第6話:《収納魔法》

「じ、実は、色々あって……」


 俺の胸で泣きじゃくるシーナは、ついさっき遭遇した旅人に見捨てられ、不安な時間を過ごしていたことについて話してくれた。


 状況的に考えて、シーナが遭遇した旅人は稲本たちだろう。


 俺を見捨てた張本人なら、見ず知らずの他人を助けないのも納得がいく。


「それ、俺の知り合いかも……」


「知り合い……ですか?」


「同郷の人間って言えばいいのかな。とにかく……悪かった!」


「ど、どうしてあなたが謝るんですか⁉ 頭を上げてください!」


 シーナはあたふたとして、困ってしまっている。


 少し長くなるが、説明するほかなさそうだ。


「実は……」


 俺の名前から始まり、俺たちが実は別の銀河からの転移者であること。神から『職業』をもらったこと。『職業』には当たりはずれがあること。白銀の狼に襲われ、命の危険を感じていたこと。そして、俺自身も稲本たちから見捨てられたこと。


 これらをシーナに話した。


「そんな事情が……」


「……ああ」


「で、でも! やっぱりカズヤさんが謝ることじゃないですよ!」


「え、そうか……?」


「そうですよ! カズヤさんは命の恩人です。感謝してもしきれません」


 シーナは、稲本たちと俺を明確に区別してくれている。


 それなら、俺も意識して彼らとは違うという立場を取るべきか。


「シーナがそう言ってくれるなら……どういたしまして」


 そう答えると、シーナは満足そうに笑ったのだった。


 ◇


 リード村への移動中。


 魔物との戦闘は召喚獣がしてくれるし、魔石の回収も召喚獣がしてくれるので、俺はずっとシーナとおしゃべりをしていた。


 なお、怪我をしているシーナにはスライムの上に乗ってもらっている。


「えーと……つまり、レベルを上げるために村から出てきて魔物を倒していたら怪我をしちゃって動けなくなったってことなのか」


「そうです!」


「この森にはよく一人で来るのか?」


「はい。私、冒険者になりたくて。冒険者になるには強くならないといけないので、森の奥の方で戦うことが多いんです」


「なるほど……」


 『冒険者』か。


 フレーズがいかにも異世界って感じで、本当に転移してきたんだなぁと今更ながら実感する。


 会話が途切れたタイミングで、ひよこが前脚に挟んでいる魔石を俺に渡してきた。

「ありがとう……って、そろそろポケットに入りきらないな……」


 道行く魔物を全て倒して魔石を回収しているので、さすがに制服のあらゆるポケットがいっぱいになってきた。


 手で持つにしても限界があるし、そろそろまた《魔物召喚》しようか……と思った時だった。


「カズヤさんは《収納魔法》はご存じではないのですか?」


「《収納魔法》?」


「はい、こうやって、異空間に物を収納する魔法です。冒険者には必須のスキルなんです」


 シーナの手元には異空間に繋がる幾何学模様のゲートが開いていた。


 何もない空間から一冊の分厚い本を取り出して、俺に見せてくれた。


 本の表紙には『魔法書:入門』と書かれている。


 言葉は日本語ではないのだが、シーナと俺が問題なく会話できているように、自然と文字も理解できていた。


 シーナの本をパラパラとめくると、『収納魔法』の章が見つかった。


「カズヤさんもこの本で勉強すれば習得できますよ」


「これってどのくらい勉強すれば使えるようになるものなんだ?」


「そうですね……今すぐにというのは難しいです。でも、『収納魔法』だけなら一週間もあれば習得できると思います。ひとまず今は私が預かり……って、えええええええええっ⁉ な、なんでもう使えてるんですか⁉」


「あ、これでいいのか」


 シーナの話を聞きながらパラパラと本を読んでいると、いつの間にか俺も異空間へのゲートを開くことができるようになっていた。


「普段から本を読んでるから、早く読めるようになってたのかな? ……と思う」


「そ、そういう問題ではないのですが……と、とにかく使えるようになって良かったです。カズヤさん凄いです……」


 ともあれ、これで荷物を軽くできる。


 魔法書をシーナに返した後、俺はポケットに入っていた魔石を全て収納したのだった。


 それから、数分後。


「カ、カズヤさん!」


 シーナが急に声を上げたので目線の先を確認する。


 なんと、人が複数の狼の魔物に食べられようとしていた。


 食べられようとしている人影には見覚えがあった。


 俺と同じ制服を着ている男子生徒だった。


「佐藤⁉」


「お、お知合いですか?」


「ああ」


 佐藤は、俺と一緒に転移してきたクラスメイトのうちの一人。


 白銀の狼との戦いで亡くなったと思っていたが、俺たちの他にも逃げられた生徒がいたらしい。


「スライム以外は今すぐ攻撃してくれ!」


 シーナを乗せている銀スライムにのみ待機を指示し、銀ひよこと銀トカゲに助けに向かわせた。


 ★4の召喚獣にとっては普通の狼を倒すくらいは造作もない。


 一瞬で仕留めたのだった。


 ――――――――――

 レベルアップしました! レベル4→レベル5

 ・レベル5に達したため、《魔物召喚》のレベル上限が解放されました。

 ――――――――――


 魔物を倒したことでレベルが上がったらしい。


 《魔物召喚》のレベル上限解放は気になるが……今は後回しだ。


 俺は佐藤のもとに駆け寄り、声をかける。


「佐藤! 聞こえるか⁉ しっかりしろ!」


 しかし、反応が返ってくることはなかった。


「カズヤさん、どうですか?」


「ダメだな……もう死んでる」


「そんな……」


 まだほんのり体温を感じるが、佐藤の身体は大分冷たくなっていた。


 俺は人の死後にそれほど詳しいわけではないが、さっきの魔物に殺されたにしては冷えるのがさすがに早すぎるような気もする。


「それと、やけに損傷が激しいな……」


 佐藤の身体は、かなり深い爪で抉られた跡があった。


 顔を上げるて周囲を見渡してみる。


 まるで何かから逃げてきたかのように血痕による道が見えた。


「どうかしましたか?」


「多分、佐藤は強い魔物から致命傷を受けて、たまたまここで力尽きたんだ」


「さっきの魔物に殺されたわけではない……ということですか?」


「ああ、多分な」


「では、その魔物はどこに……?」


 その時だった。


 俺たちの後ろにあった大木が吹き飛んだ。


 やや遅れて、ドオオオオオオンっと轟音がこだまする。


 俺たちの前に現れたのは、通常の魔物の何十倍もの大きさの巨大な魔物。


 白銀の艶やかな体毛に包まれた狼――白銀の狼だった。

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