言っていた」


 俺たちの他にもいるのか? と一瞬驚いたが、よく考えれば稲本たちも同じ状況だ。


 彼らのことを言っているのだろう。


「俺はその旅人と同郷の者なんだ。事情があってこの世界に来て、この村に辿り着いた。知ってることは何でも話す。怪しい者じゃない。村に入れてくれないか?」


 頭を下げ、必死にお願いする。


 しかし、返ってきた言葉は非常なものだった。


「ダメだ。素性の分からぬ者を村に入れることはできない」


「そんな……!」


「気の毒だが、一律の対応だ。諦めろ」


 苦労してようやくここまで辿り着いたのに、村に入れてもらえないなんて……。


 この扱いは想定外だった。


 でも、よく考えれば、当然の対応か。


 そりゃ、小さな村で身元を明かせない人間を入れたくないだろう。


「……手間をかけさせてしまって悪かった。だけど、せめて怪我人だけでも頼めないか?」


 シーナはこの村の村人らしいので、身分が問題になることはないだろう。


「む、怪我人がいるのか?」


「私です!」


 俺の後ろに隠れるようにしていたシーナがぴょんと飛び出す。


「なっ! シーナ様⁉」


 様……?


 敬称で呼ばれるってことは、シーナは身分が高かったりするのだろうか。


「ご無事だったのですね! ああ……良かった。時間になっても戻られないので、村の男を集めて捜索に出ようとしておりました。いったい何があったのですか⁉」


「恥ずかしい話ですが、魔物と戦っていたら足を怪我してしまったのです。カズヤさんには、魔物に襲われて危ないところを助けていただきました」


「なんと! で、では隣のお方はシーナ様の恩人⁉」


「そうです! なので、村に入れてもいいですね?」


「と、当然です! 先ほどは失礼しました!」


 門番は、俺に深々と頭を下げた。


 つい数秒前とは百八十度違った対応には驚くしかない。


「シーナっていったい何者なんだ?」


「ただの村長の娘です!」


 なるほど、それで門番の対応が丁寧だったのか。


 育ちが良さそうには感じていたが、冒険者を目指していると言っていたので、予想外だった。


 この世界では村長の娘でも冒険者になるものなのかもしれない。


「シーナ様、すぐに回復術師に診させましょう」


「ありがとうございます。でも、大丈夫です。ゆっくりなら歩けますし、家に帰ってお母様に診てもらおうと思います」


「さ、左様ですか……では、お大事になさってください」


「あっ」


「どうかなさいましたか?」


 門番とのやりとりを終えた後、シーナは何かを思い出したかのように声を出した。


「先ほど、東門に旅人が来ていたと聞きましたが、まだ村の外に?」


「はい!」


 門番から状況を確認すると、今度は俺の方を向くシーナ。


「カズヤさん、イナモトさんたちを村の中に入れても構いませんか?」


「俺は問題ないけど……シーナこそいいのか?」


 シーナは稲本たちに助けを求めたが、冷たい言葉をかけられた末に見捨てられた。


 普通の人間なら、自分を酷い目に遭わせた人に優しくするなんてとてもじゃないができない。


「いいんです。だって、ここで私が見捨てたら……あの人たちと同じところまで墜ちてしまうじゃないですか?」


 どうやら、稲本とシーナとは、圧倒的に心の広さが違っていたようだ。

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