第1話:嘘とクズ

 ◇


 俺たちの転移先は、深い森の中だった。


 かろうじて見える太陽の光から、時間帯がまだ昼だということくらいしかわからない。


 木々は地球のものと似ているが、明らかにここで地球ではないことはわかる。


 なぜなら、近くに魔物がいるのだ。


 狼のような見た目をした獰猛そうな動物が、俺たちを睨んでいた。


「ふむ、この剣で戦えば良いということか」


 クラスメイトたちを見渡すと、皆がそれぞれの職業特性に合った武器を持っていた。 


 剣や杖、短剣、弓など種類は様々だ。


 武器がないのは、武器を使わない職業特性の武闘家と……ガチャテイマーだけらしい。


 俺は戦う術を持たないため、皆の後ろに避難する。


 すると、稲本先生たち★5のメンバーが魔物との戦闘を始めた。


「おらァ!」


 ザンッ!


 稲本先生が剣を振り、狼の魔物の身体に傷をつけることに成功する。


「死ねコラ!」


 パァン!


 続いて遠藤のパンチがクリティカルヒットし、魔物の身体が吹き飛ぶ。


「遠藤君、仕留めるまで油断しちゃだめだよ」


 仕上げに片桐が弓で魔物にトドメを刺すと、魔物はようやく絶命したのだった。


 魔物との遭遇から、討伐までおよそ十秒ほどのこと。


 ★5職業の三人とはいえ、あっさりと倒せたことから場の空気が一変した。


「あれ? 結構余裕なんじゃね?」


「魔物って大したことなかったりするのか?」


「俺でもできそうな気がする!」


 ビビッて腰が引けていた生徒たちも次々と魔物を戦い始めた。


「うお! やっぱ簡単じゃん!」


「何これ~? 魔法ってやつ楽しい~!」


「まるでゲームだな!」


 ★2~★3の生徒たちにとっては、狼の魔物は取るに足らない相手らしい。


 ★1の職業はさすがに一人で苦戦していたが、二人で囲むなりすることで十分に戦えていた。


「よし、一旦戦える者は四~五人で班を組んで魔物を倒しつつ付近を偵察してくれ。何か情報が見つかれば先生か片桐に伝えるように!」


 全員がまとまって行動する必要はないと判断した稲本先生はそのように指示を出したのだった。


 このくらいの感じなら、もしかして俺も何かできるんじゃないか?


 でも、『ガチャテイマー』っていうのはどうやって戦えばいいんだ?


 などと思っていると、魔術師の生徒から声が聞こえてきた。


「ねえ! どうやって魔法使ったの?」


「なんかわかんないけど、魔法使ってみたいなって思ったら、文字が出てきて指示通りにやったらできたよ?」


「え~? わっ、本当だ! なにこれ⁉」


 ふむ……よくわからないが、とりあえず『ガチャテイマー』を使ってみたいと念じてみることとしよう。


 すると、目の前にメッセージボックスが出現した。


 ――――――――――

 魔物を召喚するには、《ガチャ》を引きましょう。

 ※《ガチャ》を引くには、《魔石》が必要です。

 ――――――――――


 《魔石》? それはどうすれば手に入るんだ?


 と疑問を抱いたところで、別のメッセージウィンドウが出現した。


 ――――――――――

 《魔石》とは、魔力が固形化した物体です。

 討伐された魔物の腹部から一つだけ入手可能。

 ――――――――――


 なるほど、つまり魔物の死体を漁ればいいのか……って、マジかよ。


 いくら魔物とはいえ、動物の死体から取り出すのはさすがに心理的抵抗を感じる。


「でも、そうも言ってられないか……」


 今は、生きるか死ぬかの問題だ。


 死ぬ前の魔物は、俺たちを襲おうとしていた。


「……悪く思うなよ」


 俺は手頃な石を使って、魔物の腹を探っていく。


 カッ グチュ! グチュ!


 心を無にして《魔石》を探すこと数十秒。


「これか」


 魔物の腹から取り出した《魔石》は、黒色をした手の平に収まるサイズの小さな石。


 魔石を使って魔物を召喚したいと念じる。


 すると、メッセージウィンドウが現れた。


 ――――――――――

 《魔石》を一つ消費してランダムな魔物を召喚しますか?

 はい/いいえ

 ――――――――――


 『はい』を選択すると、俺の間の前に幾何学模様の魔法陣が出現した。

 そして――


「ぴい!」


 ……と、説明の通り魔物が召喚された。


 だが、召喚された魔物は魔物というにはあまりにも弱そうな青いトカゲ。


 手の平に乗るくらいの可愛いサイズだった。


 少し遅れて、召喚された魔物の情報が表示された。


 ――――――――――

 名称:トカゲ(★1)

 情報:特筆すべき点なし

 ――――――――――


 こんなのであの狼の魔物と戦えるのか……?


 と不安を感じたところで、稲本先生がこちらへやってきた。


「旭川君、調子はどうだ?」


「まだ何も。ようやく魔物を召喚出来たところです」


 言いながら、俺はトカゲの魔物を指差す。


「ほう、これが召喚した魔物か?」


「そうです」


「あまり強そうには見えないが……試してみようじゃないか」


「で、でも倒せなかったら……」


「その時は先生がなんとかしよう。なに、剣を一振りするだけさ」


 既に何体か魔物を倒しているらしく、稲本先生の表情には余裕が見られる。


「わかりました。もしもの時はよろしくお願いします」


 こうして、俺は魔物と戦うことになった。


 こちらの存在に気付いていない狼の魔物に狙い定め、召喚したトカゲの魔物を向かわせる。


「よし、今だ! 行け!」


 俺が指示を出した瞬間、狼の魔物に飛び掛かるトカゲの魔物。


 しかし――


 グチュ!


 狼の魔物の爪により、一瞬にして殺されてしまった。


「そんな……」


 絶望に暮れている暇もなく、狼の魔物が俺に狙いを定め、襲い掛かってくる。


「先生に任せておけ。ふんっ!」


 稲本先生が剣を一閃。


 狼の魔物の首を一瞬にして切り落とすと、稲本先生は満足げに笑ったのだった。


「まあ、旭川君には初めから期待していなかった。そう落ち込むことはない。戦いはみんなに任せておけばいい」


 期待していなかった……か。


 そりゃそうだよな。


 ★なしということで、初めからハズレ職だということはわかっていた。


 それでも、面と向かって言われるとメンタルに来るものがあった。


 そうは言っても、戦える力がない以上は誰かに守ってもらうほかない。


「……そうですね。すみません、お願いします」


 このように返事するしかなかった。


 ◇


 その後、魔物と戦うことができない俺はひたすら皆が倒した魔物を漁って魔石を回収していた。


 何かを期待したわけでも、可能性を感じたわけでもない。


 ただ単に手持無沙汰だっただけだ。


「これで、三十三個……」


 回収したばかりの魔石をポケットに入れた時だった。


「お、おい! やべえの来てる!」


「で、でかすぎるって! 俺たちの手には負えねえ!」


「斎藤と佐藤が殺されちまった! た、助けてくれ!」


 かなり慌てた様子で★2職の三人がこちらに戻ってこようとしていた。


 三人の背後には、この数十分で見たことがないほど大きな白銀の狼が迫っていた。


 これまでに相手にしてきた魔物が中型犬程度のサイズだったことと比較して、件の魔物のサイズはヒグマの二倍はある。


 大きいだけでなく、サイズに見合ったスピードとパワーも兼ね備えているらしい。

 軽々と木々を薙ぎ倒し、最短距離で★2の三人に迫っていた。


「うわあああああああああああああっ」


「い、嫌だ! まだ死にたくな……」


「ひいいいいいいいいいいいいいっ‼」


 ついに追いつかれ、三人は魔物の餌食になってしまった。


 バキバキとおよそ人の身体から出る音とは思えない音が森をこだまする。


 だが、悲しんでいる暇はなかった。


 三人を殺した白銀の狼は、次の獲物を俺たちに定めたようだった。


「あ、あれを相手にしろって言うのか……?」


「マ、マジかよ……やれんのか……?」


「ぼ、僕にはとても勝てると思えない……」


「ちょ、無理だって……」


「あいつこっち見てない⁉」


 稲本先生たち★5職のメンバーすら畏怖しているようだった。


 しかし、ただ怖がっていても状況は何も変わらない。


 何か行動を起こさなければいかない。


 約二秒の時間が過ぎた後、稲本先生が生徒全員に指示を出した。


「お、恐れずに向かっていけ!」


 生徒の間にどよめきが起こった。


「そ、そうは言っても……さっきの見ましたか⁉」


「む、無理です!」


「死ねって言うんですか⁉」


 当然の反応だったが、こういった返事は予想していたのか、稲本先生は冷静な口調で言葉を続ける。


「いいか、よく聞け。ついさっき発見したんだが、★5職には必殺技がある。きっとあの魔物も倒せるだろう。だが、発動にどうしても時間がかかる。十秒でいい……時間を稼いでほしいんだ!」


 そんな必殺技があったのか! と驚いたのは、俺だけではなかった。


 ★5職と俺以外の二十六名の生徒たちが足止めを始めたところで、遠藤たちが先生に詰め寄っていた。


「先生、必殺技ってなんすか⁉」


「僕もまだ見つけられてないんです!」


「私も全然わかんない」


「教えてください!」


 焦りからの質問なのだろうが、今すぐに実践できるものではないだろう。


 発動に時間がかかるのなら、この場をどうにか収めるのが優先だ。


「今はそんなことよりも一旦ここは先生に任せた方が……」


「旭川の言う通りだ。ここは先生に任せろ。よし、今のうちに皆を囮にして逃げるぞ」


「……は?」


 何かの聞き間違いだったのだろうか。


 稲本先生が何を言っているのか、俺は意味を理解できなかった。


「必殺技なんかあるわけないだろ! あいつらが時間を稼いでいる間に逃げるんだ」


「じゃ、じゃあ嘘ってことですか⁉」


「嘘の何が悪い! 俺は……先生は生き残りたいんだ! 生徒の命より俺の命だ! お前らも運が良かったな。一緒に逃げるんだ。今しかないぞ!」


 こうしている間にも、バタバタと身体を張って守っている生徒たちが次々に殺されていく。


「せ、先生! まだですか⁉」


「うあああああああ! ま、また一人……」


「は、早くしてください‼」


 生徒たちの悲痛な叫びが耳を劈く。


 俺は、これまでクラスに馴染めていなかった。


 それでも、目の前で人が次々と殺されて見殺しにしようとはどうしても思えなかった。


 だが、力のない俺に何ができるわけでもない。


 白銀の狼に立ち向かっても、一瞬のうちに殺されるだけだろう。


「旭川君、何してるんだ。早くこっちに」


 片桐が俺を招いていた。


 稲本先生以外の★5職の四人は、既に逃げる意思を固めていたようだった。


「……ああ、今行くよ」


 結局、俺も稲本先生クズと同じように逃げることしかできなかった。

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